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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
1章 転生と幸福
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9.友人からのお見舞

 少し眩しい日差しがアルバ国中に行き渡り、小鳥たちが(さえ)ずる声が聴こえ出した頃、ヴェルディーレ家の門前に2つの馬車が訪れた。


 それぞれの馬車の側面に家紋を象徴する印が取り付けられており、一目でバインド家とフィロソフィア家だと分かる。

 因みに印のデザインは、一方が蛇が盾に巻き付いた柄と、もう一方は凛々しく羽ばたく鳥の柄である。


 真っ先に馬車の存在に気付いたのは庭師だ。門の側にいた彼は、慌てて屋敷へと報告しに戻った。

 庭師から引き継いだ執事が素早く客人を迎えに行く。

 執事に取り乱した様子は一切なく、むしろ冷静に見える。


 実は、昨夜ダンドールがアナスタシアたちと別れた際、彼は彼女らから「また見舞いに行く」と事前に聞いていた。

 従って翌朝、「マリアンナが目を覚ました」と聞き付けたダンドールは、早馬で手紙を出したのだ。

 宛先は勿論、例の2つの家紋だ。


 手紙には、要約すると、何時(いつ)でも見舞いにいらっしゃい、と記してある。


 という訳で、アナスタシアらが今日来ても何ら不思議ではない為、執事はやけに落ち着いていたのだ。

 恐らく、彼女らが予告なく訪れたとしても柔軟に対応しただろうが。


 ダンドールにも彼女らの来訪は伝わった。

 彼は部屋の窓から様子を眺め、頬を少しだけ緩めている。パーティーでの行動力も然り、手紙を出したその日中に来た事実に只々感心していたのだ。

 マリアンナのことをダンドール同様、大事に思ってくれている証拠だから。


 執事が門を開けると、ギギギと大きな音が辺りに鳴り響いた。案外耳障りでない音だ。

 誘導するようにして馬車を中へと引き入れる。


 そうして馬車から出てきたのはアナスタシアとリリエルだった。側に侍女を連れている。 

 二人ともマリアンナ( 聖花 )の容態がやはり気になるようで、心なしか落ち着きのない様子だ。隠そうとしていても、ソワソワしているのが見て取れる。

 馬車から降りる際の動きも少しぎこちなかった。



「お嬢様方、お待たせして申し訳ございません。(わたくし)この家の(いち)執事を任されております、ガルメッシュと申します。何卒よろしくお願いします。バインド男爵令嬢様に、フィロソフィア男爵令嬢様ですね。当主様から事前に伺っておりますが、我が屋敷に何かご用でしょうか?」


 ガルメッシュがアナスタシアたちの前に進み出ると、丁寧に深々とお辞儀をした。柔らかな声色だ。


 ガルメッシュは大人を屋敷へと招き入れることには手慣れていた。が、()だ14ほどの令嬢たちをもてなすことは滅多にない。

 従って、令嬢たちの機嫌を損ねぬよう、彼は日頃より気を配った。それが今の明るく柔らかな雰囲気だ。

 いつものように淡々としていては誤解されてしまうだろうから。


 アナスタシアらにも好印象だったことだろう。ふたりもガルメッシュに倣って微笑んだ。



「初めまして、ガルメッシュさん。私はマリアンナ様の友人のアナスタシア・バインドと申しますわ。こちらこそよろしくお願いします。本日は、マリアンナ様の容態が落ち着いてきたことをお聞きし、お見舞いに、と馳せ存じました。ご面会は可能でしょうか?」


