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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
3章 気勢と待望
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20.奏にとって

(やっと、此処まで来たのね……)


 ヴェルディーレ家の一室で、奏は歓喜に打ち震えていた。


 あの日(・・・)から、ダンドールの宣言通り、彼女は小さなパーティーへと出ることだけでなく外へ出ることさえ叶わなかった。

 正直、彼がここまで過保護すぎるなど、奏も予想だにしていなかった。ヒロイン(マリアンナ)の設定をよくよく考えてみれば分かることなのに、所詮はゲームだからと侮っていたのだ。

 つまりは、自業自得である。


 苦言を呈そうにも、マリアンナの性格上そんなこと出来る訳がない。彼女に出来ることといえば、自室で密かに愚痴を溢す等してストレスを発散することだけだ。

 それでも苛立ちは募る一方で、早く|学園に入学しない《乙女ゲームが始まらない》ものかと何度も何度も考えた。


 奏にとっては、フィリーネの存在も鬱陶しかった。

 マリアンナの姉で家族想いなフィリーネは、ゲームではマリアンナ(主人公)の急な変化を疑い、勘繰ってくる厄介な人物。

 勿論、最終的にはあるイベント(・・・・・・)で和解するのだが、そもそもまだ乙女ゲームの開始地点である『学園の入学式』さえ通過していない状況で、だからこそ一層フィリーネに気を配る必要があったのだ。

 元の世界にいた時、彼女のせいで奏が何度乙女(この)ゲームをクリア出来なかったことか。

 

 兎に角そんなことは置いておいて、我慢に我慢を重ねた結果、やっとここまで来た。王族主催のパーティーに。

 流石のダンドールと言えども、王族からの招待状を無下にする訳にはいかなかったのか、はたまたマリアンナ(カナデ)が珍しくごねたからか。何とか出席することを許してくれた。


 奏としても此れだけは譲れなかった。折角の機会であるし、『異国の国の聖女』( 乙女ゲーム )の攻略対象たちと接触したかったのだ。

 どうせ最後にはマリアンナ()に惚れるのだから、出会いが少しくらい早くても良いだろうと思っていた訳である。

 学園の入学式を待ち切れなかったと言うべきか。



(嗚呼、これまで我慢した甲斐があった)


 メイドに身支度を整えてもらいながら、奏は此れまでのことを染み染みと振り返る。努力が報われた気がすると、自然と口角が上へと向いた。

 以前はちょっとした(・・・・・・)悪戯を仕掛けに(・・・・・・・)パーティーへと忍び込んだけれども、今回は違う。

 奏にとって初の、真っ当なパーティーへの参加。


 自身の晴れの舞台が豪華な王族主催のパーティーで、その事実に"私がこの世界の主役"だと酔いしれそうになる。ただの偶然のことなのに。


 どうでも良い話をしてくるダンドールたち(マリアンナの両親)も、いつも無視してくるギルガルドも、精神を擦り減らしてくるフィリーネも、その日だけは気にならなかった。

 やっと外に出られるから。やっと攻略対象たちを垣間見れるから。


 そんな思いを抱えて、気分良く奏は馬車に乗り込んだ。フィリーネが見ているにも関わらず、淑女らしからぬ動きをして。

 いつもはゲームの見様見真似でも作法にも気を付けていたのに、耐えきれず下手を踏んだのだ。

 フィリーネは何も言わなかった。静かにマリアンナ(カナデ)を見つめるだけだ。

 こうして、不穏な空気を漂わせ、馬車は王宮へと向かった。


◆◇◆


 王宮に着いた時には、もう既に大勢の貴族でごった返していた。パーティーホールの彼方此方で、楽しそうに話す貴族たちの姿が奏の目に映る。



(凄い凄い凄い………!!)


