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5.初の社交界

 ダンドールの執務室へ、一通の招待状が運び込まれた。

 差出人はゴルダール伯爵家。先ほどマリアンナが選んだ、社交界への招待状である。


 机いっぱいに積まれた書類へ目を通していたダンドールは、それを見た途端、手にしていた羽根ペンを静かに置いた。執務の合間とは思えないほど真剣な表情になる。



―――遂に来たか。


 本人はただ気持ちを引き締めただけのつもりなのだろう。しかし、その顔付きはまるで国家の一大事でも起こったかのように険しく、休憩どころか今にも戦場へ赴きそうな勢いだった。

 背後に控える護衛騎士は、その横顔を見ただけで嫌な予感を覚える。



(……また始まった)


 そんな本音を胸の内へ押し込みながら、何事もないように姿勢を正していた。



「失礼いたします」


 ダンドールの向かいへ歩み寄ったメイが、恭しく招待状を差し出す。彼は礼を言うより早く封蝋へ手を掛け、メイがまだ部屋を出ていないにもかかわらず、その場で中身を確認し始めた。

 ページをめくる速度は異様なほど速い。招待状そのものではなく、その中に書かれている参加者や家門の名前を一つ一つ血眼になって確認しているのが見て取れた。


 もし事情を知らない貴族がこの光景を見れば、「ヴェルディーレ伯爵は何をそこまで必死になっているのだ」と笑い話にするだろう。


 しかし、ダンドールにとっては笑い事ではない。愛娘が初めて社交界へ姿を現すのである。父として心配にならないはずがなかった。


 やがて最後の一枚へ目を通し終えると、彼はようやく深く息を吐いた。その横顔には先ほどまでの険しさはなく、どこか寂しささえ滲んでいる。きっと社交界へ立つマリアンナの姿を思い浮かべているのだろう。

 嬉しい。しかし、手放しでは喜べない。そんな複雑な感情が、その表情からありありと伝わってきた。


 しばらく感慨に浸ったあと、彼はようやく参加表明の署名を書き入れる。ところが、署名を終えた途端、その顔は再び苦虫を噛み潰したようなものへと変わった。



「……同年代の男が多いな」


 低く漏れた呟きには、既に不穏な気配が混じっている。



「未婚の者も少なくない。もし私の愛する娘へ寄り付く害虫がいたなら……」


 そこで一度言葉を切る。静まり返った執務室へ、重苦しい沈黙が流れた。



「……全力で潰してやろう」


 その一言と同時に、部屋の空気が一気に冷え込んだ。


 護衛騎士は微動だにしない。顔色一つ変えず立っている。いや、立っているだけで精一杯だった。



(冗談……ではありませんよね)


 誰も口には出さない。いや、出せる者などいなかった。対照的に、メイはまるで聞こえなかったかのように一礼すると、静かに執務室を後にする。招待状を届けることが彼女の役目だったのもあるが、それ以上に早くマリアンナの元へ戻りたかったのだ。


 招待状を選び終えたあと、マリアンナは気分転換に庭を散歩したいと言っていた。主人を一人で長く待たせるわけにはいかない。……もっとも、それは半分だけ本当の理由だった。

 幼い頃からマリアンナの成長を一番近くで見守ってきたメイにとって、彼女は主人である以前に、妹のような存在でもある。少しでも長く傍にいたい。そんな想いを、本人は自覚していなかった。





 屋敷の庭園は、今日も穏やかな陽光へ包まれていた。聖花はゆっくりと石畳の小道を歩き、その半歩後ろをメイが日傘を差しながら付き従っている。頬を撫でる風はどこか秋を思わせる涼しさを含み、暖かな日差しと相まって実に心地良い。


 左右へ目を向ければ、庭師たちが丹精込めて育てた色鮮やかな花々が咲き誇っていた。パンジーにマーガレット、見たことのない花も少なくない。

 風が吹くたび花々は一斉に揺れ、甘い香りがふわりと漂ってくる。ただ歩いているだけなのに、不思議と心が落ち着いた。



「綺麗……」


 思わず小さく声が漏れる。花々を揺らす風は心地良く、眺めているだけで自然と肩の力が抜けていく。どうしてなのかは分からない。ただ、こうして穏やかな時間を過ごしていると、不思議と胸の奥まで満たされていくような気がした。



