4:ここへ至る経緯
「まず、私たちがどういった経緯でこのホテル『花鳥櫻月』に集まったのかだが、大前提としてこのホテルは既に閉館している。いわば廃ホテルだ。そして私たちは、とある人物から依頼を受け、それぞれ別の理由でこのホテルへと集まった」
私はそっと手を上げ、質問する。
「とある人物というのが誰かは教えてもらえないんでしょうか?」
出雲は首を横に振る。
「教えることはできるが、あまり意味がない。というのもその人物のことを詳しく知っている者は誰もいないし、何よりもう亡くなっているからだ」
「それって、もしかして」
「ああ。あそこで亡くなっている男性こそ、今回の件の依頼人である三目照屋さんだ」
「あの人が……」
揃って死体の方へと目を向ける。ゆっくり唾をのんで緊張をアピールしていると、出雲が再び口を開いた。
「私たちの職業を聞いて既に察していると思うが、この場にいる全員が初対面だ。皆、三目氏から個別に依頼を受け、今日この場へと集まることになった。依頼理由は様々。私の場合はこのホテルが廃業することになった原因となる幽霊退治。山神君と河村君はホテルの改修・取り壊しを判断するための下見に。夜行君、黒木君、猫又君は本ホテルのPRに近いことを依頼されたらしい」
間違っていないことを確認するためか、出雲は皆に目を向ける。概ね今の説明で相違ないらしく、それぞれ小さく頷いていた。
「そして今朝、私たちはこのホテルの最寄り駅に集まった。同行者がいるとは皆知らされておらず驚いていたが、流石に依頼を断るほどのことでもなかったから、特に帰る者もなし。しばらくすると三目氏が小型のバスに乗って迎えに来たので、全員そのバスに乗りホテル花鳥櫻月まで移動。到着後は各自三目氏と簡単な打ち合わせをしてから仕事にとりかかった。そしてついさっき、七時ごろに皆で夕食を取るためこの食堂に移動した。外も薄暗くなってきていたこともあり、電気をつけ部屋を見渡したところ――三目氏が亡くなっているのを発見した。何が起きたか分からずパニックになっていたところ、突然入り口が開く音と見知らぬ声が聞こえてきた。そこで危険を感じた我々は――改めて、申し訳ない」
私を殴り倒した場面を思い出したのか、出雲は深々と頭を下げてくる。
しかしこちらとしては、その件に関しては正直死ぬほどどうでもいいと思っている。今は謝罪などより聞きたいことがいくつもあった。
小さく首を横に振り、「謝らないで大丈夫です。本当に大した怪我はしてないので」とフォローを入れてから、疑問を口にする。
「それより、ここは廃ホテルなのに明かりが点くのですね。まだ電気が通っているってことですか?」
「ああ、どうやらそのようだな。そこら辺は私たちも先程知ったばかりなんだが」
「それに少ししか見てないですけど、建物内もかなり清潔に保たれてますよね。三目さんがしっかり管理されていたんでしょうか?」
「あ! それ私も気になって聞いたんだけど、教えてくれなかったの! ていうか本人もあんまりわかってなさそうだった!」
猫又が急に口を挟んでくる。黙って座っているのが限界だったらしい。
そんな彼女に感化されてか、黒木もおずおずと口を開いた。
「そ、そうなんだよね。僕もそこは不満でさ。せっかく怪物の出る廃ホテルって噂できたのに、中は全然きれいで血が飛び散ったりお札が貼られたりもしてなくて。これじゃあいい動画にならないなって――」
「分かる! 私もせっかくだから生ライブしようと思ったのに、これじゃあ微妙だなって思ってやらなかったし。というかこんなに人がいっぱいいたらお化けがいても出てこないよね」
怪異が出る廃ホテルでの配信を企画していた二人は、それぞれホテルへの不満話に花を咲かせる。が、理桜が軽く咳払いすると二人ともピタリと口を閉ざした。私は質問を再開する。
「先ほどから霊とか怪物って言葉が時々出てきますけど、具体的にはどんな噂があったんですか?」
「霊媒師である私が言うのもあれだが、ありきたりでつまらないものばかりだよ。夜に髪の長い女が歩いているとか、白い人型の靄が見えたとか。眉唾な話だよ。実際ここに来てから、私を含めそうした怪異現象には遭遇していないしね」
