13:誤算
結局その場で議論は中断され、三十分後、出雲の死体を確認してからまた話し合うことになった。
出雲を殺せた人物がいないことから、第三者が近くにいる可能性も考え、皆休憩所で固まって過ごすことに。
私は理桜の隣に座り、小声で情報交換を行った。
「理桜の方はどう? 何か怪しいもの音とか人影見なかった?」
「いや、何もない。山神に不審な動きはなかったし、寧々の後に二階まで来た者も誰もいない」
「となると一階にいた人が怪しい……とも言い切れないか。無味無臭だったから、おそらく毒の正体は一酸化炭素。事前に部屋に充満させておけば動かずに出雲を殺せる」
「そうだな。問題はむしろどうやって出雲を部屋に誘導したのかか?」
「どうだろ。それ自体はいくらでも方法があるような気がするし……」
この場に集まっている個性豊かなメンツのことだ。何か餌を垂らせば簡単に引っかかりそうな気もする。
個人的に気になるのは、なぜ毒を使ったかの方だ。妖が市販の毒に頼って人を殺すというのはあまり聞いたことがない。まさかとは思うが今回の事件、犯人は妖だけじゃないのかも――
「ところで寧々。さっきのことなんだが」
高速回転する思考の中、不意に理桜の声が割り込む。
そしてその話題は、今の思考を全て崩壊させるインパクトがあった。
急に全身が熱くなるのを感じる。それと同時に汗腺が開き、汗が全身を伝い始めた。
「さっきのって、その、私が、き、キスした件だよね?」
「そうだ」
理桜が少し頬を染め、真剣なまなざしで私の顔を見つめてくる。
胸が痛い。はちきれそうだ。
でも逃げない。逃げたくない。もしかしたら、私の念願の夢が今――
「ねー、あたしも密談に混ぜてよー」
気配もなく、ヒスイが私と理桜の間に体ごと割り込んでくる。
邪魔者に対し瞬時にクナイへと手が伸びる。そして明確な殺意を持ってヒスイの首にクナイを突き立て、
「山神さん、さっきからお二人をずーっと見てますよ」
かすかに残った理性が寸前で私の動きを止める。
死ぬほどぎこちない、青筋の立った笑顔を浮かべ、ヒスイに感謝の言葉を告げる。
「教えてくれてありがしね」
「わー、こわいー」
ヒスイはケタケタと笑いながら、そのまま私と理桜の間に座り込む。
どう考えても座る場所そこじゃないだろさっさとどけよさもないと本気で〇すぞコラ、という気持ちを込めた肘ぐりぐりでどかそうとするが、ヒスイは根が張ったように全く動かない。
イライラが一層強くなっているのを感じつつ、ふと理桜を見た私は、体を固くした。
理桜がたまに見せる自己嫌悪の表情。任務で失敗が続いた後にこの表情をすることはあるが、なぜよりによって今その顔を浮かべるのか。
まさか理桜は私のことを振ろうとしていた? だけどそこにヒスイが割り込んできて有耶無耶になった。だから結論が先延ばしになり、そのことに安堵した彼女は自己嫌悪に陥って――いやいや、いくらなんでも考え過ぎだ!
理桜が私の気持ちを受け止めてくれるかは分からない。だけどだからと言って、私たちの過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私はともかく、彼女はそこまで真剣に思い悩むことはないはずだ。
大体キスこそしたものの、私の気持ちが正確に伝わっているとは限らない。繊細な性格ゆえに細かいことによく気付くが、鈍いところはとにかく鈍かったりする。
だから大丈夫。まだ振られると決まったわけでは――
「そうだネネちゃん。一緒に猫又さんのところいかない?」
「あ?」
またも雑音が流れ込んでくる。
呪いを込めて睨みつけるも、ヒスイの硬玉のメンタルにはまるで刺さらない。
取り敢えず今は理桜を優先しようと首を振るが、
「見てきてくれ、寧々」
と肝心の理桜から頼まれてしまう。
彼女は、少なくとも今私と話したい気分ではなくなってしまったらしい。
胸がチクリと痛む。本当にこのままヒスイと行ってもいいのか。それが余計理桜を傷つけることにならないか。
ぐるぐると思考が回る。でも結局、今彼女を優先するだけの理由は思い浮かばなかった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
そう言って、ヒスイと共に猫又の元へと歩いていく。
ヒスイは途中私の耳に顔を寄せると、
「ごめんね、邪魔しちゃって」
そう謝罪してきた。
私は拳を握り締め、「邪魔だと分かってるなら二度としないで」と冷たく返す。
「でもさ、彼女と違ってあたしは今だけだから」
「……え?」
思っていたのとは全く異なる、寂寥感ある声に思わず振り返る。
しかしヒスイは既に私の方を向いておらず、陽気に猫又へと声をかけていた。
「猫又さーん、さっきの動画なんだけど、もう一回見せてもらってもいい?」
「う、うん。いいよ」
急に声をかけられ驚いている猫又からスマホを借り受ける。
どうでもいいが猫又、曲がりなりにもアイドルじゃなかっただろうか。自分の商売道具というか機密情報が入っているものを、軽々しく他人に渡して大丈夫なのだろうか。
お節介ながらだいぶ不安になる。
もちろん今の状況は、彼女からすれば生きるか死ぬかの瀬戸際だ。惜しまずに情報提供してくれるのはおかしなことではないのかもしれないが。
動画をしばらく指で操作していたヒスイは、ふと意地の悪い笑みを浮かべた。
ゾクリと背筋が凍り付く感覚。思わずクナイに手が伸びかけるも、ヒスイはすぐにいつものふにゃけた笑顔に戻る。
私の視線を感じてか、彼女はスライム笑顔で「どうかした?」と聞いてきた。
「……何か、犯人につながるものでも見つけたの?」
「いやー、全然分かんないよ」
明らかに嘘だと分かる反応。
今すぐ問い詰めたい気持ちもあるが、周りの視線があるためぐっと我慢する。
ヒスイからスマホを貸してもらい、私も動画を検める。
やはり重要なのは出雲が動き出す前後の時間だろうと、動画後半を何度も見返す。特に音を意識してみたが、新しい発見は何もなかった。
全くと言っていいほど変わらない映像。ヒスイはここから何を見出したのか。
私は少しでも犯人に繋がるヒントがなかったか、必死に記憶を掘り起こす。
しかし、何の成果も得られないまま、三十分が経過してしまった。
山神の号令の下、皆で102号室に移動する。
万一まだ毒が残っていたら危険だからと、河村のみが部屋の中に突入した。
生贄に近い扱いに数名難色を示すも、本人が全く気にせず部屋の中に突撃したため、結局誰も何も言わず。
幸いにも換気は済んでいたようで、河村はぴんぴんした様子で部屋の中から戻ってきた。
一応数分の経過観察の後、問題ないと考えそれぞれ部屋の中に足を踏み入れる。
窓際にある、倒れた出雲の死体と転がった缶以外にめぼしいものは何もない。
缶を拾い上げ文字を読んでみれば、予想通り一酸化炭素が充填されたプッシュ缶であった。
また、既に全員が死体と認識していた出雲だが、こちらも予想は残念ながら外れず、しっかり亡くなっていた。
しかし、大きな誤算が一つ。
出雲の死因は絞殺だった。




