16:名探偵役の推理
「皆さん聞いてください。俺には、ここでの事件の真相が、九割近く分かっています。皆さんの協力が得られれば、おそらく真実に辿り着く。どうか力を貸してください」
一度やると決めたらしっかりスイッチが入るらしい。
山神は真剣な表情で深々と頭を下げた。
彼の言葉を受け、猫又と夜行も驚いた表情を浮かべ言い争いをやめる。
全員の視線が自身に集まったことを確認してから、山神はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「俺には年の離れた幼い妹がいます。両親が事故でなくなっているため、今は妹のためにとにかくお金を稼がないといけない。だから多少の無理難題や危険なことでもやる覚悟があります」
「ちょっと待って。急に何の話をしているのかしら? それが一体事件と――」
「ここにいる皆さんにも、俺と同じような切迫した事情があるか聞きたいんです」
困惑した夜行の声に、山神は即座に切り返す。
「別に詳細を聞く気はありません。ただ、俺と同じように切迫した事情を持ち、そのためならリスクを冒す覚悟があるか。それだけ聞かせてほしいんです」
「きゅ、急にそんなこと言われても」
「私はあるよ!」
口ごもる夜行とは対照的に、猫又がすぐ挙手して宣言した。
「私いま、アイドルとしてかなり瀬戸際なんだ。全然芽が出ないから親からの援助もなくなっちゃったし、グループも解散寸前だし。このままアイドル続けるなら体とか売らないといけないくらい困ってるの。だからチャンスをつかみ取るためだったら何でもする覚悟があるよ!」
堂々と自身の窮状を話す彼女に勇気づけられたのか、黒木もおずおず口を開いた。
「ぼ、僕も猫又さんほどじゃないけど、似たような状況かな。最近配信の伸びが悪くて生活苦しいし、多少のことなら手を出しちゃうかも。あ、でも、人殺しはしませんよ!」
わたわたと首を振りながら黒木の自白が終わる。
二人が話したことで、今度は夜行に視線が集まる。
彼女は少し逡巡した様子を見せたものの、諦めた風に首肯した。
「まあ、私も切迫した事情がないわけじゃないわ。そうじゃなかったらこんな辺鄙なホテルまで取材しに来なかったでしょうし」
最後に、今も筋トレ継続中の河村があっさりと、
「別に切迫した事情はないっすけど、借金取りに今月中に借金返さないと内臓売るぞって脅されてるっすね」
「いやいやいや、この中で一番切迫した事情だろそれ……」
つい我慢しきれず突っ込んでしまう。
何を考えてるか分からないところがあるとは思っていたが、とっくにピンチ過ぎて情緒がバグっていただけのようだ。
それはともかく、ホテルに集められたメンバー全員に切迫した事情があることが明かされた。
前提条件をクリアしたことで、山神の推理は一段先へと進んでいく。
「皆さんお答えくださり有難うございます。これで、三目さんに呼び出された俺たち全員に、犯人の指示を聞く余地があったことが示されました」
「犯人の指示を聞く余地って……まさか私たちの誰かが犯人のアリバイ作りに加担してたってこと?」
「そうです夜行さん。というより、あなたこそがその協力者ですよね。犯人の指示に従い、あなたは決められた時間に部屋から飛び降りたんですから」
「な!?」
唐突な指摘に、夜行は顔をこわばらせ硬直する。
すぐさま否定しなかったことが、全員の不信感を招く。
問い詰めるような視線にさらされた彼女は、一度大きなため息を吐き出すと、開き直って頷いた。
「そうよ。犯人かどうかは知らないけど、あの時間になったら部屋から飛び降りて逃げるよう書かれたメモをもらったのよ。でもそれだけ。出雲が殺されるなんて想像もしてなかったわ」
「……本当に?」
先の言い合いで確執のできた猫又が、明らかに疑った目を向ける。
夜行はむっとした表情を浮かべたものの、疑われる自覚はあるため強く反論せず「本当よ」とだけ呟いた。
彼女に対する疑惑の念が強まるも、山神はそれを追求することなく、むしろ彼女の容疑を否認した。
「安心してください。俺は夜行さんが犯人だとも、その仲間だとも思っていません。むしろあなたはたまたま選ばれただけの被害者です。その役割は、俺たち別の誰かでも全くおかしくありませんでしたから」