「季節によって咲く花も変わるのですよ」


 隣でメイが穏やかに教えてくれる。



「そうなの?」


「はい。春には春の、夏には夏の景色がございますので、庭師たちも毎年楽しみにしております」


 その話を聞きながら庭園を見渡しているうちに、聖花の胸へ一つの考えが浮かんだ。



「こんな素敵なお庭なら……いつか家族みんなで外で食事をしてみたいわ」


 何気なく口にした一言だった。けれど、メイは嬉しそうに微笑む。



「それは素敵ですね。旦那様も奥様も、きっと喜ばれると思います。後ほどお伝えしておきますね」


「本当? ありがとう、メイ」


 こういうところが本当に頼りになる。聖花は改めてそう思った。この世界へ来てから分からないことばかりだったが、メイがいてくれるだけで、不思議と安心できるのだった。


 しばらく庭園を歩いているうちに、心地よかった風も次第に身体へ馴染み、張り詰めていた気持ちが少しずつ解けていくのを聖花は感じていた。


 異世界へ来てからというもの、目の前で起こる出来事の一つ一つが初めて尽くしだった。目を覚ませば知らない世界にいて、家族と呼ばれる人たちと出会い、慣れない貴族としての生活が始まり、気が付けば社交界へまで出席することになっている。

 あまりにも目まぐるしく状況が変わるものだから、自分では平静を装っているつもりでも、知らず知らずのうちに肩へ力が入っていたらしい。


 そんな中、この庭園だけは時間がゆっくり流れているように思えた。風が花を揺らし、小鳥のさえずりが聞こえ、遠くでは庭師たちが静かに手入れをしている。その穏やかな景色を眺めているだけで、不思議と心が軽くなっていく。


 しかし、その穏やかな時間も、ふと頭に浮かんだ一つの疑問によって終わりを迎えた。



「……そういえば、社交界って何をすればいいのかしら」


 ぽつりと漏れた独り言に近い呟きだった。いざ自分がその場へ立つとなると、何から始めればいいのか全く分からない。貴族同士の礼儀作法も、人との距離感も、まだ学び始めたばかりなのである。


 その不安を察したのか、メイは少しだけ考える素振りを見せてから穏やかな口調で答えた。



「そう難しくお考えになる必要はございません。社交界は確かに礼儀作法も大切ではございますが、一番の目的は人との繋がりを築くことです」


「繋がり……?」


「はい。同年代のご令嬢方とお話をしたり、お互いを知ったり、その中で気の合う方を見つけたり……そうしたことも立派な社交でございます。最初から無理に多くの方と交流なさらなくても構いません。少しずつ慣れていけばよろしいのです」


 優しく言い聞かせるような説明に、聖花は自然と肩の力が抜けるのを感じた。


 なるほど、と心の中で頷く。もっと堅苦しく、政治や家同士の難しい話ばかりをする場所なのだと思っていたが、同年代の令嬢たちと話をするだけでも構わないらしい。それなら、自分にも少しくらいは何とかなるかもしれなかった。



「教えてくれてありがとう、メイ」


「お役に立てたのでしたら幸いです」


 メイは柔らかく微笑み返した。その笑顔を見ていると、不安ばかりだった気持ちが少しずつ前向きなものへ変わっていく。



(友達……できるといいな)


 そんな考えが自然と浮かぶ。社交界という言葉くらいは知っている。けれど、実際にどのようなことをする場なのかはよく分からない。ただ、人と人とが顔を合わせる大切な場所なのだろう、と漠然と思う程度だった。

 もちろん、社交界がそんな甘い世界ではないことを、聖花はまだ知らない。貴族社会には貴族社会なりの思惑があり、笑顔の裏へ本音を隠す者も少なくはない。


 しかし、今の彼女はそんなことを知る由もなく、ただ新しい出会いへの期待だけを胸に抱いていた。



 ◆



 それから数日が過ぎ、いよいよ社交界当日を迎えた。


 朝からヴェルディーレ家の屋敷は普段とは比べものにならないほど慌ただしく、多くの使用人たちが廊下を行き交っている。その中心にいたのは、もちろんマリアンナだった。



「こちらのお色もお似合いです!」


「いいえ、やはりこちらの髪飾りの方が……!」


「リボンをもう少し右へ!」


 部屋の中では数人どころではないメイドたちが入れ替わり立ち替わり集まり、まるで一つの戦場のような熱気を漂わせている。

 衣装を整える者。髪を結う者。装飾品を選ぶ者。誰一人として手を止めることなく動き回っており、その真剣な様子から、この日をどれほど楽しみにしていたのかが伝わってきた。


