19:妖退治完了
そっと猫又を地面の上に寝かせ、私はろくろ首と対峙する。
胴体は地上で戦う姿勢を取り、切り離された頭は空から鬼の形相で私を見下ろしている。
娯楽を邪魔されて怒り狂っている彼の心中は想像に難くない。だけど私は今、彼とは真逆で、最高にテンションが上がっていた。
ようやく、ようやく妖退治に専念できる。
溜まりに溜まったストレス。存分に発散させてもらおう。
「……なぜ、人の姿がないのは確認していたのに」
黒木から呪詛のこもった疑問が降ってくる。
本来ならこんな会話に付き合う理由はない。でも今は、武力だけでなく言葉でもぶちのめしたい気分だった。
「そりゃあ私が天才忍者だからよ。あんたみたいな三流妖に気配悟らせず潜伏するなんて赤子の手をひねるより容易いから」
ホテル内では想像もできないほど、黒木の顔が醜くゆがむ。
「ふん、忍者ねえ。そういえば昔も襲われたことあるなあ。まあその時は簡単に返り討ちにしてあげたけど」
「へえ。あんたみたいな雑魚に負ける忍者なんているんだ。運が良かったんだね。これまでは」
「これまでじゃない。これからもだよ!」
黒木の胴体部分、その首元が盛り上がり、太い鞭のようにしなりながら襲ってくる。
首を切り離し浮遊させる力と、首を長く伸ばす力。
この変幻自在にしなり伸びる首を用いて三目をまき殺したのだろう。
確かに、一般人ではなすすべもなく殺される程度には速いし力強い。でも、それだけ。常人なら避けるのは難しいかもしれないが、私なら目を閉じても避けられる。
しなる首の鞭を華麗にかわしながら接近。黒木の股間を強く蹴り上げた。
「ふぐお!」
ダサい呻き声が空から聞こえる。
胴体の方もか弱いことに、あそこを握りながらごろごろと地面の上をのたうち回っていた。
やはり雑魚。こんなのに散々頭を悩まされたと思うと、少しばかり自分が情けなくなる。そもそもこの状況だって、ヒスイや山神がいなければ作り出せなかったものだ。
私もまだまだ修行が足りない。
「さて」
ストレス発散はここまで。忍者として、確実に任務を遂行する。
クナイを構え直し、黒木の心臓めがけ腕を振り下ろす。
確かな手ごたえ。
返り血を全身に浴びながら、私は勝利を確信する。
しかし心臓を貫いたにもかかわらず、黒木の体は動きを止めず、それどころか私の腕を強く掴んできた。
「くっ、まさか」
慌てて空を見上げれば、黒木の頭はホテルの反対側へと逃げていくところだった。
人と同じ見た目をしていても、妖の核が人と同じとは限らない。
「頭潰さなきゃ死なないとか、クソ面倒な」
無理やり引き剥がそうとするが、私の力自体はそこまで強くないため、振り払うことができない。
「……まあ、仕方ないか」
どこまでも彼女のシナリオ通りで腹立たしいが、仕留め損ねたのは事実だ。
後処理は、彼女ら二人に任せることにした。
* * *
「くそ! 油断し過ぎた!」
ホテルを飛び越え、反対側の山の方へと飛んでいく。
黒木は、頭だけになった自分に歯噛みしながら、自身を戒めた。
「罠の可能性を考えるべきだった。そう、忍者とかいう狂人集団がいることを忘れてた。もう少し、もう少し慎重にしていればばれることなく――」
「ざーんねん。黒木さんが犯人てか犯妖? ってことはわかってたからさ~。どっちにしろ終わりだったよー」
独り言のつもりの言葉に返事があり、黒木は慌てて声の方に目を向けた。
地上から、にへらとした緩んだ笑みを浮かべた森ヒスイがこちらを見上げている。
ホテルでは特に何も思わなかったが、今はこちらの現状を嘲る笑みに感じられ、黒木の苛立ちが増す。
しかし今はここから無事に逃げることが最優先と、苛立ちを押し殺し山の方へと飛んでいく。
そんな黒木に向かって、ヒスイの気の抜けた声が聞こえてくる。
「あ、そっちは危ないのでやめておいた方がいいですよー」
「ふん。戯言を」
こうして空を飛んでいれば奴らの攻撃など当たらない。危険なんてあるはずがない。
その思いと裏腹に、ふと黒木の危機センサーが反応する。
何か、おかしい。
何が。
そういえば、深夜にもかかわらず妙に桜がはっきりと見える。いや、というより何か光って――
「「秘術・乱れ桜」」
光っていた桜の木から、弾丸のように桜が飛んでくる。
動きは直線的で避けられないほどではない。しかしあまりにもその数が多すぎた。
「く……そ……」
無数の桜に顔中を切り裂かれ、黒木は墜落する。
地面に衝突する直前に僅かに浮遊能力を発動したおかげで、着地は無事に成功する。
だがそれは些細な差。絶望的な状況であることは何一つ変わらなかった。
気づけばヒスイだけでなく伏見理桜までもが、黒木の頭部を見下ろしていた。
