54 暗躍するヒロイン
エルエスト王子とレティシアの婚約の話は保留のため、まだ公にはされておらず、少数の人達にのみ伝えられていた。
これも、はっきりとプロポーズもできない息子の態度に怒ったシルフィナ王妃によって、『待った』がかけられているからである。
しかし、表だって婚約の話はまだ出ていないが、エルエストがせっせと婚約者のためにと、ルコントの領地について勉強を始めたのだ。
そんな様子に、侍女達が噂を流しだす。
王宮で働くヒロインの耳にも、エルエスト王子がレティシアと婚約するのでは? といった噂が届いた。
「なんで、私とじゃなくてモブ悪役のレティシアなのよ!? 私はいずれ公爵の娘になる身分なのに、なぜ私を選ばないの?」
まあ、いくら吠えたところで、現在の身分は男爵令嬢である。
身分を振りかざそうにも、その身分が低いのだ。
早く、ドーバントン公爵に会わなければ!!
焦るマルルーナに、公爵と会える最大のチャンスが訪れた。
それは王妃が主催するお茶会に、ドーバントン公爵も出席するという話だ。
そのお茶会の給仕に行く気満々だったマルルーナだが、素養が低いためにお茶会にも入れなかった。
しかし、ここで諦めるヒロインではない。
諦めが悪く、姑息な手段をとるのがこの世界のヒロインだ。
ドーバントン公爵が通る廊下にこっそり魔方陣を仕掛け、彼に魅了の魔法をかけようと待ち伏せをする。
当日、柱の影からドーバントン公爵が通るのを待っていたら、運良く一人で公爵が歩いて来るではないか。
魔方陣に足を踏み入れた時に、マルルーナが通せんぼするように飛び出した。
驚いたドーバントン公爵が足を止める。
「うふふ、ドーバントン公爵様、こんにちは~。私はマルルーナ・エバンスと申しますー」
マルルーナが微笑みながら、魔方陣を発動させた。
魔方陣はうっすらと申し訳程度に光る。
ドーバントン公爵はと言うと・・・
明らかに不機嫌な顔をしている。
「・・・急に人の前に出てきて、危ないとは思わないのか? 一体なんの真似だ?」
マルルーナの渾身の魔方陣が、不発に終わったようだ。
「あれ? えっと・・」
怪訝な公爵に睨まれて、焦るマルルーナは、重要な事だけを質問した。
「あの、お孫さんのアンナ様のお体、大丈夫ですか?」
「なんと不躾な侍女だ。孫は少し臥せっているが、お前に心配される筋合いはない」
怒ったドーバントン公爵は、さっさとマルルーナの横を通り過ぎていった。
「魔方陣の掛け方が間違えたのかしら? 発動しなかったわ。でも、有力な情報が得られたから、良しとしよう。どうやら小説の物語通りに、アンナが魔花の種を育てているようね。それで取り憑かれて臥せっているのね!」
都合良く考えて、大喜びする。
さらにこの後の展開を整理した。
「えーと、この後公爵領に、魔花が大量に見つかり、アンナは牢屋に入れられるーっと。そして、誰かに殺されてひっそりと死ぬ。それで、嘆き悲しんだドーバントンを、私が慰めて取り入れば、公爵令嬢にしてもらえるのよね?」
今後の確認が終わると、今度は手下が必要だと気がついた。
先程はドーバントン公爵には発動しなかった魔方陣の上を、都合良く若い男が通りかかる。
もう一度、その男の前に飛び出し、今度は思いっきり発動させると、一気に魔方陣が光った。
すると、男の目はトロンと力なく濁り、口だけが笑っている。
マルルーナが魔方陣で捕まえたのは、国王直属の文官だった。
男の名前はデジレ。
偶然に捕まえた男が国王に近しい人物だったのだ。
これで、直接国王に意見できる権利を持ったも同然である。
「ねえ、デジレ。私の言うことを聞いてくれるわよね?」
目がハートになったデジレは、マルルーナを、まるで宝石か何か眩しい物を見るように、目を細めて頷いた。
「もちろんです。美しい人」
「じゃあねぇ・・。ドーバントン公爵地に沢山の魔花が育てられているって、王さまに言ってきてよー」
「わかりました」
その後すぐに、デジレが国王に公爵地で大量の魔花が栽培されていると言ったらしいのだが、ラシュレー国王が信じず、全く調べもしない。
「愛しいマルルーナ。王は私の事を信じてくれないんだ」
「まあ、デジレ。一度きりじゃダメよ。何度も言って頂戴。放って置くと国中に広がりますって言うの!」
「わかったよ」
デジレはマルルーナに言われるまま、何度も国王に言う。
あまりにも執拗に言うので、流石にドーバントン公爵地に、国王は使者を出した。
