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ホテル花鳥櫻月の殺人  作者: 天草一樹


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3/3

2:ホテル花鳥櫻月

「やっと気配を感じて来てみれば……」

「廃ホテル、だろうか?」


 見失った妖を捜索し続けはや二日。

 広大な山の中ということもあり苦戦を強いられたものの、なんとか妖の痕跡を見つけ、跡をたどってきた。

 そして見つけたのは、山深くには似つかわしくない美麗なホテルだった。


「ホテル花鳥櫻月、か」


 夕日に照らされた立て看板には、ホテルの名前が書かれている。

 櫻(桜の旧字体)という言葉が記されている通り、建物の周りには桜の木がちりばめられている。

 そして不可思議なことに、季節は春を過ぎ夏に迫る頃にもかかわらず、淡いピンク色の桜が咲き誇っていた。


「これも妖の仕業? 植物に何らかの作用をもたらすタイプとか?」

「調査記録には書かれていなかったが、力を隠していたのかもしれないな」

「だとしたら厄介ね。最低でもその程度の知能はあるってことだし」


 事件を起こす類の妖は、自らの力を過信した脳筋であることが多い。人を劣等種と考え、自身の力をこれ見よがしにひけらかす。

 被害が大きくなりやすいというデメリットもある一方、対策が立てやすいという意味でメリットもある。これは逆に言えば、


「理桜、警戒を最大限にして進むよ」

「ああ」


 簡単に装備を見直し、戦闘の準備を整える。

 いざ館内へ踏み込もう――そう歩みを開始した直後、ホテルの一室に明かりが灯った。

 もしやこちらの存在に勘づかれたのかと緊張が走る。

 しかし続けて聞こえた声に、私の思考はひっくり返された。


「きゃああああああああ!」


 甲高い女性の悲鳴。続けてあわただしく館内を走る音がしたかと思えば、複数の悲鳴が立て続けに聞こえてきた。

 私と理桜は顔を見合わせる。

 ホテルの立地やここを見つけるまでの経緯から、てっきり廃ホテルで中には標的の妖しかいないと思っていた。しかし実際には、電気も通っており滞在者も一人でなく複数いる様子。

 さらに今の悲鳴。どうやら中では、何かただならぬことが現在進行形で起きている。


「どうする。しばらく様子を見るか?」


 理桜が困惑した声で提案してくる。

 私は数秒の黙考後、首を横に振った。


「罠の可能性はゼロじゃないけど、たぶん違う。まだ私たちの存在がばれてるとは思えないし、こんなあからさまな罠を仕掛けるメリットも思い浮かばない。普通に、ここに逃げ込んだ妖が宿泊中の客を襲ってるんだと思う。早く助けに行かないと」

「分かった。だがどうする。中の状況が分からない以上、ただ顔を隠して突入するのは面倒なことになりかねないと思うが」

「そうね……。ひとまず一般人のふりをしてはいりましょう。登山の途中で遭難したところで偶然このホテルを見つけた。悲鳴を聞いて慌てて中を見に来た。そんな設定でいいんじゃないかな」


 私たち忍者の存在は世間から秘匿されている。科学万能のこの時代に、私たちのような存在はイレギュラーであり、認知されると何かと不都合があるからだ。

 それゆえ一般人がいるところではおいそれと力を行使することはできない。忘却草という特殊な植物の力で対象の記憶を消す術も持ってはいるのだが、対象が複数であったり長期間の記憶を消すとなると面倒も多くなる。

 一般人にはばれずに仕事を完遂するのが、忍者の基本方針。

 必然、演技が求められる場面も多いのだ。

 理桜は神妙に頷くと、「任せろ」と胸を叩いた。


「……まあ、いつも通り会話は私が担当するから。理桜は適当に話し合わせてもらって」


 なぜか毎回自信満々だが、理桜の演技力はポンコツだ。こればかりは頼りにならないから、とにかくおとなしくしてもらうに限る。


「じゃ、話もまとまったことだし改めて行きますか」


 軽く深呼吸し、精神を落ち着ける。

 あの悲鳴以降、逃げ惑う声などは聞こえてこないため、妖が中で暴れまわっているわけではないはず。ひとまず宿泊者と対話し、状況を把握することが最優先だ。

 ホテルの入り口は自動扉でなく、古めかしい木製の扉。

 弱弱しく二度叩いてから、ドアノブを握る。鍵がかかっている可能性が頭をちらついたが、扉はあっさりと手前側に開かれた。


「す、すみません……。どなたかいませんか……? ひ、悲鳴が聞こえた気がしたのですけど……」


 演技スイッチオン。

 怯えた声を出しながら、視線は隙なく全方位に配る。

 館内は薄暗く、人の気配はない。

 荒廃した様子はなく、清潔感が保たれている。先ほど電気がついたことからも、廃ホテルでなく現在も営業しているようだ。

 しばらく待っても誰かがこちらに来る様子はない。

 エントランス正面にはカウンターと二階に続く階段がある。

 明かりが灯ったのは一階の左端の部屋。二階の様子も気にはなったが、まずは明かりの灯った部屋に行こうと左に歩を進める。

 少し歩いたところで理桜が肩を叩いてきた。彼女の方を振り向けば、指先で壁の一部を指し示している。

 彼女の指の先には、このホテルの館内図が貼られていた。


 挿絵(By みてみん)


