15:一触即発の雰囲気
私たち三人が休憩所に戻ると、不安と困惑に満ちた顔が一斉にこちらを向いた。
私とヒスイは視線で頷き合ってから、調査で得た情報を皆に伝えた。
落ちていた缶は一酸化炭素缶であり、まず間違いなく102号室には一酸化炭素が充満していたこと。
しかし出雲の死因は一酸化炭素中毒ではなく、首を紐で絞められての絞殺。吉川線が残っていたことからまず間違いないこと。
彼が首を絞められて殺されている以上、犯人は私たちの中にいないこと。私たちの知りえぬ第三者がホテル周辺に潜んでおり、私たちを殺そうと狙っていること。
ゆえに明日の朝まで皆一緒にここで寝ずの番をしよう、と。
こちらの話を聞き終えた彼らは、相変わらず不安げな顔のまま、互いに互いを見つめ合った。
得体のしれない殺人鬼に狙われているという意味では、恐怖は和らぐどころか悪化している。その一方で、今この場にいる人は殺人犯でないという事実が、僅かに心を安らげていた。
緊張と弛緩が同居した微妙な雰囲気が形成されかけたところで、夜行が口を開いた。
「でも、私たちの中に共犯者がいないとは限らないわよね」
どう考えても今言うべきでない最悪の言葉。
緩んでいた空気が瞬時に凍り付く。
ただ、彼女を責めるのは酷であろう。実際共犯者がいる可能性は十二分にある。
私は殊更に明るい声を出し、皆の不安を取り除こうと努めた。
「大丈夫です! 私たちの中に共犯者なんていません! 仮にいたとしても、こうして皆で集まっていれば手は出してこないはずです! それができるなら、隠れ潜む理由もありませんから」
ゆっくりと全員の顔を見回す。
納得はしないまでも、一応頷いてくれる人がちらほら。
しかしまたしても、夜行が不安を煽るような発言をした。
「でも犯人は出雲さんを殺せるほど力のある相手でしょう? 今は様子を見てるだけで、いざ私たちが固まって動くとなったら襲ってこないとも限らないわよね」
実際それはその通り。かなり体格の良い出雲をあっさり殺せる以上、犯人がそこそこ強力な力を持っているのは間違いない。今襲ってこない理由も不明だし、集まっていれば大丈夫とは言えない。
だけど今は、彼女の言葉に頷くわけにはいかない。
「……確かに、その可能性はあります。でもここには山神さんと河村さん、それに理桜もいます。襲われても十分対処できるはずです」
「本当に? もし私たちの中に共犯者が紛れてたら、トイレに行くふりでもすればいくらでも分断できるでしょうし、安全にいられるとは思えないけれど」
「だったらどうしろと? 夜行さんだけはまた部屋にこもりますか? それとも外で一晩過ごしますか? 申し訳ないですけど、どちらもさせてあげられませんが。私からしたらあなたが一番怪しいので」
夜行は唇を噛みふいと顔をそむけると、震える声で呟いた。
「……そんなに怒らないでよ。私だって不安なの。何が起きてるのかさっぱり分からなくて」
その言葉を最後に、否定の声は上がらなくなり、なし崩し的に皆休憩所で時間を潰しだした。
しかし夜行の言葉が響いているのか、黒木や猫又はせわしなく周りを見続け、夜行自身も貧乏ゆすりをやめない。
全く動じていないのは河村くらいだろうか。相変わらず何を考えているのか分からない笑顔を浮かべ、休憩所と廊下の狭間で筋トレを行っている。
因みに、かくいう私自身はというと、焦っていた。
山神が言った通り、私は現状全く犯人を恐れていない。姿を隠しこそこそと殺人を犯す妖など、正体が分かれば秒で退治できる自信がある。
むしろ問題は、このまま何も起こらずに終わってしまうこと。つまり犯人を特定できず、妖が逃げおおせてしまうことを恐れていた。
