6:クローズドサークル
「寧々無事か! かなり長いこと話していた、よう、だが……」
結局引き剥がしきれず、腰にヒスイが引っ付いたまま部屋を出ることに。そんな私たちを見た理桜は、不安そうな顔を一瞬で強張らせ、ヒスイを睨みつけた。
「お前、何をしている。今すぐ寧々から離れろ」
「えー、やだー」
「………………」
理桜の額に青筋が浮かぶ。果たしてここまで切れている理桜を見たのはいつ以来か。
クナイを取り出そうとした彼女を見て、私は慌てて仲裁に入った。
「り、理桜! 取り敢えず話し合いは問題なくいったというか、ひとまず彼女も私たちの味方だったから。いったん矛を収めてもらって」
「……だが、こんなにくっつく必要はないだろ。こいつの距離感はどうなってるんだ」
それはあなたも似たようなものだけどね!
内心でそう突っ込みながら、私は空笑いを浮かべる。
そしてなんとかヒスイを腰から剥がすと、理桜に尋ねた。
「それで、私たちが話してる間に何か動きはあった? バスは使えそう?」
理桜は目と腕でヒスイを牽制しつつ答える。
「山神と河村が二人でバスを見に行ったようだが、まだ帰ってきていないな。そもそもバスの運転キーを探すのにそこそこ時間をかけたようで、食堂から出てきたのもついさっきのことだ。戻ってくるのにもう少し時間がかかると思う」
「了解。因みに残りの四人は? 食堂から出てない?」
「ああ。ここを通ったのはあの二人だけだ」
私は小さく頷くと、「私たちも食堂に戻ろうか」と二人に指示を出した。
彼らをホテルに誘い出した怪異。もしヒスイの言葉が真実であれば、そいつこそが私たちの狙っていた真の標的である可能性が高い。
無計画に人を襲うのでなく、ネットを活用して人を呼び集めるなど現代の科学にも適応した妖。さて、どう追い詰めるか。
扉を開け、食堂の中に入る。
中を見回した私は、思わず足を止め冷ややかな声を投げかけた。
「あの、何やってるんですか」
部屋の中で三目の死体――先と異なりテーブルクロスがかけられ全身が覆われている――の前で正座し、ぶつぶつと念仏(?)を唱えている出雲。その周りを猫又と黒木がスマホを持って撮影している。
質問に答えたのは当の三人でなく、離れた席でそれをばかばかしそうに眺めていた夜行だった。
「三目さんが無事に成仏できるよう念仏を唱えてるそうよ。後の二人はおまけね。動画で使う気みたいよ。絶対無理だろうけど」
「まあ、覆われてるとは言え、本物の死体映っちゃってますしね」
そもそもよく撮ろうとするものだ。普通死体なんて見たくないし近寄りたくもないだろうに。
忍者であり死体に見慣れている私が言うのもどうかとは思うが。
それより妖がどんな方法で殺したのかは知りたいため、死体の検分をしたいのだが。どんな口実を作ればよいか。
そう私が頭を悩ませていると、ヒスイがとてとてと彼らに近づき、「それ、やめた方がいいんじゃないですか」と首を傾げながら言った。
出雲は念仏を唱えるのをやめ、ヒスイを見上げた。
「なぜだ?」
「だって、三目さん仏教徒じゃないかもしれないかなーって」
「ふむ。だがこうしたものは心が大切だからな。仮に三目氏が仏教徒でなくとも、彼の魂の救済にはなるはずだ」
ヒスイは視線を猫又と黒木に向けてから、再び首を傾げた。
「心が大切なら、こーゆう風に撮影させながらするのって、なんか違う気がするけどなあ。ネネちゃんはどう思う?」
「え! そりゃあまあ、ちょっと不謹慎だなって思うけど」
急にどうでもいい話題を投げかけないでほしい。
私の答えに満足した様子で、「ほらー」とヒスイは胸を張る。
出雲自身、撮影されながらというのは外聞が悪い自覚があったのだろう。気まずそうに頭を掻くと、立ち上がって深く黙祷を捧げるに済ませた。
一方の猫又と黒木は、普段撮れない動画を撮影できてご満悦そうだったが。
全く、最近の若者の倫理観はどうなっているのやら。
「ちょっ、皆大変っす! わけわかんないことにバスのタイヤが全部パンクしてて、全く動きそうにないんすよ!」
と、食堂に息を切らした河村が飛び込んできた。
予想通り、バスは使用不能になっていたようだ。
私はさりげなく周囲を見回し、表情の変化を確認する。
妖は大概性格が悪い。人が苦しんだり悲しんだりしている姿を見ると、相好を崩し喜ぶものだ。
そしてこの中にも、今の悲報を聞き、喜色を浮かべた者がいた。
「うわ、こ、ここから出られなくなったってこと!? これってもしかしてすっごいバズるチャンスかも!」
「山奥のホテルで殺人事件、電波も通じず脱出用のバスまで壊れた……。これってまさしくクローズドサークルじゃないか! まさか実際に巻き込まれることになるなんて! あ、でも、ここでこうやって喜ぶキャラってすぐ死ぬような……」
猫又と黒木が意味の分からないことを呟きながら、興奮した様子で目を輝かせている。
彼らのどちらかが妖なのか、それともただの愚者なのか、現状では判断がつかない。
対して、強い恐怖と苛立ちを見せていたのが夜行。私同様にこの状況を予測していたのか、諦観した溜息を吐き出したのが出雲だった。