胴体は音無を押さえつけるのに精いっぱいでこちらに向かう余裕はない。もはや黒木に打つ手は何一つなかった。
「く、そ。犯行を焦ったばかりに、こんなことに」
「だーかーらー、それを狙ってはいたけど、こんなことしなくてもあなたが犯妖だってのはわかってたからー。あたしたちがこのホテルに来た時点で、どっちにしろ詰みだったんだよー」
今更助かる道はない。だが、だからこそ、プライドだけが熱く燃え上がっていた。
黒木は追い詰められたとは思えない余裕の笑みを浮かべ、「負けは認めてやるから、強がるなよ」と挑発した。
「僕は人間社会に紛れ込んでミステリって言うのを勉強したんだよ。ただ人を力で恐怖させるんじゃない。不可思議を作り出し、より人を怯えさせ殺す最高の知的遊戯! 今回の僕の犯行も完璧だった。こうして油断さえなければお前らにばれることは絶対になかった」
ヒスイと理桜は一度顔を見合わせる。
このままこいつのプライドを保たせたまま殺してしまうか、へし折ってから殺すかの相談。
結論は後者だった。
しゃがみこみ、黒木と目をあわせ、ヒスイはにっこりとほほ笑んだ。
「あのさ、黒木は夢子ちゃんが撮影した動画って見返したりした? 黒木と夢子ちゃんのアリバイを証明することになった、深夜雑談の動画」
黒木は得意げに眉を上げながら答える。
「見てないさ。あの動画は僕の無実を証明するために彼女に撮るよう誘導したものであって、犯行の証拠など何一つ映ってないからね。見るだけ時間の無駄だよ」
「いやー、それが全然そうでもないんだよねー。あたしたちはあの動画を見て、黒木が犯人でしかもろくろ首だってわかったんだから」
「ふん。くだらない嘘を吐くな。あそこにそんな決定的なものが映ってるはずが――」
「映ってたよ。一時間もの間ずっと夢子ちゃんと話していながら、寝返り一つ打たずに寝袋にくるまってる君の姿が」
「……」
余裕をかましていた黒木の笑みが崩れる。
彼が言い訳を考えつくより先に、ヒスイは黒木の犯行を詳らかにしていく。
「そりゃあ寝返りなんて打てないよね。胴体は102号室に待機してて、あそこには頭しかなかったんだから。黒木がやったことは単純で、みんなが寝る準備をしている間に胴体だけ102号室に移動して、一酸化炭素缶を使って部屋を一酸化炭素で満たしておく。頭部は早々に寝袋の先におき、夢子ちゃんに動画を撮らせてアリバイのために使用する。
あとは呼び出しておいた出雲さんが来ればよし。一酸化炭素が充満しているなんて知る由もない出雲さんは、部屋に入ってほどなく力が抜ける。でも彼はそれが一酸化炭素のせいだとは思わない。なぜなら部屋には彼を呼び出した犯人が確かにいたから。ただし、上半身はカーテンで隠れて見えなくなかっただろうけどね。
そうそう、これが出雲さんの死体が部屋中央でも扉の近くでもなく窓際にあった理由だね。犯人がカーテンに隠れているため窓に近づく出雲さん。カーテンをめくるか肩を叩いた直後、相手が首なしの化け物だと気づく。そうして驚愕の表情を浮かべた出雲さんを、黒木の胴体が紐を使ってきゅっと絞める。一酸化炭素中毒で力の入らない出雲さんは、ろくな抵抗もできずにそのまま殺される。
一酸化炭素を部屋に充満させただけでは逃げられる恐れがある。だから部屋に残り、その上で首を絞めて確実に殺す。不可思議を作り出し、人も殺せてアリバイも作れる。一石三鳥で悪くはなかったけど、動画を撮らせたのは欲張っちゃったね~」
「……だけど、それじゃあ僕の胴体は102号室に残されたままになるだろう」
一方的に明かされることへの、ささやかな抵抗。
しかしそれは、より決定的な敗北を決めるだけのこと。
ヒスイはスライム笑顔で「もーう、分かってるくせにー」とけらけら笑った。
「そのための夜行さんでしょー。彼女に飛び降りてもらうことで騒ぎを起こし、胴体と首を戻す機会を作ったんだもんねー」
「それは結果論だろう。夜行が見つからずに脱出することだってあったはずだ」
「それならそれでいいじゃん。出雲さんが殺された直後に脱走した人がいる。もう犯人確定! ってことになるんだから。胴体は夢子ちゃんを寝かせてから戻せばいいし」
「……」
「どっちに転んでもOKって点は悪くないよねー。でもま、やっぱりアリバイ作りが雑過ぎだったねー。妖を信じてない一般人だけならともかく、妖を知っている忍者の存在を知りながらあの程度のトリックしか思い浮かばないなんて――ミステリも不勉強なんだね」
「あ、あ、あ……」
傷だらけの顔をさらに赤く染め、黒木はパクパクと口を上下させる。
そしてまさにその口から暴言が飛び出る直前、理桜のクナイが黒木の頭部に突き刺さった。




