3:自己紹介
「さて、どこから話したものか。実のところ、何が起きているか分からないのは私たちもなんだが」
私への謝罪も済み、ひとまず全員が席に着く。
今も私たちを不審そうに見てくる者もいるが、それはこちらも同じこと。あからさまな猜疑の目を向けながら、私は提案した。
「すいません。やっぱり何が起きたかより、まずは皆さんの素性を教えてくれませんか? あと当然ですけど、もう警察には連絡されてるんですよね?」
さりげなく最大の懸念事項の一つを尋ねる。
忍者は世間からは存在を認識されていない秘密の存在だ。しかし当然、知っている者、否、組織がある。端的に言えば国の上層部。そして警察組織の上層部だ。
忍者はそれぞれ特殊な力や道具を有しているが、それだけでは流石に秘密を維持し続けることはできない。その協力者、というか実質的な支配組織が国上層部となる。
ただここで問題なのは、秘密保持の観点から上層部しか知らないということ。末端の構成員は忍者の存在なんて知らないし妖を信じてもいない。
だから警察を呼ぶときはいろいろと手回しが必要になるため、可能なら呼ばずに済ませるか、全て終わってから呼ぶのが望ましい。
果たして、現状はどっちなのか。
大男は頭を掻きながら、言い難そうに口を開く。
「警察は呼べてないんだ。ここは電波が通ってないらしくてな。スマホは皆圏外だ」
内心安堵の息を吐きつつ、私は首を傾げる。
「ここってホテルですよね? いくら山奥とは言え、電話機の一つくらいはあるんじゃないですか?」
「ここがホテルというのは事実なんだが――やはり先に自己紹介だけさせてくれ。私は出雲幸文。住職兼霊媒師をやっているものだ」
「れ、霊媒師ですか」
胡散臭い肩書を名乗られ、ジト目で見つめる――ふりをする。
妖退治を生業とする忍者としては、霊媒師に対して偏見を抱いたりしていない。というか、妖の種類が霊タイプである場合力を借りることもあるため、実質的な同業者とさえいえる。
改めて見れば、禿頭に黒色の袈裟を着た格好で、コスプレでないならそっち系の人間であることは一目瞭然だった。ただ顔が強面で身長が百九十を超えており、ガタイが良すぎるためヤク〇のような印象の方が強いけれど。
まあ今の私は普通の女子大生を演じている。ここは疑わしげな顔をするのが正解だろう。
続いて、出雲はフライパンで私を殴った人物に挨拶するよう促した。
「えっと、さっきは本当にすいません。俺は山神亮介って言います。建設関係の職についてて、仕事でここに来たんですけど……その、すいません」
身長は百七十程度。年齢は二十半ばといった感じか。髪は短く刈り上げられ、さわやかな好青年という印象だ。今は私を殴ったことへの罪悪感からかうつむきがちではあるが。
仕事で来ていると言った通り、彼は白と紺で彩られた作業着を着ている。
先の出雲の反応・職業と合わせ、なんとなくこのホテルの扱いが見えてきた。
山神は気まずそうにもう一度頭を下げてから、隣に座る同作業着を着た男性にバトンを渡した。
「河村童慈っす! 亮介とは同期で建設業界で働いてます! つっても亮介と違ってバカなんで力仕事担当っすけど! よろしくお願いシャッス!」
体格は山神とほぼ同じ。しかし印象はだいぶ違う。パーマのかかった茶色い髪。口元が常に緩んでいて軽薄な印象を漂わせる。
紹介通り馬鹿なのか、今の状況を理解しているとは思えないほどにこにこと私たちを見つめてくる。その笑みが自然であり、虚勢を張っているわけではないことが逆に不気味だった。
ここまでが武器を持って待ち構えていたメンバー。ここからは、その後ろで隠れていた三人だ。
「夜行キリカよ。フリーのルポライターをやってるわ」
最低限の自己紹介で済ませたのは、この場で最も私たちへの警戒が強い女性。年齢は三十手前くらいだろうか。ボブカットで切れ長の目が特徴的。やや派手な紫のワンピースを着ている。
こちらを見つめる視線がかなり鋭いので、私は首をすくめて怯えるふりをした。
「ぼ、僕は黒木楼部と言います。あ、でも、この名前は本名じゃなくてハンドルネームです。本名はちょっと言えないというか……。あ、職業は、その、ミステリ系の考察動画を中心とした配信者をやってます」
行燈の写真がプリントされたTシャツを着た、気の弱そうな男性。身長は理桜や出雲と同じくらい高いが、二人とは異なりひょろっとした線の細い体型をしている。猫背気味なのも相まって、かなり陰気な印象を受けた。
