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ハズレスキル『観察』は、最強でした ―E級と笑われた俺が、世界のすべてを見抜くソロダンジョン攻略記―   作者: りお
第1章 E級の烙印

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【第3話】E級、お断り

「E級? ……悪いね。うち、そういうのは取ってないんだ」


 その日、俺は同じ台詞を何度聞いただろう。


 協会にほど近い新橋のビル街には、大小のギルドの事務所がひしめいている。俺は朝からその看板を一つずつ叩いて回っていた。


 ハンターギルドは探索者を束ねる民間の会社だ。腕のいいハンターを抱えてゲートへ送り込み、素材と魔石で稼ぐ。だから受付はまず登録証のランクを見る。履歴書の一行目だ。そこに〈E〉とあれば、その先を読む必要はない。彼らにとっては、それで話が終わりだ。


 最初のギルドでは、受付の女が俺の証を一瞥し、口元だけで笑った。二軒目は「募集はD級から」と紙を指した。三軒目に至っては、証を出す前に「見ればわかる」と手を振られた。まだ何も見せていないのに、だ。


 一軒だけ、若い受付が理由を教えてくれた。E級はまず正規の仕事にありつけない。ギルドは低ランクを一人連れて行って死なせれば、面倒な書類と補償だけが残る。稼ぎにならない上に、リスクばかりが増える。だから誰も取らない。それがこの業界の常識なのだと。理屈は痛いほど分かった。分かったところで腹は膨れないのだが。


 俺はその全部を淡々と受け取った。


 腹は立たなかった。立てたところで仕方がない。彼らも意地悪でやっているわけではない。ランクの低い人間は稼げない。稼げない人間を抱える余裕など、どこのギルドにもない。ただの合理的な判断だ。世界がそう回っている。俺一人が扉の前で憤ってみせたところで、何も変わりはしない。


 通りには、覚醒したばかりらしい若者が何人も歩いていた。真新しい装備。誇らしげな足取り。中には、ギルドのスカウトから笑顔で名刺を渡されている奴もいる。強いスキルを引けば、向こうから頭を下げてくる。それがこの世界の順番だった。俺は、その逆の側にいる。同じ日に覚醒して、同じ判定所を出て、行き先だけがまるで違った。


 四軒目のギルドは、少し大きかった。


 受付の奥に古参らしき男が座っていた。壁には、そいつが率いたパーティの表彰らしき写真が飾られている。受付の若い職員は俺の証を見て、いつもの台詞を口にしかけた。


「ああ、E級ね。うちは――」


 だが俺の目は、勝手にその奥の男を捉えていた。


 右の膝だ。写真の中では両足で堂々と立っている。だが今、椅子に座るその右膝は深く曲げられない。数年前に潰した古傷だ。動きの端々にかばう癖が染み込んでいる。もう昔のように前線には立てない体だった。


 それだけではなかった。壁の表彰。掲げられた攻略記録の年月が、男の歳の勘定とわずかに合わない。若すぎる時期に身の丈に合わない成果が並んでいる。誰かの功績を自分の経歴に足したのだろう。声の張り方が一箇所だけ不自然に平らになる。そこだけ、嘘だ。


 俺はそれをただ見た。


 言うつもりはなかった。言ったところで信じてもらえない。そもそも俺の知ったことではない。この人がどう生きてきたかは、この人の問題だ。俺はただ、飯代がほしいだけの通りすがりだった。


「うちは実績のある奴しか雇わない。悪いな」


 古参の男が奥から低く言った。俺は「はい」とだけ答えて頭を下げ、店を出た。


  ◇ ◇ ◇


 昼を過ぎて日が傾き始めても、結果は同じだった。


 断られるたび、俺は次の看板を探して歩いた。財布の中身は変わらない。今日の稼ぎはまだ一円もない。足の裏がじわじわと熱を持ち始めていた。


 こんなに、はっきり見えるのに。


 歩きながら、ぼんやりそう思った。断ってきた受付たちの隠した疲れも嘘も体の痛みも、全部この目に映っていた。なのにその俺自身は、証の一行のせいで扉の内側にすら入れてもらえない。誰の何が見えようと、〈E〉の一文字の前では意味を持たない。