「……否定してくれるのは嬉しいけれど、それで犯人は分かるのかしら? 悪いけど、私はそうしろと書かれた紙を受け取っただけで、渡してきた相手も犯人の正体も知らないわよ」
「問題ありません。今の皆さんの回答から、俺の推理は確信に変わりました。二人を殺した犯人にも辿り着いています」
「ほ、ほんとですか? 三目さんはともかく、出雲さんを殺せる人は僕たちの中にいませんよね? それともやっぱり外部犯の可能性を? でもそれだと犯人が分かったとは言えないし――」
心なしか楽しげな表情を浮かべた黒木が、ぼそぼそと質問と独り言を繰り返す。
山神は数秒目を閉じ黙考してから、「外部犯の可能性は非常に低いと思います」と断定した。
「いくつか理由はありますが、外部犯であるなら矛盾した行動があるというのが一番の理由です」
「えと、矛盾した行動っていうのはどれのこと?」
「出雲さん殺害のタイミングです」
どこから伝えるのが分かりやすいか悩む山神は、ゆっくりと推理を語っていく。
「まず夜行さんが従わざるを得ないような指示を出せた時点で、犯人は俺たちの事情を知っていた人間であり、音無さん達のようにたまたま流れ着いた人でないことは間違いありません。つまり犯人は俺たちを呼び集めた三目さんの協力者、もしくは三目さんを隠れ蓑に俺たちを集めた黒幕ということになります」
「となると、今回の事件は突発的でなく最初から仕組まれていたということか」
私やヒスイと違い、山神の話の終着点を知らない理桜が相槌を打つ。
私の反応から、今回の山神の推理が計画されたものであることを察して、彼女なりにサポートしてくれたようだ。
山神は大きく頷くと、「問題はその人物が隠れて俺たちを見ていたか、同じ招待客として紛れていたかです」と続けた。
「これに関して、十中八九客の一人として紛れていたというのが俺の考えです。その理由が今言った出雲さん殺害のタイミングの件。黒木さんが言っていたように、俺たちの中に誰も出雲さんを殺せる人がいない。そんな状況で彼を殺せば、姿を隠している自分の存在を俺たちに伝えるようなものです」
「ええと、でもそれって、偶然猫又さんが動画を撮影してたからじゃない? 犯人はまさか寝るところを撮影してるなんて思わなかったから、あまり気にかけずに出雲さんを襲っちゃったとか」
黒木がそう疑問を呈する。
実際あの動画がなければ、私は黒木と猫又のことを強く疑っていただろう。猫又の撮影した動画があってこそ、彼らの無実は証明されたのだから。
しかし山神は動じない。この程度の疑問は、彼の中でとっくに解決済みの問題だった。
「動画撮影が行われていたこと自体は犯人の想定外かもしれません。ですがそれを抜きにしても、犯人が外部犯だとすれば行動が中途半端です。先ほど夜行さんが犯人の協力者だと言いましたが、もう一人確実に犯人に協力した人がいる。それは殺された出雲さん自身です。彼はトイレに行くと言いながら、実際にはトイレでなくその近くの102号室にいました。あの状況で嘘を吐く理由などありませんから、間違いなく彼も犯人に指示されて102号室に移動したはずです」
「つまりこう言いたいわけか。犯人は本来、夜行と出雲だけでなく呼び集めたお前たち全員に指示を出せたはず。犯人が外部犯なら、それぞれのアリバイがなくなるよう指示を出してから犯行に及んだだろうと」
またしても理桜が的確なサポートを入れる。
しかし今度は山神が頷くより早く、理桜自身が自分の答えに疑問を投げかけた。
「だがわからないな。それは内部犯であったとしても同じじゃないのか? いや、というよりそろそろ肝心なことを話せ。外部犯であるとした場合の矛盾は分かるが、結局私たちの中に出雲を殺せた人物はいないんだ。いったいお前は、誰が犯人だと推理した?」
理桜の言葉を受け、この場にいる全員が固唾を呑んで山神を見つめる。
果たして山神は、焦らすことなく、犯人の名を告げた。
「外部犯でなく、今この場にいる俺たち全員にアリバイがある以上答えは一つです。三目さんを殺害し、出雲さんを殺した犯人は――他でもない出雲さん自身だったんですよ」




