14:疑わしきは
「まさか、首を絞めて殺されてるなんて……。じゃあ一酸化炭素缶は何のために?」
死体を見て気分が悪くなったメンバーは休憩所へと戻り、102号室には私とヒスイ、山神の三人だけが残っていた。
山神からの視線を感じながら、私は窓のそばを調べる。
窓にはカーテンが取り付けられており、入ってくる風を受け時折はためいている。
争った形跡は特になく、これといった傷やへこみは見当たらない。
落ちていた一酸化炭素缶はプッシュしても反応はなく、完全に使い切られていた。
そして問題の出雲の死体。
彼の首には細い紐が絡みついており、彼自身も抵抗しようとしたのか、薄いながらも吉川線(首を絞められた際に被害者が抵抗して首に残る引っ掻き傷の痕跡)が残っていた。
吉川線があることから、一酸化炭素中毒で亡くなった後にとどめとして首を絞められた可能性もない。
しかしそうすると、意味が分からない。
そもそも私たちの中に、出雲の首を絞めることが可能だった人物はいない。加えて、この部屋の中には一酸化炭素が充満していた。それが致死量なのかどうかまでは分からないが、常人なら部屋の中でまともに活動することができなかったはずだ。
以上を踏まえて最も考えられるのは、出雲を殺害したのは外部から紛れ込んだ、もしくはホテルに潜んでいる一酸化炭素の影響を受けないような妖である可能性。というか、それ以外には考えられない。
だけど、私はその唯一導き出された答えに納得できない。
いくら何でも、妖の行動が謎過ぎる。
第一に、妖が今なお隠れているのはいったいなぜか。そこまで弱い妖なのか。
第二に、三目殺害時には極太の紐が使われたのに、出雲殺害時はなぜ細い紐だったのか。またそれをなぜ現場に残したのか。
第三に、何のために一酸化炭素を充満させたのか。また一酸化炭素を使っておきながら、どうして首を絞めて殺したのか。
大きくはこの三つ。でも一番不審なのは、そもそも、妖が人の道具を使って犯行に及んだりするのか、ということだ。
どんな妖か知らないが、そこまで小細工を弄する理由が全く分からない。
助けられなかったことへの後悔と、犯人の影すら見えない手詰まりの状況に心が煮え立つ。
忍者は妖退治を専門とした組織であって、不可思議な事件を解決するのが仕事じゃない。本来こういうことは、警察や探偵の仕事のはずだ。
考えるのに疲れ、私は山神に思考を押し付けた。
「山神さんはどう思います? いったいここで何が起きてるのか、いや、誰が犯人なのか」
こんなことを急に言われて即答できるはずもなく、山神は目を伏せる。
壁に背中を預け、ぼんやり返事を待つこと十数秒。
山神は顔を上げると、「怪しいと思ってる人はいます」と私を見つめてきた。
「へえ。聞かなくてもなんとなくわかりますけど、誰ですか?」
「音無さん、あなたです」
「でしょうね」
「でも、疑ってはいません」
「はい?」
矛盾することを言われ、私はジト目で聞き返す。
山神は冗談を言っているわけではないようで、生真面目な顔で続けた。
「音無さん、あなたはこのホテルに着いた最初のころは、明らかに自分を弱い一般人に見せようとしていました。なのに、事件が進むにつれて、あなたは見せかけの弱さを脱ぎ捨て、優秀な指導者として全員を守ろうと動き始めた。今のあなたは、俺の目に非常に怪しく映る。でも、あなたが犯人なら、どう考えても取るべき行動は逆なはずです。
元から全員を誘導する役割を取りたいなら、最初から弱者を演出する必要なんてない。逆に無能であることを主張し、目立たないよう影で動こうとしていたのなら、今こうして事件に率先して挑む必要はない。つまりあなたを犯人と想定した場合、取るべき行動が矛盾するんです」
一瞬彼の言葉を吟味してから、私はゆるゆると首を振った。
「悪いけど、それは山神さんの考えでしかないよね。私は別に無能も有能も装ってるつもりはないよ。死にたくないから、常に精一杯考えて動いてるだけ」
「じゃあどうして、今ここに残ってるんですか? 誤解とは言え自分を襲ってきた力の強い男と、ほぼ一対一でいることを許容している。それも全く恐れた様子もなく」
「……」
「これはあくまで憶測ですが、あなたは俺のことを、いや、今回の犯人すら危険だと考えていない。というよりも、そう、むしろあなたは犯人が自分を襲ってくれるのを待っているようにすら見える。あなたはこの場で誰よりも自分が強いと考えているから。違いますか?」
「……」
さてどうしたものか。私の片手には既に暗器が忍ばせてある。
想像していたよりはるかにこの男は勘が鋭い。何も知らないくせに、忍者である私の存在を認識し始めている。これはかなり危険だ。今すぐに記憶を消してしまいたい。
だが、
「大当たりだよ山神さん」
ヒスイが急にとんでもないことを言い出した。
慌てて彼女に目を向ければ、ヒスイは私と理桜しか知らない合図を送ってきていた。
いろいろと意味が分からない。
しかしどうして、私は彼女の合図に従い「秘術・音匣」と術を展開する。
一定の空間の音が外部に一切伝わらなくなる術。これでここでの会話は、部屋の外にいる人間には絶対に聞こえなくなった。
術の行使を確認してから、ヒスイは笑顔で山神に語りかけた。
「あたしたちは特殊な人間で、ある大事なお仕事をするためにここに来たんだー。だから皆と違ってこの状況はある程度想定内。そんなに危険は感じてないんだよ」
「……それ、本気で言ってますか?」
「本気だよ。でも本気じゃないよ。この意味、賢い山神さんなら分かるよね?」
「……」
ヒスイの読み通り、言葉の意味を理解した山神は口を結んで黙り込む。
嘘は言ってない。しかしそれを嘘として受け止めろという、明確な脅し。
私はすり足でヒスイに近寄ると、彼女に耳打ちした。
「どういうつもり、これ。私たちのことばらしてただで済むと思ってるわけ?」
「別に素性を完全にばらしたわけじゃないから大丈夫だよ。それに、たぶんいるでしょ? 一般人の中にもネネちゃんたちのことをぼんやり知ってて、時に助けてくれる協力者。彼にはそれになってもらおうと思って」
「いるにはいるけど……」
それは信用が置けると断定できた相手の話だ。少なくとも山神はその条件を満たしていない。
「でも彼が協力してくれた方が、犯人を簡単に捕まえられると思うんだー」
「思うんだって言われても……。ていうかその口ぶり、もしかして二人を殺したのがだれか分かってるの?」
「あれ、ネネちゃん分かってないの? 分ってるから窓の近くから動かないんだと思ってたけど」
「……」
悔しい。いやまだヒスイが本当のことを言ってるとは限らない。彼女も盛大に間違えている可能性は十分にある。
だけど、何かしら犯人を特定する根拠を持っていないとこんなこと言えないはず。
犯人に辿り着くピースに一切気付けていない私にとやかくいう権利はない。
うなる私に、ヒスイはくすくす笑いながら囁いた。
「大丈夫、ネネちゃんが分からなくても伏見理桜なら分かると思うから。何せあたしが分かったんだからね」
「……それ、遠回しに私のこと馬鹿にしてない?」
「してないしてない~。と、それで山神さん、ちょっと協力してほしいことがあるんですけど、いいですか?」
「……なんでしょう」
明らかに警戒した顔をする山神を一切気に掛けることなく、ヒスイは堂々厄介な提案をした。
「山神さんには、これから名探偵になってもらいたいんです」




