8:アリバイ確認
食堂には、変わらず出雲、河村、猫又、黒木の姿がある。
猫又と黒木は椅子を並べてスマホを見せ合い、出雲は一人離れた席で目をつむり、河村は扉近くでスクワットをしていた。
私はちらりとテーブルクロスに覆われた死体に目を向けてから、はあと溜息を吐く。
忍者である私はともかく、どうして彼らは平然と死体と同じ空間で過ごしているのか。必要以上に怖がってほしいとは思わないが、緊張感のなさは困る。勝手に動かられたら守るものも守れない。
「大丈夫だよネネちゃん。あたしがしっかりサポートするから元気出して」
「……はあ」
勝手に手を握り、励ましの言葉を送ってくるこいつこそ、一番私の心を蝕んでいるのだが。
彼女の手を振り払い、私は情報を求めて居残っているメンバーに話を聞きに行く。
三目が殺害されたときのアリバイの有無。これは知っておいて損はないはずだ。
一人ずつ聞くのも面倒なため、テーブルに勢い良く手を叩きつけ注意を引き、「皆さん少しいいですか」と切り出した。
「お聞きしたいのですけど、今日の七時に食堂に集まり、三目さんの死体を発見するまで本当にどなたも彼が死んでいることに気づかなかったんですか? 猫又さんや黒木さんは撮影で来てるみたいですけど、食堂は一度も撮りにいかなかったと?」
猫又と黒木は困惑した様子で顔を見合わせた後、思い出そうとするようにそれぞれ天井を見上げた。いろいろと濃い出来事がありすぎて、自身の行動をすぐには思い出せないらしい。
二人が記憶を探っている間に、出雲と河村にも目を向ける。彼らだって仕事の流れで食堂を見に行っていてもおかしくない。
河村は「食堂には寄ってないっすね」とあっさり答える。出雲は数瞬沈黙した後、「鍵が、かかっていたんだ」と呟いた。
「鍵ですか?」
「ああ。見てもらえばわかるが、食堂も客室同様に鍵がかけられるようになっているんだ。私も一度七時前に食堂に入ろうとしたが、その時は鍵がかかっていて入るのを諦めたんだ」
確認のため扉に近づく。出雲の言う通り、扉にはシリンダー錠がついており、内側からサムターンを回すことで鍵がかけられるようになっていた。
すると、猫又も「私も思い出しました!」と高らかに声を上げた。
「六時ごろにお腹がすいたからつまみ食いさせてもらおうと思って食堂に来たんです。でもその時は鍵がかかってて、結局諦めた覚えがあります」
「六時に鍵ですか。出雲さんが来たのも六時頃でしたか?」
「時間を確認していないからあれだが、大体六時から六時半の間ではあったと思う。ああそれから、四時ごろには三目氏と食堂で話をした。だから彼が殺されたのも鍵がかけられたのも四時以降なのは間違いない」
「貴重な情報ありがとうございます」
もっと何も得られないかと思っていたが、想像以上に状況が分かってきた。
犯人は三目と食堂で二人きりになると、扉に鍵をかけ外部から人が入れなくした。そこで太い紐状の道具を用い三目を拘束、絞殺した。
今回の遺体は特に食べられた様子もないことから、殺害後に犯人が部屋に残り続ける理由もない。つまりほぼ確定で、六時から七時の間に三目は殺されたことになる。
「それでは六時から七時の間、全く姿を見かけていない人はいませんでしたか?」
「……」
当然のように、誰からも声が上がらない。
まあ誰々を見たかどうかであればまだしも、見ていない人物が誰かと言われても思い出すのは難しいだろう。まして、見ていないと言うことはその人物を疑っていると糾弾するようなもの。仮に見覚えのない相手がいても、おいそれと名前を出せないだろう。
しばらく待っても誰も口を開かない。
いったんここまでかと思ったところで、黒木が身を乗り出しながら喋り出した。
「それにしても音無さん、こんなことを聞いてくるなんて探偵みたいですね。いや、僕は凄くいいと思いますよ。クローズドサークルでは探偵役を買って出る人物はあまり死なない傾向にありますから。しいて言うなら犯人に罪を擦り付けられることがあるので、あまり身勝手な行動をとらないよう気を付ければ完璧だと思います」