 明かりが灯った左端の部屋はどうやら食堂らしい。

 私は震え声で「誰かいませんか……」と呼びながら、少しずつ食堂に近づく。

 食堂の扉からは僅かに光が漏れ出ている。閉め切られてはおらず、僅かに開いているようだ。

 震え声とはいえ、そこそこの声量を出しているため聞こえていないということはないはず。にもかかわらず誰も出てこないということは――

 食堂まで残り数歩となったところで、後ろにいる理桜に目で合図を送る。理桜は少し複雑そうな表情を浮かべながらも、小さく頷いた。


「あの、誰か……」


 呼びかけながら扉を押し開く。室内の明かりが鋭く目に飛び込んでくると同時に、左側頭部に鈍い衝撃が走った。


「きゃあ!!」


 普段なら絶対に発さない甲高い悲鳴を上げ倒れこむ。

 私の悲鳴を聞き、殴りつけてきた相手(襲撃者)が怯むのを感じる。その隙を逃さず、理桜が私の元に駆け寄ってきた。


「寧々! 寧々! 大丈夫か! くっ、貴様らどういうつもりだ!」

「いや、その……」


 迫真の演技――というかほぼ本心――をする理桜に気おされ、襲撃者はたじろいだ様子を見せる。

 見かけ上は中学生女子の私を殴り倒し、さらに身長百九十越えのデカ女に怒鳴られれば、一般人ならまず間違いなく動揺する。

 私は頭を押さえるふりをしながら、素早く部屋の中を見回した。

 長方形の木製テーブルが複数と、それを挟むように木製の椅子が置かれている。

 部屋の中にいるのは六人と、一体。

 扉横に潜み、私をフライパンで殴りつけてきた若い男が一人。

 その後ろで同様に武器を持った男が二人。

 さらにその後ろに、怯えた表情で中腰でいる男女が三人。

 そして、彼らの隣にある、舌を突き出し虚ろな目で天井を見上げる中年男性の死体が一つ。

 先ほど上がった悲鳴は間違いなくこの死体を発見した時のものだろう。出血があるようには見えないため、絞殺や毒殺の可能性が高いだろうか。

 いずれにしろ、妖を退治してはい終わり、とできるような単純な状況ではなさそうだった。

 私は目に涙を浮かべながらゆっくり体を起こす。

 観察は十分に済んだし、このまま黙っていては理桜が何をしでかすか分からない。ひとまず話を聞くため口を開く。


「り、理桜、落ち着いて。私は大丈夫だから」

「寧々! しかしこいつら、問答無用で襲い掛かってきたんだ! 落ち着いてなんていられないだろ!」

「よ、よく見て、彼らの顔。たぶんだけど、そんなに悪い人たちじゃないと思うの」


 理桜は眉間に深い皺を寄せながら、再び襲撃者を睨みつける。

 襲ったのは自分の方であるにもかかわらず、男は怯えた様子で後ずさる。それから助けを求めるように背後を振り返った。

 襲撃者の背後に控えていた禿頭の大男が、小さく首を横に振る。それから一歩前に出て、私たちに向け大きく頭を下げた。


「すまない。私たちも今、いささか狼狽していてな。このタイミングで急にやってきた来訪者に警戒してしまっていたんだ。とはいえ不意打ちで頭を殴りつけたこと、誠に申し訳ない。謝罪して許されることではないと思うが――」

「あの、本当に大丈夫です。急に襲われて凄く驚きましたけど、そこまで痛くはないというか、強く殴られてはなくて。えと、手加減してくれたんですよね?」

「あ、まあ」


 襲撃者の男は、声を上擦らせつつ曖昧に頷く。

 私が受け身を取っていたこともあるが、実際そこまで強い一撃ではなかった。襲った本人は緊張のため、自分がどの程度の強さで殴ったのか覚えていないようだったが。


「それで、皆さんはその、このホテルの滞在者ということでいいんですか? 私たちは山で迷子になっていたところでこのホテルを偶然見つけて。そしたら悲鳴が聞こえたから、何か、あった、の、か、と……」


 わざとらしく声をすぼめ、目を見開いていく。

 そして全身を震わせながら、さも今見つけたかのように、死体を指さした。


「あ、あの倒れてる人って……。ま、まさか皆さんが……」

「そ、それは違う!」


 慌てた様子で大男は手を振り否定の声を上げる。

 それから一度深呼吸をすると、「君たちも困惑していると思うが、ひとまずこちらの話を聞いてくれ」と、こちらの思惑通り頭を下げてきた。

 内心でほくそ笑みながら、私は怯えた表情で理桜を見る。理桜は私のことを抱き寄せると(歓喜)、険しい表情のまま襲撃者たちに一喝した。


「話は聞いてやる。が、その前に全員武器を置け。それから寧々を殴ったお前。もう一度、しっかり寧々に謝罪しろ。全てはそれからだ」


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