7:死体検分
予想通りと言うべきか、夜行が一人でいたいと申し出たため、彼女は二階の216号室に泊まってもらうことになった。
216号室が選ばれたのは、見張りをより完璧なものにするためだ。というのも花鳥櫻月の客室は全て窓が備え付けられており(バルコニーは存在しない)、脱出しようと思えば窓から逃げられるのである。そこで万一飛び降りられてもすぐに気づけるよう、広く窓が確保されている休憩所の真上にしようとした結果、216号室が選ばれた。
休憩所は食堂を除けば唯一大勢で寝泊まりが可能な部屋であり、都合が良かったのもある。
そして夜行の見張りとしては、理桜と山神が選ばれた。
これに関しては私の仕込みだ。
現状妖が誰に化けているのか、それともどこかに潜んでいるのか定かではない。少しでも異変に気付きやすくなるよう、私と理桜が別行動するのは既定事項だった。
理桜もその辺はしっかり察しており、見張り役として真っ先に名乗りを上げた。
またそのペアとして山神が選ばれたのにも理由があった。
『見張り役は私がやる。それから山神。お前も来い』
『別にいいですけど、どうして俺と? 友人である音無さんと組んだ方が安心なんじゃ?』
『私もできればそうしたい。だが、この状況で知り合い同士がペアを組むのは余計な疑いをかけられる原因にもなる。だからこの場に知り合いがいる私とお前でペアを組むのが、最もリスクが低いはずだ』
『成る程。それなら特に異論はありません。まあ俺も童慈も犯人ではないので意味ないですけど』
『それから個人的に、お前と寧々を同じ場所におきたくない』
『……その、本当に反省してるので、お手柔らかにお願いします』
と、そんな感じで理桜と山神の過去回想終了
理桜としてはヒスイも連れて行きたそうにしていたが、そちらは私が無言の拒否を送っておいた。
ヒスイと交わした約束がある以上、ここで離れ離れになるわけにはいかない。それに彼女の底も真意もまだはっきり見えていない。最愛の人に近づけたくはなかった。
結果現在、食堂からは彼ら三人が姿を消し、残りのものは各々持参してきた食料で夕食を取っていた。
今更ではあるけれど、彼らは元から宿泊予定でいたらしく、寝袋や缶詰など数日過ごすには十分な備えを用意していた。ただ行きのバスで三目から、夕食の準備もしていると聞いたため、使う予定はなくなっていたとのことだが。
私も持参していた忍者的非常食を摂取してから、ようやくの死体検分に乗り出した。
「さて、拝見させていただきますか」
死臭に顔をしかめるふりをしつつ、テーブルクロスをめくり、三目の遺体を確認する。
遠目で視た時には気づかなかった遺体の損傷具合を見て、今度は素で顔をしかめた。
「うわー、かなりグロイねえ。やっぱり妖は残虐だなあ」
いつの間にか後ろにいたヒスイが、言葉とは裏腹に呑気な声でいう。
もはや背中を取られても気にならなくなってきた。
一応ヒスイ以外は誰もこちらに近づいていないことを確認してから、私は全身を調べ始める。
「死因はおそらく窒息死。首をかなり太い縄で締め上げられた痕があるから絞殺で間違いない。でも首以外にも腕や、足にも締め付けられたような後がある。腕なんかはそのせいで骨折までしてる。全身をきつく縛り上げられた後、首を絞めて殺された? だとしても、索状痕が太すぎる。そこらのベルトなんかよりずっと幅が広い。特徴的な模様とかもないし、一体何で彼は絞められた?」
「巨大な指で絞められたとかどお? そう言う妖っていたりしないの?」
冗談なのか、はたまた本気で言っているのか分からないが、取り敢えず真面目に答える。
「いるにはいるよ。だけどそんな巨大な体躯の妖がこんなこそこそ人を殺すとは思えない。指がこれだけ太いなら、絞め殺すどころか引きちぎるくらいするだろうし」
「おー、流石忍者だねえ。妖のことをよくわかってるー」
「あなたほどじゃないよ。ていうか、茶化すだけなら邪魔だから向こう行ってくれない?」
「ごめんごめん。あたしもちゃんと考えるから許してね」
手を合わせて片目だけつむり謝罪してくる。
腹立たしいが可愛い。
私は溜息を吐き出すと、再び死体へと目を移した。
「首、腕、足に付いた巨大な索状痕を除けば外傷は一切見当たらない。腕と足を縛ってから絞殺する。その流れに問題はないとして、どんな経緯で腕と足を縛ったのかは疑問。一服盛ってから縛り上げた? でも眠らせたのなら腕や足を縛る理由はない――いや、妖なら意味なく縛る可能性はあるか。とすると、やっぱり最大の問題は何で縛ったか」
服とテーブルクロスを元に戻し、私は窓辺に近づく。
食堂は外の桜を見やすくするためか、外と接する三面が全てガラス張りになっている。今はカーテンが閉まっており、外の景色は見えなくなっているが。
カーテンと窓の隙間に入り込み、外の景色を眺める。
夕日も完全に沈み、外は完全に暗闇に包まれていた。曇り空らしく、星や月も全く見えない。
しかしその中でも、食堂から漏れ出た明かりで、立派過ぎる桜の木が輝いていた。
「植物を操る妖なら、説明がつく? 枝や蔓を巨大化させ操ることができれば――」
「それはどうかなあ」
もぞもぞとカーテンの下をくぐりヒスイが隣に並ぶ。
私は彼女をちらりと見てから、「何か気になる点でも?」と尋ねた。
「いやさ、ネネちゃんの理屈でいうなら、妖は自分がやってるとばれない範囲でなら、一見無駄に見えることも面白ければやるわけだよね」
「今までの傾向からするとね。あなたみたいな妖がいると知った後だと、何とも言えないけど」
「まあまああたしのことは一旦おいといて。あたしが言いたいのはさ、ばれない範囲で殺すのって、追い詰めて楽しみたいからか、ばれたら確実に殺す自信がないからだと思うんだ」
「自信が、ない」
「そうそう。だからさ、もし植物を操るような強力な妖だったら、わざわざ一人ずつ殺す必要はないと思うんだよね。一人ずつ殺すにしてももっとおどろおどろしいやり方にするんじゃないかって。例えば蔓で全身を引き裂くシーンを見せる、とか」
「それをしていない、あくまで全身を締め付けるだけだったのは、その程度の力しかない妖なんじゃないか。そう言いたいわけ?」
「イエッサー。その通りでーす」
「……それをヒスイが言うと、油断させようとしてるようにも聞こえるね」
「ええ! そんな意図全然ないよー」
潔白アピールか、ヒスイはパタパタと手を振る。
そこに愛らしさを感じてしまうと同時に、なぜか既視感を覚え私は眉間に皺を寄せた。
「……もしかして、私たちって昔会ったことがある?」
「あれ、急に口説かれてる? でも残念なことに、あたしがネネちゃんとこうして話すのは間違いなく初めてだよ」
「そう、だよね……」
忍者の中には妖を使役する秘術を持つ者もいる。ただそれは決して友好的な関係でなく、呪術的で一方的な縛りの関係だった。
幼少期を含め、妖と忍者が仲良くする姿など、自身を含め一度も見たことはない、はずなのだ。
「そろそろ戻る?」
ちょんちょんとヒスイが肩をつついてくる。
雑念を振り払うため軽く頬を叩いてから、私はカーテンの外に出た。