 一方、その中心へ座らされている聖花はというと、完全に着せ替え人形と化していた。右を向いてくださいと言われれば右を向き、少し失礼しますと言われれば大人しく身を任せる。抵抗する暇すらなく、気付けば髪も服装も次々と整えられていく。



「……そんなに頑張らなくても大丈夫よ?」


 思わず苦笑混じりにそう口にすると、一瞬だけ部屋の空気が静まり返った。


 そして次の瞬間。



「「それとこれとは話が別です!」」


 部屋中のメイドたちが、ほぼ同時に声を揃えた。あまりにも息の合った返事に、聖花は目を丸くする。どうやら、この場にいる全員が同じ気持ちらしい。

 今日という日は、マリアンナが初めて社交界という舞台へ立つ記念すべき一日なのだ。長年その成長を見守ってきた使用人たちにとっても、特別な日であることに違いはなかった。


 着替えが終わる頃には、部屋中のメイドたちがどこかやり切ったような表情を浮かべていた。まるで一つの作品を完成させた芸術家のような顔である。そんな彼女たちの視線が、一斉に聖花へと集まった。



「お嬢様……」


 一人のメイドがぽつりと呟く。その声は震えていた。



「見てください……本当に……」


 言葉が続かない。胸へ手を当て、感極まったように目を潤ませている。その様子を見た別のメイドが我慢できなくなったように声を上げた。



「とてもお綺麗です……! いいえ、可憐という言葉の方がお似合いでしょうか。まるで天使が舞い降りたようです!」


 その一言を皮切りに、部屋の空気が一気に熱を帯びる。



「やはりこの髪飾りで正解でした!」


「ドレスとの色合いも完璧です!」


「旦那様がお嬢様を社交界へ出したがらなかったお気持ちが、少し分かる気がいたします……」


 誰も彼も興奮気味に感想を口にし始める。その勢いに押され、聖花は苦笑しながら肩を竦めた。



「大袈裟よ……」


 そう言って鏡へ視線を向ける。


 そして。



「…………え?」


 思わず息を呑んだ。鏡の中には、一人の少女が立っていた。透き通るようなコーラルピンクの髪は丁寧に結い上げられ、そこへ小ぶりながらも上品な装飾品が添えられている。淡く紅を差した頬は健康的な愛らしさを際立たせ、少し赤みを帯びた瞳は光を受けて宝石のように輝いていた。

 華やかではある。けれど決して派手ではない。可憐という言葉が、そのまま形になったような少女だった。



(……これが、私)


 鏡へ映る少女は、紛れもなくマリアンナだった。そう思う一方で、不思議と違和感はない。むしろ、幼い頃からこの姿で過ごしてきたと言われても、自然に受け入れられてしまうような感覚があった。