「ご忠告ありがとうございます」
もう黒木のおかしな発言にも慣れてきた。戸惑うことなく受け流せる技術が身に付いた。
ただ彼の言うように、今の私は探偵と思われる程度には出過ぎてしまっている。ただでさえ事件後に現れた部外者の立場。こんなことをしていると、ますます疑いの目を向けられてしまう。いや、それだけなら問題はないが、潜んでいる妖に忍者だと悟られるのは避けたい。
どこかで一般人アピールを入れる必要があるかもしれない。
すると隣でヒスイが「ふわあ」と気の抜けるあくびをした。
「ねえねえ。そろそろ食堂から出て、寝る準備しない? あたし眠くなってきちゃった」
「眠くなってきたって、まだ九時だよ。流石に早くない?」
「ずっと山の中ふらふら歩いてたから疲れてるんだー。逆にネネちゃんは疲れてないの?」
「う、まあ疲れてるけど……。それ以上に神経が昂ってて」
「分かるけどさ。休める時は休まないと。疲れ切る前に休むのが、長く戦う秘訣じゃん?」
正論を突きつけられ、私はうなだれる。
それを見た出雲が、おかしそうに口元をにやけさせながら大きく頷いた。
「無茶は若者の特権だが、確かにここは森君の言う通り休んだ方がいいだろう。危険な時こそいつも通りを保つのが大事なものだ」
「分かりました……」
私は気落ちした表情でうなだれる。
河村や猫又から励ます声が飛んでくる中、私は目を細めてヒスイを盗み見た。彼女はこちらの視線に気づいているのか、スライム笑顔を浮かべてピースしていた。
悔しいが、借りを一つ作ってしまった。
どうにか私のイメージを変えないとと思った矢先のヒスイのこの発言。
殺人事件のさなかでも冷静さを保つ怪しい女から、恐怖心からくる焦りで探偵紛いのことをしている普通の女に書き換えられた。
少しだけ空気の軽くなった室内で、それぞれどこで寝るかの話し合いが始まる。私としては全員休憩室で寝てくれるのが楽で助かったのだが、面倒にもそうはならなかった。
「あ、私は一階のロビーで寝たいです! 休憩所よりロビーの方が映える画になる気がするから! いいかな音無さん?」
気を遣ってか、なぜか私に確認してくる。
取り敢えず頷こうするも、彼女の言葉が気にかかり動きを止めた。
「映える画って、もしかして動画回す気ですか?」
「うん! せっかく殺人心霊ホテルに泊まるんだから、配信者として動画回さないわけにはいかないよ。それに、その方がきっと安全だよね?」
「……そうですね」
もし犯人がこっそり殺そうとしているなら、カメラを回すことには十分意味がある。一方で、面倒になってカメラごと殺しに来る可能性も高まる気はしたが。
「あ、じゃあ僕もロビーでいいですか? もう少し猫又さんとお話ししたいですし」
「それなら私もロビーで寝ようか。流石に君たち二人だけでは何かあった時危険だろうからな」
「……」
介入の余地なく、さくさく寝る場所と組みわけが決まってしまう。
各々荷物を持って移動を開始する中、私はヒスイに声をかけた。
「そう言えば、ヒスイは寝袋とか何も持ってきてないよね? 夜ってどうするつもり?」
「客室にマットレスが残ってるのは見たんだよねー。キレイかどうかはわかんないし、かけ布団は見当たらなかったけど。あ、いいこと思いついた~」
「私の寝袋に一緒に入るのは無しだからね」
「えー、けちー」
理桜という彼女――もとい親友がいるのに、別の女と同衾なぞするわけがない。
しっしと手で追い払うような仕草をした直後、ふと思い直して彼女を呼び寄せた。
「私、これから二階に行ってくるから、その間皆のこと見張っておいて」
「りょーかい。任せといてー」
ヒスイは人差し指と親指で〇を作る。私はじっとそんな彼女を見つめてから、耳元にそっと顔を近づけ「信じてるから」と囁いた。
ゆっくり顔を離せば、ヒスイが目を真ん丸くした姿が映る。
あえてそれには触れず、私は駆け足で二階へと移動した。