「私も、初めまして。リリエル・フィロソフィアと言う者です。アナスタシア嬢同様、私もマリアンナ様の容態が心配で、お見舞いに参りました。どうぞよろしくお願いします」


 アナスタシアが会釈する。リリエルもそれに合わせるかのように、慌てて礼をした。

 ガルメッシュは「ご丁寧にありがとうございます」と畏まった。笑顔は崩さない。



「リリエル様に、アナスタシア様ですね。旦那様にご許可は頂いております。どうぞお入り下さい」


 ガルメッシュが二人を屋敷内に招き入れる。


 先にダンドールに挨拶しに向かった後、ガルメッシュはマリアンナ( 聖花 )の居る部屋の前まで彼女たちを案内した。


 ダンドールは終始、「マリーのご友人がお見舞いに来てくださるなんて…、」などと感動していた様子だった。



「では私はマリアンナ様の部屋の外で控えておりますので、お帰りやご有事などの際は遠慮なくお申し出下さいませ。」


「ガルメッシュさん、ご案内ありがとうございます。また何か有ればそうさせて頂きますわ」


 ガルメッシュがマリアンナの侍女であるメイに引き継ぐ。扉の側で控えていたメイが、マリアンナの部屋を軽くノックした。



「……はぃ」


 聖花は寝起きのような声で返事をした。否、実際に先ほどまで眠っていたのだ。

 ノックの些細な音に反応して目が覚めたのである。


 夢の世界にいた聖花は一気に現実へと引き戻された。昨夜見ていた悪夢ではなく、どこかポカポカと心が温まる夢から。

 聖花はまだ夢から覚めたくない気持ちでいっぱいだった。


 何か用だろうか、と聖花が回らぬ頭で考える。アナスタシア達が見舞いに来たことを知らないのである。



「マリアンナ様、メイです。ご友人様がお嬢様のお見舞いにいらっしゃいましたよ」


 メイは聖花のごく微小な返答をきちんと拾った。ゆっくりと扉を開く。



「マリー様!ご無事です、もごっ」


「アナ、シーーー。声が大きいですよ。あまりマリーさまのお身体に触ることをしては駄目、ですよ?」


 扉が開き姿を確認するや否や、アナスタシアがマリアンナ( 聖花 )に駆け寄ろうとした。それも大声で。

 アナスタシアの後ろにいたリリエルが、慌てて彼女の口を塞いで止める。なかなか強引な手段だ。


 リリエルが物怖じするのは基本的に上の身分や男、高圧的な態度の人などである。が、友人や家族の前でははっきりと物を言い、気遣いができる優しい少女だったのだ。

 対する普段はしっかり者のアナスタシアは、大切なものに関する情熱が激しいタイプだ。


 いつもと立場が逆転しているようで面白い。


 口が塞がれ声の出せないアナスタシアは、リリエルに同意を示す為、必死に首を縦に動かす。やっと解放されたようだ。


 そうして、二人揃ってマリアンナ( 聖花 )の傍へと向かった。



「マリー様、こんにちは。昨日ぶりですわね。ご容態は大丈夫そうでしょうか?」


 アナスタシアが物腰柔らかにマリアンナ( 聖花 )へと尋ねた。先程の様子からは想像できないほど落ち着いているが、あくまで演技だ。内心そんなことはない。

 だが、リリエルの方は何とか隠しきれておらず、目が潤んでいる。



「アナ、こちらこそ。お陰様で落ち着いて来ましたよ。十分に眠ったし、私はもう大丈夫。」



 聖花はアナスタシアたちを見て微笑んだ。微睡んでおり、トロンとした状態で。

 それを見た友人らは顔をほんのりと赤く染め上げている。



「マリーさま…。顔色も昨夜より良くなっていて、わたくし少し安心しました。私たち、マリー様にお見舞いの品を持ってきたのです。受け取っていただけますか?」


 暫くして、リリエルがハッとしたように聖花に尋ねる。未だに顔を赤らめつつ、安堵の色を顔に滲ませている。

 リリエルの言葉に、アナスタシアも意識をそちらへと向ける。


 彼女たちが手渡した物は、ブランケットだった。


 きっとマリアンナ( 聖花 )が夜に少しでも温まるように、と用意してくれたのだろう。

 ブランケットの色はマリアンナの髪色より少し濃い桜色だった。


 聖花は小さな声で「ありがとう…」と言った。ポロポロと涙を溢して。

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