 どうしてそう思うのかは、自分でも分からない。ただ、この顔も、この髪も、この瞳も、鏡の向こうにいる少女を『自分』だと感じることに迷いはなかった。


 もっとも、その戸惑いとは裏腹に、部屋中のメイドたちは既に限界を迎えていた。



「笑われました……!」


「尊すぎます!」


「こちら一名、戦闘不能です!」


「いえ、こちらにも重傷者が!」


「医者を……いえ、お医者様を!」


 どこからともなくそんな声が飛び交い始め、部屋はちょっとした騒ぎになる。もちろん本当に倒れた者などいない。ただ、それほどまでに感激しているというだけの話だった。


 聖花はその光景を見て、思わず吹き出してしまう。



「ふふっ……ありがとう。みんなのおかげで、とても素敵になれたわ」


 自然と零れた笑顔だった。


 その瞬間。



「…………」


 部屋が静まり返る。メイドたちは固まったまま、誰一人動かない。


 数秒後。



「また一名!」


「こちらもです!」


「笑顔が直撃しました!」


 再び悲鳴にも似た歓声が上がり、部屋は先ほど以上の騒ぎになった。その様子を見ながら、聖花はくすくすと笑う。こんな風に誰かと笑い合う時間が、とても心地良かった。


 やがて時計を確認したメイドの一人が、青ざめた顔で声を上げる。



「た、大変です! そろそろ出発のお時間です!」


 その一言で、部屋の空気が再び慌ただしくなる。ドレスの裾を整え、最後の身だしなみを確認し、聖花は急いで馬車へと乗り込んだ。


 目的地は、ゴルダール伯爵家。社交界デビューの舞台である。



 ◆



 馬車が石畳を軽やかに進む。窓の外では、王都の街並みがゆっくりと流れていった。貴族街はどこを見ても美しく整えられており、大きな屋敷や色鮮やかな庭園が次々と視界へ入ってくる。


 やがて馬車は一際大きな屋敷の前で静かに止まった。



「ゴルダール伯爵家へ到着いたしました」


 御者の声が聞こえる。聖花はゆっくりと馬車を降り、その光景を見上げて思わず目を見開いた。



「……すごい」


 本邸の隣には、同じくらい立派な別邸が建てられている。


 今日のパーティーは、その別邸で催されるらしい。盗難や機密漏洩を防ぐため、本邸とは分けて使用しているのだと、事前にメイから聞いていた。入口では騎士が一台ずつ馬車を確認し、招待客を丁寧に案内している。


 会場へ足を踏み入れた瞬間、聖花は思わず息を呑んだ。天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。磨き上げられた大理石の床。金細工が施された壁面。そして、美しい衣装へ身を包んだ数え切れないほどの貴族たち。

 まるで映画の世界へ迷い込んだようだった。子どもも、大人も。誰もが自然な笑顔で談笑している。しかし、その笑顔の奥では、それぞれが互いを観察し、言葉を選びながら会話を交わしていることが、何となく伝わってきた。


 これが貴族の社交界。聖花は小さく息を吸い込み、胸の鼓動を落ち着かせた。


 そんな娘の様子を横目で見たダンドールは、さりげなく彼女の前へ半歩出る。すると案の定、歳の近そうな青年がこちらへ歩み寄ろうとした。


 次の瞬間、青年の動きがぴたりと止まる。


 ダンドールがほんの一瞬だけ視線を向けた。ただ、それだけだった。にもかかわらず青年は青ざめ、ぎこちなく踵を返して別方向へ歩いて行く。


 聖花はそのことに全く気付いていない。ただ「人が多いなあ」と辺りを見回しているだけだった。

 一方、ダンドールは満足そうに頷く。



(よし)


 その様子を見ていた護衛騎士だけは、小さく心の中でため息をついた。



(……伯爵様。それ、今日だけで何人目ですか)


 まずは主催者へ挨拶をするのが礼儀である。ダンドールに案内され、聖花は会場の奥へと足を進めた。広いホールでは至る所で談笑が行われており、笑い声が絶えない。

 もっとも、それは表向きの話でしかないのだろう。笑顔で言葉を交わしながらも、互いの表情や立場を探るような視線がそこかしこで交差している。


 そんな独特の空気に、聖花は胸の内で小さく息を吐いた。



(やっぱり少し緊張するな……)


 すると前を歩いていたダンドールが足を止めた。視線の先には、一人の壮年の男性がいる。立派な口髭を蓄え、品のある燕尾服を着こなしながら数人の貴族と談笑しているその姿には、主催者としての風格が自然と滲み出ていた。


 彼こそ、このパーティーの主催者、ヴィンセント・ゴルダール伯爵である。他の貴族との話が一区切りついた頃を見計らい、ダンドールが静かに歩み寄った。



「お話し中、失礼いたします。ヴィンセント卿、この度はご招待いただきありがとうございます。ご挨拶に参りました」


 その声に気付き、ヴィンセントがゆっくりと二人へ向き直った。彼の双眸がマリアンナを捉えた瞬間、周囲の空気が僅かに張り詰める。鋭く、ただ見られているだけだというのにまるで心の奥底まで見透かされているような錯覚を覚えた。