 余りの壮大さに彼女は息を呑んだ。

 国中の貴族が集まっている為か、広々としたホールが人で埋め尽くされている。綺羅びやかなシャンデリアが辺りを照らして、人々が輝いて見える。

 気合が入っているのか、装飾も料理も段違いだ。


 画面越しに見た光景とは全く異なる世界がそこにはあった。そして、他ならぬ自分がその場にいることに対する高揚感が堪らなかった。


 日々のストレスが吹き飛んでいく。

 ヴェルディーレ家での不愉快な毎日のせいで忘れそうになっていたが、改めて乙女ゲームの世界に転移したという事を実感する。


 "お友達を探してきます"と言って、奏は家族(・・)と距離を取った。確か、マリアンナの友人がゲームの初期からいた筈だと。

 けれども、それよりも先に奏は攻略対象を探した。

 彼女の記憶違いでなければ攻略対象は主に四人いる。


 第一王子ルードルフ・フィン・アルバ。

 第二王子アーノルド・ルクス・アルバ。

 侯爵令息リリス・ティーザー。

 そして残るは、"教師"フェルナン・パース。


 奏の知る限りはこのくらいだ。


 其々に厄介な過去やら因縁やらがあり、何度も攻略失敗したけれども、だからこそやり甲斐があった。

 やり残したこともある。それは、全員に愛されると言う所謂"逆ハーレムルート"だけはクリア出来なかったことだ。

 無理に進もうとすると、ゲームの画面上に『バットエンド〜傀儡人形ルート〜』と意味の分からない表示が出てきて、どうしようもなかった。


 奏としては、折角乙女ゲームの世界に来たのだから、どの攻略対象にも愛されたい所である。

 そもそも、彼らには其々異なる魅力があって、彼女には特定の誰かを選びようがなかったのだ。


 ただ、その中でも唯一異なるのがアーノルドとルードルフで、その二人だけは一緒に攻略しなくてはならない。

 だから奏は、もし何かあればその二人に重きを置いて攻略しようと目論んでいた。他の二人の攻略対象(リリスとフェルナン)は惜しいが、兄弟に愛されるだけでなく、王太子妃になれるというオマケまで付いてくるから。

 いくら難易度が高かろうと、一度ゲームで彼らを最後まで攻略し切った奏にとっては容易い話だったのだ。


 そうしている内に、一つの規則的な人集りが奏の目に入った。明らかに誰かを囲うように、令嬢たちが其処に群がっている。

 人集りの出来ている所には決まって攻略対象がいる。そんな信念を持つ彼女は、当然の如く群れへと近付いた。


―――いた。


 彼女の予想通り、攻略対象の1人――リリス・ティーザーがその中心に立っていた。

 ゲームで見た通り、子犬のような愛くるしい顔立ち。けれども、やはり実物は画面で見る以上に凄まじかった。

 太陽のような眩しい笑顔の破壊力は底知れず、令嬢たちが軒並み骨抜きになるのも頷ける程だ。

 とても裏があるように見えないけれども、奏はリリスのことについて知っていた。愛想を惜しみなく振りまく彼の裏の姿を。


 この状況の中、どのようにして彼に話し掛けようかと、奏が画策している時だった。辺りの空気が変わったのは。


 周囲の視線を追って、その原因を漸く特定する。王族の面々がやって来たのだと。

 遠目で見ても分かる程の美貌に、思わず奏は目を奪われた。本当に同じ人間なのだろうかと考えてさせられてしまう。

 その中でもルードルフは別格で、あのルビーのようは瞳に見つめられたらと思うと、それだけで奏の心臓は大きく跳ね上がった。


 彼が話を終えると、令嬢が彼方此方からやって来て素早くルードルフを取り囲みだした。

 それに負けるまいと、リリスのことはそっちのけて、奏も他の令嬢と同様に彼の元へと向かう。


 兎に角、今はルードルフと少しでも話したかった。

 確かにアーノルドも目を見張る程の美形であるが、兄と見比べるとやはり劣る。少なくとも奏はそう思った。

 単にタイプの問題かもしれないが、そんなことは彼女にとってはどうでも良いことだ。



(退いてよ!私が主役なのよ!!)


 辺りの令嬢を押し退けながら、ルードルフの方に迫っていく。周囲に睨まれようが、ヒソヒソと囁かれようが、奏には負け犬の遠吠えにしか見えなかった。

 むしろ文句を言うのなら向かって来たらどうか、と彼女は思っていた。勿論、そんな輩がいれば後々断罪してやるつもりだが。


 ルードルフの直ぐ傍へと辿り着き、やっとのことで彼に話し掛ける。作法などお構いなしだ。



「ルードルフさ………」


「すまない。少し用事を思い出したから私は行くよ。すぐ戻るから………、待っていてはくれないか?」


 けれども、ルードルフがそう言うと、モーセの海割りのように令嬢たちが一斉に横へと割れて道を作った。顔を真っ赤にしてふらついている者さえいる。

 流石の奏も石のように固まった。その台詞はズルすぎると。


 その間に、ルードルフは颯爽と何処かに去って行ってしまった。我に返った頃には既に遅く、辺りは本日の主役(王子)が二人ともいなくなった事実に困惑していた。

 閑古鳥が鳴いているかのような状態が暫く続いたと思えば、今度は状況を把握したのか騒がしくなる。


 訳も分からぬ状況に、奏は何とも表し難い気持ちが胸の奥から湧き上がった。苦労したのにこの仕打ちはないだろうと。


 おまけに、その後はマリアンナの友人に捕まって、その場から離れることが出来なかった。これからに支障が出ないように、彼女らとは良い関係を保たなければならないから。


 奏は内心歯噛みしながら、漸く戻って来た彼らを遠目に見つめていた。

 結局何も起こらないまま、パーティーはそのまま終わりを迎えた。フェルナンは最後まで姿を見せなかった。

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