「あ、私が最後ですね! 猫又夢子って言います! 黒木君と同じく本名じゃなく芸名で、職業は地下アイドルです! 他とは違う目立つ個性が欲しいなって思って、最近は心霊系ユーチューバーとしても活動してます! それで今回はこのホテルまで来ました! よろしくお願いします!」
私と同じくらい小柄な女性。脱色して白っぽくなった髪をツインテールにしている。自分を目立たせようと声を張り上げているのは職業病か。河村と同じく笑顔ではあるが、彼女の場合は虚勢が丸わかりで、目が落ち着きなく動き回っていた。
これでこの食堂にいたメンバー全員の名前が判明した。
彼らの視線が今度は私たちに集中する。わざとらしく息を吸ってから、私は口を開いた。
「音無寧々です。大学が休みだったので、理桜と一緒にこの近くの山のハイキングに来てました。ですが迷ってしまって、その最中にここを見つけました。正直、まだ皆さんのことを疑ってますので、詳しい話を聞かせてもらえると助かります」
最後は声を震わせ口を閉じる。
因みにだが、今私と理桜はペアルックの登山ウェアを着ており、それっぽいリュックも持ってきている。妖退治の任務は一般の人に見られても怪しまれないよう、場所に適した服装と持ち物を持っていくのがルールだからだ。
そんなわけで、今の話を強く疑われる要素はない。実際、誰からも疑問の声は飛んでこなかった。
「伏見理桜だ。経緯はどうあれ、お前たちが寧々を傷つけたことに変わりはない。次はないから覚悟しておけ」
か弱い乙女を演じる私とは対照的に、理桜は威圧感たっぷりの強気な姿勢を演じている。……演技かどうかはかなり怪しいが。
さてこれで、今度こそこのホテルで何が起きたのか説明してもらおう。
姿勢を正し口火を切る――その直前、
「えっへへ~。遅れちゃってごめんね~。てか今どういう状況? 随分シリアスな雰囲気になってるけど」
ゾクリ
肌が粟立つ。
唐突に割り込んできた声の主は、丈の短いスカートにだらしなく胸元まで開いた制服を着た女子高生。見かけはダウナーギャルとでも言うべき、どこか気怠そうな雰囲気の普通の女子。手も足も細く見るからに非力で、脅威を感じる要素は一つもない。
しかし、彼女は異常だった。
この私が。音無家に生まれた生粋の忍者たる音無寧々が。彼女が声を発するまで全くその存在を感知できなかった。
こんなことはあり得ない。
忍者の中でも音無家は潜伏と感知に特化した家系。特に聴覚は常人の数倍あり、気付かれずに接近するなどという芸当は、同じ音無家の人間以外不可能だ。
そしてその音無家でも神童と呼ばれるこの私が、声を発されるまで同じ部屋にいることさえ認識できなかった。
こんなことはあり得ない。あってはいけない。
自然と全身に力が込められる。無意識に片手が服の中に忍ばせたクナイへとのびる。
衆人環視。今彼女を殺せば間違いなく面倒なことになる。
だけど――
「そいつはいったい誰だ。このホテルにはお前たち以外にもまだ人がいるのか」
理桜の声と手が私の暴走を鎮めた。
敵意と殺意を隠すどころか可視化せんばかりに放つ理桜により、半ば強制的に私の心は落ち着きを取り戻す。
理桜の迫力に呑まれ、出雲が冷汗を流しながら首を振った。
「す、すまない。彼女について話すのを忘れていた。もう他には誰もいないはずだ」
「あー、初めまして。森ヒスイでーす。よろしく」
某有名ゲームのスライムのような笑顔を浮かべ、森ヒスイなる女はピースサインを上下反転させて前方に突き出す。
あまりにも空気を読まないその挨拶に、私を含め全員の毒気が抜かれる。
いや、ただ一人、理桜だけは険しい視線を投げかけ続けていたが。
とことこと歩いてきた森は、途中死体に目を留めると「あー、そういうこと」と呟き固まった。しかしそれも一瞬のこと。すぐに歩みを再開し適当な席に腰を下ろすと、「大事な話の途中ですよねー。どうぞどうぞ、あたしのことはお気になさらず続けてくださーい」と、話を再開するよう促してきた。
ひとまず彼女から敵意は感じない。
私からすれば彼女は死ぬほど怪しく、追っていた妖かつあの死体の犯人である可能性が非常に高い。が、この場で今すぐ殺すべきという考えは消失していた。
クナイから手を放し、両手を机の上に置く。
出雲に視線を送ると、彼は小さく頷いてから話し始めた。