「でも、それで今、人が亡くなったわけですよね」
「……」
出雲は口を歪ませ黙り込む。
この場にいる誰も、ホテルに憑りつく怪異が三目を殺したとは思っていないだろう。一方で、怪異が殺したわけでないとすれば、この中に彼を殺した犯人がいることになってしまう。
そう言う意味では、形だけでも怪異による呪いの線は、和を保つための方便となりえる。しかしそれをすれば、霊媒師として呼ばれた出雲は、自身の無能を全員に晒すことになってしまう。ルポライターに配信者までいるこの場では、できるだけ避けたい選択肢だろう。
まあ、私には関係ないことだが。
それより、現在の状況は分かってきた。
これは典型的な妖による犯罪だ。人が寄り付かなくなった廃墟を利用し、そこに適当な人間を呼び集め、殺していく。大方、三目という人物も妖に誑かされた一人だろう。事情は何も知らず、頼まれた通りに依頼主を装い皆をここまで運んできた。下手に生かしておくと邪魔になると考え真っ先に殺されたというオチだ。
彼らはまだ気づいていないかもしれないが、ここまで彼らを運んできた小型バスも使えなくなっているはずだ。
じっくり一人ずつ殺していくために。
さてこの状況、まずはどこから手を付ければいいか。
そうだ、一つ確認していないことがあった。
私は顔を上げると、森ヒスイに目を向けた。
「そう言えば、さっきバスに乗るくだりで森さんの話は出ませんでしたよね。もしかして、森さんだけは別ルートでホテルに来たんですか?」
この私に気配を悟らせない危険な女。もし森が途中からこのホテルに参加していたのだとすれば、それ即ち彼女こそが追っていた妖である可能性が高くなる。あの妖だけは、バスに乗り合わせることができなかったはずだから。
まあもちろん、今もどこかに潜んでいる可能性や、この中の誰かを殺して成り代わっている可能性もゼロではないが。
森はにへらと表情を緩めると、「そうだよー」とあっさり肯定した。
「あたしはさ、自殺しようと思って山の中ふらふらしてたんだー。そしたら季節外れの桜が咲いてる変な建物があるから入ってみたの。そしたら皆もいてー、みたいな」
「それは……」
流石に予想していなかった理由を告げられ、私は素で目を瞬かせる。
やや信じられない思いで周りを見回せば、誰もが気まずそうに目をそらしていた。
「今のって、本当なんですか? というか皆さんも知っていて……?」
「あ、ああ。それぞれ仕事をしている時にふらりとやってきたのが彼女だ。理由を聞いたら、まあ、そう言う話だったから。も、もちろん自殺は止めるよう勧めたし、夕食にも彼女のことは誘っていたんだ」
「そうですか……」
先ほど彼女が入ってくるまで、誰も彼女に触れなかった理由がなんとなくわかった。元からイレギュラーな存在。加えて自殺志願ともなれば、勝手にホテルから出ていてもおかしくない。
パニック状態の彼らの頭の中から、彼女の存在はすっかり抜けていたのだろう。
「いろいろと教えてくださってありがとうございます。取り敢えず状況は理解しました。それでは、これからの話をしましょうか」
「これからとは?」
「もちろん、ここから出て警察を呼びに行くんです。皆さんが乗ってきたバスがあるはずですよね。どなたかバスを運転できる方はいらっしゃいませんか?」
おそらくバスは使えなくなっている。その上での提案。一度は確認の必要があるし、少し館内を自由に動く時間が欲しかった。
「それなら俺が運転できるっす! 仕事で大型のトラックに乗ることもあるんで!」
河村が元気よく立ち上がってアピールする。私が「じゃあお願いします」とほほ笑むと、「シャッス!」と叫び走り出した。
「おい童慈待て! 鍵とかいろいろ必要なものがあるだろ!」
山神が慌てて彼に声をかけ呼び止める。
この間に死体の確認でもしておくかと、私も席を立とうとしたところ、ふと視線を感じた。
見れば夜行がこちらを鋭く睨みつけていた。
「どうかしましたか?」
そう声をかけると、夜行は一層目を細めて言った。
「あなた、随分と冷静ね。ついさっきまで遭難していて、ようやく見つけたホテルでは人が死んでいたっていうのに。普通そんなに落ち着いて対応なんてできないんじゃないかしら?」
