12:アリバイ証明
いろいろと考えたいことはあったが、いつまでも皆を放置するわけにはいかない。
一度ロビーに戻ると、状況を整理するため全員で休憩所に移動した。
夜行の脱走と出雲の死。
どちらから話すべきか悩むも、彼らの多くがなぜ部屋に入るのを止めてきたのか気になっている様子だったため、出雲の件から話すことにした。
「まだ部屋の中に入って確かめたわけじゃないから確定ではない。けど、ほぼ間違いなく出雲さんは死んでいます。何者かに殺されました」
先程102号室を覗きに来なかった夜行だけが驚いた表情を浮かべる。
対して彼の死を察していた山神が、疑わし気な視線と共に尋ねてきた。
「この状況で動かないんです。死んでいるのはそうなんでしょうけど、あの部屋に入らなかった理由は何ですか?」
「おそらく、あの部屋には毒が充満していたからです」
「毒……」
皆あまり想像していなかったようで、信じがたいと言った面持ちの人が多い。
さて問題は、私たちが毒に気づけた理由をどう説明するかだ。
実際のところほぼ勘に近い。あの部屋から漏れ出た空気を吸った瞬間、常人では絶対に気づくことが不可能なレベルの身体的不備を感じたというのが本当の理由。
でもそんなことは話せないから、別の理由を提示しないといけない。
「私、少し他の人より夜目が利きやすいのですが、出雲さんの死体の近くにいくつか缶が落ちてるのが見えたんです」
「缶?」
「はい。さすがに何が書いてあるかまでは分かりませんでしたが、おそらくあれに毒が入っていたんじゃないかと」
山神が小さく首を横に振る。
「わからないな。確かに見知らぬ缶が部屋の落ちてるのは奇妙だと思うけれど、それでどうして毒だと思うのか――」
「出雲さんを物理的に殺せる人が誰もいないと思ったからです」
私は、目をきょろきょろ交差させやり取りを見守っていた猫又と黒木に矛先を向ける。
「二人とも、出雲さんがトイレに行くと言って、食堂側に向かったのは見てるんだよね?」
二人は顔を見合わせ頷く。
「は、はい。あの時間も僕らは寝付けなくて話していたので、間違いないです」
「出雲さんがトイレに向かってから、どちらか一人でも食堂に近づいたりした?」
「し、してません!」
「それは証明できる?」
疑われていると感じたのか、黒木の肩が震えだす。
すると猫又が、
「あ、私たちのアリバイだったら証明できるよ!」
そう言って、手に持っていたスマホを操作し始めた。
すぐにお目当てのものを見つけたらしく、スマホの画面を私たちに見せてくる。
「ほらこれ。『人が殺されたホテルで宿泊することになっちゃったんだけど!』っていうタイトルで動画を作ろうと思って、寝てる私たちのことを撮影してたやつ。まあ全然寝付けなくてずっと黒木君とお話ししてたけど」
確認のため黒木に視線を送れば、彼もこくこくと頷いた。
再びスマホに視線を戻し、動画を確認する。
どんな動画にするつもりだったのか不明だが、画角はかなり適当で、肝心の彼女自身がほとんど映っていない。自分のすぐ隣にスマホを立てかけていたようだ。
その一方で、寝袋から頭だけ出している黒木と、両腕を出し何度も寝返りを打つ出雲の姿はばっちりと映っていた。
むさい男二人が寝てるだけの動画とか誰に需要があるんだよとツッコミを入れたくなったが、今はそこじゃない。彼女からスマホを受け取り、動画の時間を進める。
どのシーンでもほとんど猫又が一方的に喋り、それに黒木が相槌を打っているだけ。本当に退屈だ。しかし動画終盤、重要なシーンがしっかり映っていた。
何度も寝返りを打っていた出雲が急に、「トイレに行ってくる」といい寝袋から出る。そのまま食堂側のトイレに向かい、画面からフェードアウトした。
黒木と猫又はあまり気にかけた様子もなく見送ると、二人で雑談を再開する。そこから数分経つも、出雲が帰ってくる気配はない。
そして画面に変化はないまま、私の「待て!」という叫びが再生される。声に驚いた猫又が飛び上がりスマホにぶつかったようだ。画面が揺れ動き一度暗転。
『何! 何があったの!』
『わ、分かんない。でも休憩所の方で何かあったんじゃ……。も、もしかしてついに怪異が出たとか』
『え、え、じゃあ大スクープじゃん! 早く撮影しにいかないと!』
その声と共にスマホが持ち上げられ、画面が激しく揺さぶられる。ようやく画面が見れるレベルに落ち着いたのは、私が夜行を取り押さえている場面だった。
一通り見終えたことを確認し、「ね! ね!」と猫又は無実を主張した。
「私も黒木君も出雲さんが出て行ったあと、全くロビーから動いてないの! 音無さんの悲鳴が聞こえてからはすぐそっちに駆け付けたし、私たちに出雲さんを殺すのは絶対無理だよ!」
「……この動画だと、猫又さんが先に休憩所まで走って行ったんだよね。その隙に黒木さんが出雲さんを殺すことはできたんじゃ?」
疑いの目を向けられ、黒木は大慌てで首を横に振る。
「た、確かに僕より猫又さんが先に休憩所に行きましたけど、僕もすぐ追いつきましたよ! だ、だよね猫又さん」
「う、うん! 慌てててしっかり覚えてないけど、気付いた時にはすぐ隣にいたし、出雲さんを殺すほどの時間はなかったと思う!」
「……そうですか」
私は黒木のひょろりとした体型を見ながら、犯行が可能かを空想する。
気づいたら後ろにいたという発言から、長くても一分以内には休憩所に移動したはず。その間に彼が殺せたかと言えば、やはり厳しいだろう。
そもそも黒木がそんな早業殺人を犯す理由もない。
スマホを猫又に返すと、改めて皆に向き直った。
「今の話から確定しましたが、この場にいる誰一人として出雲さんが殺された102号室には行けなかったはずなんです。なのに彼が死んでいた。それも見知らぬ缶が近くに転がった中で。毒と勘繰るのはおかしいでしょうか?」
「……いや、おかしくないよ。瞬時にそこまで頭が回るのは、少し気味が悪いけど」
山神が明確に疑った視線を飛ばしてくる。
まあ彼でなくとも、ここまでやってしまえばさすがに疑問に思うだろう。
私は特に言い訳はせず、話を再開する。
「外から102号室の窓を開けたので、三十分もすれば十分換気されて中に入れると思います。そしたら本当に死んでいるのか、何が起きたのか調べたいと思いますが……今は夜行さん、あなたにもう一度聞きます。なんで脱走したんですか?」
全員の目が夜行に向かう。
山神以外にも、内心で私のことを疑っている人はいるだろう。それでも今、一番怪しいのは間違いなく夜行だった。
彼女が脱走を図るそのわずか数分前に出雲が殺された。いくら何でも関係を否定するのは無理があるだろう。
皆から見つめられた夜行は、居心地悪そうに身じろぎする。
しかし本音で話すつもりはないらしく、先ほど私にしたのと同じ説明を繰り返した。
当然納得する人はいない。一方で、彼女が出雲殺しに関わったとする根拠も証拠も何もなかった。