 世界は俺という人間を六十という数字に丸めて、それ以上は見ようとしない。


 それでいい、とも思った。見られて困ることもない。俺に必要なのは評価ではなく金だ。潜れる場所さえあれば、あとはどうでもよかった。


 ふと、台所の引き出しを思い出した。陽菜の給食費の封筒が入っている。あれにはもう手をつけたくない。財布の小銭はあと数日で尽きる。今日の俺にプライドを気にする余裕などなかった。断られても笑われても、次の扉を叩く。膨れない腹を抱えて、俺はまた歩き出した。


 最後に足を止めたのは、新橋のビル街から外れた路地の、奥まった一角だった。


 看板もろくにない。だが扉に、手書きの紙が一枚貼ってあった。「ポーター募集・経験不問・当日払い」。当日払い。その四文字に、俺は吸い寄せられた。今日の金になる。それがすべてだった。


  ◇ ◇ ◇


 中には、四人組がたむろしていた。


 装備は悪くない。中堅どころのパーティだろう。革鎧の男が俺を見て、鼻で笑った。


「なんだお前。ポーター志望か。ランクは」


「E級です」


「E! うわ、底かよ」


 どっと笑いが起きた。俺は黙って立っていた。


「まあいい。荷物運びに強さはいらねえ。むしろちょうどいい。文句も言わねえだろ、E級様は」


 革鎧の男がにやりと笑った。リーダーらしい。


 条件は聞くまでもなく劣悪だった。取り分は雀の涙。危険手当はなし。荷は全部こちら持ち。要するに荷運びと盾だ。捨て駒。彼らはそれを隠しもしなかった。E級のポーターなど、その程度の扱いで当然だと思っている。悪気すらない。


 リーダーの男は腰の剣の柄を話しながら何度も撫でていた。値の張りそうな一振りだ。だが鞘に収まる角度が斜めに癖づいている。抜き打ちのたびに刃が鞘の内側を削っているのだろう。手入れは行き届いていない。強さを誇示したがる割に細部が雑だ。俺は口を挟まなかった。ただ、そういう男なのだと頭の隅へ置いた。


「日当は、その日のうちに払ってもらえるんですか」


 俺が尋ねると、リーダーは面倒くさそうに顎をしゃくった。


「ああ。生きて戻ってくればな」


 安い額だった。それでも今日中に手に入るなら意味がある。米が買える。卵が買える。陽菜に、もう一度あたたかい飯を食わせてやれる。俺には、それが何より大きかった。


「どうする。やるのか、やらねえのか」


 俺はその男たちを見た。


 三人まではまあ普通のハンターだった。だが一番奥で黙る痩せた男の左腕。そこに巻かれた包帯の内側が少し気になった。古い傷ではない。数日前の、まだ塞がりきっていない傷だ。無理をすれば開く。この男はそれを隠したまま次の探索に来ようとしている。


 言うべきか一瞬だけ迷った。だが、やめた。俺はまだ、この連中の何者でもない。忠告を口にできる立場ではないし、したところで鼻で笑われて終わりだ。


 そして何より、今の俺に選ぶ余裕はなかった。


 脳裏に陽菜の顔が浮かんだ。おかえりと駆けてくる顔。もやしを「おいしい」と頬張る顔。今日、俺が手ぶらで帰れば、明日の食卓が細くなる。それだけは避けなければならない。


 当日払い。潜れる場所。今の俺に差し出されたのは、これだけだった。ならば、掴むしかない。


「……やります」


 俺は言った。声は静かだった。


 男たちがまた笑う。その笑いも、もう気にならなかった。金になるなら、なんでもいい。見下されようが、捨て駒にされようが、明日の飯には代えられない。


「……妹のためだ」


 誰にも聞こえないよう小さくそう呟いて、足元の荷袋を担ぎ上げた。ずしりと肩に食い込む。袋の中で、誰かの予備の武具が硬い音を立てた。重い。だがこの重さの分だけ、今日の飯代に近づく。そう思うことにした。それが、俺のハンターとしての最初の重さだった。


 明日、俺は初めてゲートをくぐる。この目がその奥で何を映すのか、俺はまだ何も知らなかった。


ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくお願いします。


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