「……落ち着いているように見えますか」
私はじっと彼女の顔を見つめる。すると彼女は、ようやく私の仕掛けに気づいたらしく、「もう、いいわ」と顔をそむけた。
彼女には悪いが、私の演技に抜かりはない。こっちが何のために両手を机の上に出していたと思っているのか。そんなもの、手の震えと握り締めた拳から緊張をアピールするために決まっている。
だが、こうして疑ってくれるのも実は狙い通りである。少し傷ついたような表情を浮かべながら、私は席を立つ。
「少し、外の空気を吸ってきますね」
軽く理桜の肩に触れ、彼女にも同伴を促す。
当然誰も止めてくる者はおらず、二人並んで食堂の外へ。
ちょっとだけ緊張が緩み、ふぅと息を漏らす。
「あの雰囲気疲れるよねー。わかるー」
「わっ!」
真後ろから声をかけられ、私は素で飛び上がった。
慌てて背後を振り返れば、森ヒスイがだらんと両腕を前に垂らした姿で立っていた。
二度も気配に気づけなかったことに、危機感以上に、屈辱の炎が灯る。
そんな私の感情にまるで気付かぬ様子で、森はカクンと首をかたげた。
「えーと、音無寧々さん、だよね。ネネちゃんって呼んでもいい?」
「あ、うん。別に構わないけど」
ポヤポヤとしているのに、やはり隙が全く無い。彼女が追っている妖かは不明だが、ただものでないことだけは間違いない。
いつでも首を刎ねられるよう、さりげなく臨戦態勢を整える。
対して彼女は敵意と程遠い雰囲気で、「やったー」などと緩い歓声を上げた。
「そうだ、あたしのこともヒスイって呼んでね。こっちの方がかわいくて気に入ってるんだー」
「おいお前。馴れ馴れしいぞ」
警戒、というよりは強い苛立ちと共に理桜が割り込んでくる。
理桜にしては珍しい対応に私は少し驚く。さっきみたいに私が傷つけられた時は強い怒気を発するが、それ以外での彼女はむしろ温厚で怒ることは滅多にない。まして初対面の相手に対しこんなに強く接する姿は初めて見たかもしれない。
それだけ彼女も警戒しているのか。感知能力が高くない理桜には、ヒスイのことを警戒する要素はそこまでなかった気もするが。
そんなやや理不尽な怒りに晒されたヒスイは、しかし柳のように理桜の怒りを受け流していた。
「ごめんなさーい。よく距離感バグってるねって言われるんだよねー。ネネちゃんも嫌だった?」
「そんなことはないけど」
「わーい。じゃあさじゃあさ、あたしもっとネネちゃんと仲良くなりたいから、二人だけで一緒に話さない?」
「二人だけ……」
唐突なお誘い。
怪しいことこの上ない。
だけどもし、彼女が本気で私たちを殺す気でいたのなら、それこそ今殺しに来ていたはずだ。
もともと、私も彼女とは一対一で話したいと思っていた。
理桜が不安そうにこちらを見てくる。心配だから断ってくれという視線をビンビン感じるが、彼女の正体を探るには絶好のチャンス。下手に断ってどこかに逃げられたり、みんなの輪の中に紛れられる方が面倒だ。
「大丈夫だよ理桜。ちょっとだけ待ってて」
そう告げ、私とヒスイは食堂近くにある102号室と書かれた部屋の中に入った。
入ると同時に秘術を発動させ――
「いいよいいよ、秘術使って音消さなくても。別に交戦の意思ないし。疲れるだけだから」
「な……」
全く予期していなかったことを言われ、完全に体が固まる。それは忍者として許されざる隙。殺されても一切文句が言えない、それほどの失態。
しかしヒスイは、そんな私の隙に全く関心を示さず、部屋に置かれていたベッドの上に優雅に腰を下ろした。
数秒前とは明らかに雰囲気が違う。気怠そうな空気が掻き消え、蠱惑的で、女子高生とは思えない貫禄が生まれていた。
「……あなた、一体何者なの。どうして秘術のことを知ってるわけ。まさか、同業者?」
「内緒、って言ったら怒る?」
「そうだね。キレてあなたの脳天めがけてクナイ投げつけると思う」
「そっか。じゃあまあネタ晴らししちゃおうかな」
ヒスイはスカートがめくれないよう丁寧に足を組みなおし、
「あたしはあなた達のまさしく標的。ネネちゃん必殺の一撃を避け、その頭を踏んで逃亡した妖様だよ」