というのも私と理桜は直近の妖退治に失敗している。正直あれは私たちが悪かったというわけでなく、本当に不運の連続というか、私たちでなくとも百パーセント失敗していたと思うが、失敗は失敗だった。
これまで理桜と二人だけで任務を担当してこれたのは実績ゆえ。もし失敗が続くようなら、当然解散させられるか他の忍者も追加で組まされる恐れがある。
それは絶対に避けたい。
私と理桜の二人だけの世界に、異物を入れてなるものか。
だから何としてでも今回の妖退治は成功させないといけない。
早く、早く仕掛けてこい。
しかしいくら祈れど妖からの襲撃はない。
あえて一人になることで妖を誘い出すことも考えはしたが、これだけ用心深い相手だ。不審に感じて逆にターゲットから外れかねず、実行に移せないでいた。
一分一秒がとても長く感じる。
湧き上がる焦燥感に耐え切れず、私はまた猫又に頼んで動画を見せてもらう。
ヒスイに言われたことを思い出し、今回は理桜と二人で最初から最後までじっくり鑑賞した。
しかしどれだけ見ても聞いても、妖に繋がりそうな情報は得られない。
動画は本当に変化が乏しく、出雲が時折寝返りを打つ以外に画像の変化はなく、音声についても猫又の興奮した話し声ばかりで気になる音は何も聞こえなかった。
ちらりと理桜を見れば、眉間に皺を寄せた難しい表情でじっと画面を見続けている。
私としては彼女の笑顔こそ一番好きなのだが、こうして深く考え込んでいる姿もまた素敵だと思っている。もともと凛とした立ち振る舞いをしている彼女が真剣な表情をしていると、まるでダイヤモンドのような輝きを放ち――ではなく!
ぶんぶんと頭を振り私は雑念を追い出す。いやまあ、理桜のことを考えるのは雑念でなく最も尊ばれる行為ではあるが、今ばかりは事件について考えないといけない。
だが、そんな思いとは裏腹に時間だけが進んでいく。
それもあまり良くない雰囲気へと変わりながら。
休憩所で寝ずの番を始めてからちょうど一時間が経過したころ。
「わ、私、ちょっとトイレ行ってきますね」
猫又が取り繕った笑みを浮かべながら皆にそう声をかけた。
隣に座っていた黒木が、「あ、なら僕も」と一緒に立ち上がる。
しかしそんな二人を責め立てるように、夜行が「ダメよ」と言い放った。
「朝までここから動くべきじゃないわ。我慢しなさい」
猫又は目を見開いて首を横に振る。
「が、我慢って無理だよ! 私アイドルだけど、トイレとか普通に行くから」
「無理でも我慢しなさい。そうやってトイレに立った後、出雲さんは殺されたのよ。あなたがそうならない保証はないわ」
「そ、そんなこと言われても無理なものは無理だよ! それともここで漏らせって言うの!」
「死ぬよりはましでしょう」
「それはそうだけど……でもやっぱりおかしいって! そうだ! 皆で一緒に行こうよ! それなら安全だよね」
「いやよ。ここを離れた後、潜んでる殺人鬼に毒ガスをまかれるかもしれないでしょ」
「じゃあ夜行さんだけ残ってればいいじゃん!」
「なんでそうなるのよ。どうしてあなたの我儘のために私が一人危険にさせられないといけないわけ?」
「ワガママなのはそっちでしょ! 夜行さんこそ好き勝手やって私たちを混乱させて、その隙に誰か殺そうとしてるんじゃないの!」
「はあ? あなた私が人殺しだって言いたいわけ?」
睡眠不足による思考力の欠如と過度なストレスにより、二人の口論はヒートアップする。
今にもつかみ合いが起こりそうな一触即発の雰囲気。
やはり、このままではいられない。
私は小さくため息を吐くと、ヒスイに視線を向ける。
彼女は小さく頷くと、こっそり山神に近寄り、彼の肩を叩いた。
山神は本当にやるのかと言いたげな、心底嫌そうな表情を浮かべる。しかし彼自身、この状況を放置はできないと判断したようで、覚悟を決め口を開いた。