先ほどまでの落ち着きが嘘のように、「マジやべえっすよ!」と繰り返す河村。
見かねた出雲が、「ひとまず落ち着くんだ」と彼の肩に手を置きなだめにかかった。
「バスがパンクして使えなくなったのは理解した。それで山神君はどうしたんだ。一緒に戻ってこなかったということは、修理を試みてくれているのか」
自分よりはるかにガタイの良い出雲に肩を押さえられ、河村の動きがピタリと止まる。かと思えば今の狼狽ぶりが嘘のように落ち着き、にこにこした笑みに変わった。
「そうそう、亮介はもうちょい何とかならないか試してるっす。それで先に俺だけ戻ってみんなに伝えてくれって。あ、つっても直んなそうだから期待しないでくれって言ってました」
「そ、そうか」
あまりの変貌ぶりに、出雲も苦笑いを浮かべながら頷く。
全く、ここに集められた人物は奇矯な奴らばかりらしい。
「それより、一体どうするのよ。まさかこれから徒歩で下山しろって言うわけ?」
夜行が落ち着きなく足をゆすりながら詰問する。
出雲は横目でヒスイを見つめ、小さく頷いた。
「結果としてはそうする他ないだろうな。ここに来るまで、バスは何度か獣道を走っていて明確な下山ルートを記憶している者はいないだろう。だが、偶然とはいえ森君のような線の細い女性でも辿り着けたということは、十分歩いて下山できるはずだ。今日はホテルで休み、明日朝から動けば問題なく助かるさ」
「それ、楽観的過ぎやしませんか」
扉が開くと同時に、否定的な言葉が突き刺さる。
「すいません、やっぱり修理は無理そうです」
続けざまに謝罪の言葉を吐きながら山神が食堂に戻ってきた。
河村が食堂に戻ってからまだ数分も経っていない。先に行けと言った割に、早々に諦めたらしい。
山神は疲れた様子で髪をかき上げながら、「そろそろ本音で話し合いませんか」と口火を切った。
「三目さんの死体発見後すぐに音無さん達が来て曖昧になってましたけど、こうしてバスも使えなくなっている以上、もうはっきりしましたよね。この中に三目さんを殺した殺人犯が紛れてるって」
一切オブラートに包むことなく、山神は嫌な現実を突きつける。
否定は難しい。死体だけなら行きずりの強盗や事故のせいにすることもできる。だけどバスが使用不能になっているとなれば話は別だ。何者かが、明確な悪意を持って殺人に及んだこと。そしてその殺人が、これだけで終わりでないことを示しているようなものだから。
それを理解しているから、誰も山神の言葉に反応しない。
否定はできない。できないが、肯定することはそれ以上の重さを有している。ゆえに沈黙以外の選択肢が彼らにはなかった。
だけど、私は違う。
集められた皆にとって殺人犯は恐怖の捕食者。でもそれ以上に、私は犯人の天敵なのだから。
尻込みする理由など一つもない。
私はおもむろに手を上げ、提案した。
「じゃあさ、みんなで朝まで一緒に過ごさない? 仮に殺人犯が紛れてても、これだけ人数がいれば何もしてこないだろうし。部屋は、死体のあるここじゃなくて別の場所が嬉しいけど」
「そ、それは、クローズドサークルもので最強の対抗手段として挙げられる『全員で寝ずの番戦法』ですね! でもどうせ無駄ですよ音無さん。この作戦はなんやかんや失敗してうまく機能しないのが常ですから」
「……はあ」
急に饒舌に喋り出した黒木に曖昧な相槌を返してから、改めてみんなの反応をうかがう。
残念なことに乗り気なのは黒木だけのようで、芳しい反応とは言えない。
否定の言葉が出始める前に、私は二の矢を打ち込んだ。
「全員一緒が厳しいなら、せめて二人ペアでの行動にしませんか? どなたにしろ、一人で勝手に動き回られるのは怖いので……」
最初の提案を挟んだおかげか、先よりも抵抗感を示す人は少ない。黒木だけは何か言いたげに目を輝かせて見てきたが。
しばらくして、山神が口を開いた。
「俺はそれでも構いません。でも、ペアはどう決めるつもりですか? 俺と童慈とかは二人で全然問題ないですけど、他の人は皆初対面ですし。知らない相手と二人で過ごすのは抵抗ある人もいるんじゃないですか」
年下相手に敬語なのは、元からか、罪悪感からか。
何にしろ疑問自体は至極真っ当なものだ。
顎に手を当て考えるそぶりを見せてから、答えを返す。
「二人が怖いなら三人でも四人でも、多い分には構わないと思ってます。どうしても誰ともいたくないっていう場合は、出口が一つしかない客室に移動してもらって、外で見張りをつけるのはどうでしょう。あ、そもそもここの客室って鍵はかかりますか?」
「客室は全部シリンダーキーっすね。鍵がどこにあるかは知らないっすけど、中にこもる分にはサムターン回してロックできるんで問題ないと思うっす」
河村がはきはきと答えてくれる。
私は感謝を述べてから、改めて提案した。
「誰かと一緒に過ごしても問題ないという人はその人と。どうしても一人でいたいという人は、泊まる部屋を皆に教えたうえで次の日までそこにこもる。これで如何でしょうか?」
おのおの警戒した視線を飛ばしながらも、否定の声は上がらない。
どうやら結論は出たようだ。
私はどう振り分けていくかをシミュレートしながら、さらに話を前へと進めた。




