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ホテル花鳥櫻月の殺人  作者: 天草一樹


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5:密談

 瞬きの間。

 服に隠したクナイを取り出し、ほぼノーモーションで投げつける。

 しかし投げたクナイは呆気なく弾かれた。先以上に、信じられない光景を見せながら。


「秘術・乱れ桜」


 眼前に浮かぶ、淡い桃色の光を帯びた無数の葉。

 私の親友が最も得意とする、伏見家にのみ伝わる秘術。

 それを、目の前の妖はたやすく再現して見せた。

 あり得ない、なんてレベルじゃない。空前絶後、いや、荒唐無稽な話だ。ただの妖が、忍者にしか使えない秘術を使うなんて――


「まさか、災厄級の……」

「あ、そういうのじゃないから」


 ふっと、光っていた葉が床に落ちる。ヒスイはベッドから降り、一枚一枚丁寧に拾い上げてから、にへらと、緩い笑みを浮かべた。


「残念なことにそういう偉大な妖じゃないんだよねーあたし。今のはちょっとカッコつけてみたかっただけで、そんな特殊な妖じゃないから。むしろ平凡?」

「忍者の秘術を使える妖が平凡なわけ――」

「それよりさ、ネネちゃん。あたしと組んでくれないかな?」

「は? 組む??」


 ころころと変わるヒスイの話と表情についていけず、私はまたも目を白黒させ固まってしまう。

 ヒスイはベッドに寝転がりながら、「そ、組んでほしいの」と繰り返した。


「組むって、何言ってるの? 私は忍者で、あなたは妖。殺し殺されの関係であって組むなんて――」

「あたしさ、妖退治が趣味の妖なんだよね」

「は? 妖退治が趣味?」


 からかわれているのだろうか? しかしそんなことをしてこの妖に何の得があるのか?

 ぐるぐると乱れる思考を鎮めるため、私は一度深呼吸する。

 脳に酸素が回る。思考の渦が穏やかになり、情報が整理されていく。

 もう一度軽く息を吸ってから、私はじっとヒスイの顔を見つめた。


「殺人が起きたホテルで、妖退治が趣味というあなたが、妖退治の専門家である私に協力を要請した。それはつまり、ここにはあなた以外の妖がいて、そいつが人を襲ってるってことであってる?」

「……」


 ヒスイはなぜか口を開かず、じっと私の顔を見返してくる。

 何か言いたそうな瞳。どこか見覚えのあるその表情に、なぜか胸が高鳴る。

 馬鹿な。私には理桜という心に決めた人がいる。いくら可愛いとはいえ、私に限って目移りすることなんて。

 そう考えた直後、ふとヒスイが黙っている理由に思い当たる。

 私は少し戸惑いながら、


「あなた、じゃなくて、ヒスイ。私の考えはあってる?」

「うん! ここで起きた殺人は十中八九あたし以外の怪異の仕業。だから手伝ってほしいんだ~」


 ヒスイは主人に褒められた犬のように満面の笑みで答える。

 不覚にも、再び私の胸が高鳴る。

 それを必死に悟られないよう無表情を装いながら、私は「どう信じろっていうの?」と問いつめた。


「あなた、じゃなくてヒスイが私を裏切らない保証がない。というか私にメリットが何一つないでしょ。あなたを退治して、他の妖も退治する。どう考えてもこれがベストだと思うけど」

「もうネネちゃんはツンデレだなー。それが本当にベストだと思うなら、今あたしとこうして談笑してないでしょ。あたしを退治するのは骨が折れる。もし力を借りられるなら戦力になる。そう考えたからこうしてお話に付き合ってくれてるんだよね?」

「……それを認める場合、これはヒスイからの協力要請じゃなく、協力強制になるけど。脅迫されてるって、そう考えていいの?」


 ベッドから体を起こし、ヒスイはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「それはダメ。あたしはネネちゃんと仲良くなりたいの。だからあくまでお願い。もしどうしても協力できないって言うなら――」

「言うなら?」

「このホテルにいる間は泣き続ける」

「……」


 それは困る。

 私は大げさに溜息を吐き出した。


「分かったよ。勝手に動かれるよりかは見張れるほうが危険も少ないし、協力する。ただし、少しでも怪しいそぶりを見せたら容赦なく退治するからね」

「やった~。ネネちゃん大好き~」

「ちょっ」


 飛びついてきたヒスイをなんとか受け止める。

 無邪気に顔を引っ付けてくる彼女を見ると、本当に妖なのか分からなくなってくる。というか、やはり妖でなく同業なんじゃなかろうか。忍者にしか使えないはずの秘術も使えるわけだし。

 と、急にヒスイは押し付けていた顔を離し、私の耳元で囁いた。


「そうだ、一つお願いがあるんだけどいいかな」

「一つって、協力関係を結ぶこと自体がお願いなんだから二つでしょ」

「まあまあ細かいことはどっちでもいいじゃん。それでお願いってのはさ、あたしが妖だってことや、秘術が使えるってことは誰にも話さないでほしいの。ネネちゃんのパートナーの、伏見理桜にも」

「……理桜の苗字、ヒスイの前で言ったことあったっけ」

「うーん、どうだろ? それよりOKしてくれる?」

「……分かった」


 不審な点はいくつもある。だけど今いくら考えても答えは導けそうになかった。

 協力すると決めた以上、これ以上考え続けても意味はない。

 私は彼女を無理やり引き離しながら、部屋から出た。


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