だが、そんな花は一輪も咲いていなかった。
「デジレ、お前のいう魔花は公爵地にはなかったぞ。その話は誰から聞いたのだ?」
デジレは困った顔をした。
「それは、私の彼女の◯◯◯◯が見たと言っていたのですが・・」
「もう一度聞くぞ、誰から聞いたのだ」
「それは、私の愛しい◯◯◯◯です」
名前の所だけ、パクパクと口を動かし、語られることはない。
国王は勤勉だったデジレの異変に気付き、肩を落とす。
「フム。分かった。お前は暫く自宅で謹慎しろ」
その言葉にデジレは首を振って、国王にすがりついた。
「今、私がここにいなければ、あの人は一人ぼっちになってしまう。私が助けてやらなければならないのに・・・どうか・・」
その異様な取り乱し方で、彼を自分のそばに置くのは危険だと国王は判断し、兵士を呼び、デジレを自宅で監視を付けた上で軟禁した。
「仕事は丁寧で、真面目な奴だったのだが、どうしたのだろう?」
嫌な予感がしたが、それはすぐに的中した。
再び第2のデジレのような男が現れたのだ。
次は国王の専属侍従のダルミアン。
彼の誠実な人柄はラシュレー国王も、好感を持っていた。
だが、ある時を境に人が変わったように、王であるラシュレー国王に意見を言ってくるようになった。
「陛下、是非ドーバントン公爵の孫娘であるアンナ様をお調べ下さい。彼女は今、大変危険なものを育てている可能性があります!!」
口から泡を出し叫ぶ様は、もはや常人とは思えない。
「一体お前に何があったのだ? 先日渡した書類の仕分け作業も終わっていないと聞くが、どうしたのか?」
宥めるように説明を求めるが、ダルミアンは同じ事を繰り返すのみ。
業を煮やした王は、再び問う。
「その情報は誰から聞いた?」
やはりと言うか、デジレと同じ答えが返ってきた。しかも、何度聞いても女の名前は言えないようだった。
「あの美しい◯◯◯◯が私に囁いたのです。アンナ嬢は危険だと。彼女の言う事は全て本当です。調べて下さい!! 難破船から出てきた危険な花を育てているのです」
「難破船・・」
これにはラシュレー国王も聞き覚えがあった。
確かに難破船が漂着して困っていると、ドーバントン公爵が愚痴を溢していたのを知っている。
今度は本当なのだろうか?
すぐにドーバントン公爵に難破船の処理をどうしたのか尋ねると、すでにルコント領に引き取ってもらったと言うのだ。
「ダルミアン、お前が心配していた難破船は、ルコント領に運ばれアンナ嬢は元気に過ごしているぞ」
「そんなことはない・・・。あの方が間違えるはずがないのだ!! ラシュレー国王、あの優しい◯◯◯◯を、あなたは貶めようとしているのだろう?!」
言うなりダルミアンは、事もあろうに国王に向かって掴みかかろうとしてきた。
すぐに両脇に立つ騎士達によって取り押さえられたのだが・・。
しかし、目を血走らせ恐ろしいほどに抵抗する様子はもはや狂人だ。
デジレに続いてダルミアン。
二人の優秀な人材がおかしくなったショックは隠しきれない。
しかも、そのダルミアンは収監される前に「ルコントに行ってあの人が正しいことを証明してやる」と叫び、裸足のまま行方をくらましたのだ。
どんどんと異常者が増える緊急事態。国王はすぐに原因の究明を命じたのだった。
マルルーナが魅了したのは小者ばかりだ。
ダルミアンなど、ちょっとの用事を頼んだら、どこかに消えて帰ってこなくなった。
しかも、ドーバントン公爵の孫娘は危険な植物を栽培しているはずなのに、未だに捕まえられたとは聞かない。
「もう、どうなってるの? 説明を聞きたいのにダルミアンは王宮にいないし・・本当に役に立たないったらないわ・・」
イライラするが、侍女なので地道な方法しか動けない。
この魅了を直接王子にかければ、すぐにでも自分の物になるというのに・・。
だが、人の目も多い所で王子を魔方陣に誘導することなど中々出来ない。
しかも頼みの綱の、ドーバントン公爵の孫娘が死なないのだ。
その原因となる魔花が、突如消え失せてしまったのが痛手である。
難破船にあったはずの種もない。
自分で探しに行こうかと思ったが、その種を見つけた場合、自分の方が魔花の種に魅了され、取り憑かれてしまう可能性が高い。
そんな八方塞がりのマルルーナの目の前に、なんと暗殺者のトピアスがいるではないか。
何をしにこの王宮に入り込んだのかは知らないが、彼に頼めば公爵令嬢と言えど、すぐに亡きものにしてくれるはずだ。