 社交辞令の笑みも、歓迎の色もない。静かに、ただマリアンナという存在を測るような視線だけが注がれていた。



「……こちらがお嬢さんか」


 低く落ち着いた声だった。感情の起伏はほとんど感じられず、けれどもその一言だけで場を支配するだけの重みがあった。


 聖花は自然と背筋を伸ばす。恐ろしい、とまでは思わなかった。しかし本能が「この人の前で軽率な真似はできない」と告げていた。


 そんな空気をものともせず、ダンドールが口を開く。



「ヴィンセント。娘のマリアンナだ」


 ヴィンセントは一度だけ頷き、再びマリアンナへ目を向ける。



「ヴィンセント・ゴルダールだ」


 短い名乗りだった。それ以上の言葉はない。しかし、その視線は礼儀作法だけでなく、所作や表情、その奥にある人間性まで見極めようとしているようだった。



「……ほう」


 ほんの僅か、口元が動く。笑ったわけではないが、最初に抱いた印象より悪くはなかったのだろう。鋭かった視線が少しだけマシになった。



「初めてお目にかかります。ヴェルディーレ家二女、マリアンナ・ヴェルディーレと申します。この度はこのような素敵な席へお招きいただき、誠にありがとうございます。まだ未熟ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 聖花はダンドールから教えられた挨拶を思い返しながら、一歩前へ出た。緊張しながらも、一つ一つ言葉を選んで口にする。言い終えた瞬間、自分でも少しだけ肩の力が抜けた。

 間違えなかった。その安堵が胸へ広がる。


 一方のヴィンセントは返事をする前に、聖花の表情をじっと見つめていた。飾った笑顔ではない、初めて社交界へ立つ少女らしい初々しさ。そして、どこか人を疑うことを知らないような澄んだ瞳。それらを確かめるように見つめたあと、満足そうに頷いた。



「うむ。初めてとは思えぬほど立派な挨拶だ。ダンドール、お前らしい教育をしているようだな」


「……恐縮です」


 短く答えたダンドールだったが、その表情には僅かな誇らしさが滲んでいた。褒められたのは自分ではない。それでも娘を認められたことが嬉しかったのだ。そんな彼の様子を見ていたヴィンセントは小さく笑っている。



「マリー」


「はい、お父様」


「向こうにお前と同じくらいの年頃の令嬢たちが集まっている。まずはあちらで交流してくるといい。……ただし」


 一度言葉を切ったダンドールは、令嬢たちの少し離れた場所で談笑する若い男性たちへ視線を向けると、表情を引き締めた。



「男には必要以上に近付くな」


 娘を案じる父親らしい真剣な口調だった。その言葉に、ヴィンセントは僅かに口元を緩める。



「……相変わらずだな」


「当然だ」


 小さく漏れたその一言を、ダンドールはいつもの軽口と受け取ったのだろう。気にした様子もなく頷いた。



「分かりました。行ってまいります」


 そんな中、聖花は素直に返事をすると、スカートの裾を軽く摘まんで一礼して、令嬢たちの輪へ向かって歩き出した。初めて一人で歩く社交界に不安がないわけではない。それでも、新しい出会いへの期待が、その不安を少しだけ上回っていた。


 そんな娘の後ろ姿を、ダンドールは自然と目で追ってしまう。令嬢たちの輪へ無事に加わるまで見届けたい――ただそれだけのことだったが、父親としてはごく当たり前の行動だった。



「……もう十分だろう」


 ヴィンセントが静かに声を掛けても、ダンドールは視線を逸らさない。



「まだだ」


「何がだ」


「令嬢たちの輪へ入るまで安心できん」


 迷いのない返答に、ヴィンセントは小さく肩を竦めるだけだった。その仕草は長年の付き合いだからこその呆れにも見え、実際、ダンドールもそう受け取っていた。しかし、その何気ない反応に別の感情が混じっていることを、この場で気付く者はいない。


 一方その頃、そんな父親の視線など露ほども知らない聖花は、令嬢たちの輪を前に小さく深呼吸をしていた。


 どんな人たちがいるのだろう。仲良くなれる人が一人でもいたら嬉しいな、と。小さな期待を胸に抱きながら、聖花――いや、マリアンナは静かに令嬢たちの輪へ歩み出した。

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新作短編作品 百番目の死神
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