この機会を逃してはならないと、すぐに動いた。
マルルーナは、トピアスに知られることなく魔力を注ぎながら慎重に魔方陣を書く。
書き終わると、とびきりの甘えた声でトピアスを呼んだ。
「あの、そこの方ぁ。ここに置いてある荷物が重くて運べないのぉ。助けて下さらない?」
庇護欲をそそるような甘えた仕草でトピアスを呼んだ。
「ふーん・・。いいけどね。で、どこに運ぶの?」
トピアスが一歩踏み出した場所に、魔方陣がある。
トピアスの眉がピクッと動くと同時に、魔方陣が薄ーーく光る。
かなりの薄さに不安だが、マルルーナは気にせず魅了の魔法をかけた。
「ねえ、私の事好き?」
すると、
「へ?・・・ああ、好きだよ?」とトピアスが答えてくれる。
(ふふ、一流の暗殺者が私の味方になってくれたなら、全て思い通りになるわ)
「頼みごとを2つばかり聞いてくれない?」
トピアスは返事の代わりに、ゆっくりと目を瞑った。
「うふふ、無口な人ね」
大笑いしたいのを抑えて、頼みごとを伝える。
「一つは、ドーバントン公爵の孫娘を殺してほしいの。それとぉ・・二つ目はルコント領の領主の、レティシアを殺してきてよ。ねえ、分かった?」
「・・・分かった」
「殺してきてくれたら、よしよししてあげるねぇ」
マルルーナがトピアスに向かって『チュッ』と投げキッスをする。
それを見て、全くの無表情のトピアスがふらりと消えた。
「うふふ、もうトピアスってば小説の通り、恥ずかしがり屋さんなのね。でも、彼に任せておけば確実にやってくれるわ。これで、邪魔なレティシアが消えたら、エルエスト王子も小説通りに私を見るでしょう。そしたら孫娘のポジションに私が入り込んで、公爵令嬢になればエルエストと結婚するにも身分の差はなくなるし・・・。
うん、完璧」
自分の筋書き通りにやっと小説が動き出したわ、とほくそ笑む。
「さて、私は私で好感度をあげる為に味方を増やさなくっちゃ」
その後、せっせと魔方陣と言う名のトラップを仕掛けに回る。
その甲斐あって、自分の都合良く動く人形が沢山増えた。
その一人、伯爵の次男フィリベルト・バスクートを捕まえることが出来た。
マルルーナはフィリベルトに難破船がどこに運ばれたのか調べさせた結果、ルコンドに運ばれたと知った。
「じゃあ、あの邪魔な女の領地に咲いている可能性があるのね? ああ、神様ありがとう」
マルルーナは信じちゃいない神に、感謝する。
今度は慎重に行動することにした。
万が一その魔花を探しているとばれたときに、証拠となる花を燃やされないようにである。
陛下に進言するのは後回しにして、今度はフィリベルトに直接調べて来るように命令して帰ってくるのを待った。
だが、結果はどこにもそんな花はないと言われる。
「どこを探したの? 領地の隅から隅まで調べたの?!!」
「無論だよ。愛する君のために見て回ったけどなかったんだ」
その様子に嘘を吐いているような気配はない。
「魔花の種ってば、どこに行ったのよ!!」
まさか『種』をレティシアが食べてしまったとは思いもよらず、フィリベルトに昼夜を問わず必死で探させた。
すると、その内フィリベルトからの連絡が突然途絶える。
「3日に一回は連絡を寄越すように言っていたのに、なんで手紙一つないのよ。伯爵の癖に!! 私が公爵になったら、地方に飛ばしてやるわ」
だが、次に送った22歳の役所のアリーチョという男も連絡がなくなり、マルルーナの大切な駒が無くなっていく。
これ以上減ると困ると、マルルーナはルコント領での探索は諦めた。
それよりも、魔花の種はルコント領に運ばれたことは確かなのだ。
ならば、不思議な箱をそのまま置いているはずがない。
きっと誰かの手によって開封されて、魔花に魅了された人間がきっと栽培を始めている。
「じゃあ、もう調べなくてもいいじゃない。絶対にルコントにあるんだもの。再び王様に進言してルコントから魔花が見つかれば、レティシアは断罪でチーンよ」
この頃になると、魔方陣に面白い程男達が入ってくれる。
大胆になったマルルーナは、手っ取り早く王様に会えるように、今度は高位貴族の子息を捕まえた。
運良く侯爵令息のコルネリウス・タイラーをゲットしたのだ。
夜会時に王様に接触させるために・・・。
そして、十分に手駒が揃った事を確認したヒロインのマルルーナは、このラシュレー王国を乗っ取る為に動き出した。
。
「もうすぐよ。この国は全て、私の意のままになるわ」




