4.家族との朝食
「「マリアンナ、おはよう」」
食卓へと着くと、マリアンナの両親であるダンドールとルアンナが満面の笑みを浮かべ、聖花に挨拶をする。
兄ギルガルドは無言のまま彼女を一瞥したが、すぐに視線を元の位置へと戻した。
彼らは既にそれぞれの席に座っており、マリアンナを待っているようだった。
「お父様、お母様、そしてお兄様、おはようございます」
笑顔がぎこちなかったらどうしよう、と心配しながらも聖花は精一杯の笑顔で挨拶を返した。
出来るだけ自然に、柔らかく。
その瞬間、食卓に視線をやっていたギルガルドがいきなり顔を上げた。彼女の方をじっと見ている。
マリアンナの両親は驚いたように口を開けてはいるものの、どこか嬉しそうな様子だ。
聖花は想像していたどの反応とも違い、内心困惑した。不審がるか、気に掛けないかのどちらかだと思っていたのだ。
しかし、特に何も言われなかったので、余計なことは言わない。
別の方に意識をやろうと、聖花が食卓に目を向け直す。
すると、壁際に控えていたメイドが空いた席の椅子を引いてくれた。さり気ない気遣いである。
その席には他の空席と違って、既に食器のみが並べられている。マリアンナの席だ。
聖花は家族を待たせないよう素早くそこへと向かった。
「さあ、食べようか」
彼女が着席すると、ダンドールがそう促した。
それを皮切りにポタージュやサラダ、パンにムニエルなどの料理が順に運ばれて来た。
白一面だった食卓が色鮮やかに彩られる。
皆、先程のことがなかったかのように料理に手をつけ始めた。
おくびにも出さないが、やはりお腹が空いていたのだろうか。
聖花も彼らに合わせて順序良く食事を口に運ぶ。
手間暇を掛けた料理の数々は、素材の味が最大限生かされており、これまでに食べたどの料理よりも美味しかった。
思わず顔が綻んでしまう。
「マリー、今日はいつも以上に美味しそうに食べますね。こちらまで嬉しくなってきますわ」
ルアンナが微笑ましそうに彼女を見た。
どうやら見られていたようだ。
聖花は直ぐに『マリー』が自分の愛称だと気付き、笑顔でルアンナに応じる。
今度は心からの笑顔だ。
ふたりが仲睦まじげに談笑する様子を、ダンドールは入れて欲しそうに見ている。
ギルガルドはというと、訝しげにマリアンナの方を様子見していた。
相変わらず冷酷な顔のままである。
(‥‥こんな奴だったか?)
ギルガルドは少し眉を顰めたものの、気にすることを止めた。
彼にとって家族など取るに足らない存在となっていたのだ。
すぐに興味をなくしたのか、誰よりも早く食事を終え、無作法にも立ち上がった。
彼が静かに立ち去ろうとするも、誰も止めなかった。
否、止められないのだ。
聖花はその様子を横目に見た。
彼の過去を聞いたせいか、兄の姿がどこか儚げにも見える。
聖花にとって本当の兄ではなくとも、兄妹として仲良くなりたいと切に願った。
ダンドールも何かを言いたげにギルガルドの背中を目で追っている。
だが、いつもこんな調子で結局言えず仕舞いなのだ。
「旦那様、私貴方に申し上げたいことがありますの。マリーのことなのですが、忘れてませんよね?」
ギルガルドが去ってから暫く経った。
少しの間、すっかり空気が白けてしまっていたが、ルアンナが真先にそれを破った。
含みのある笑みを浮かべてダンドールを見ている。心なしか声も少し棘がある。
元の身分はダンドールが上ではある。
しかし、彼は愛する妻に弱く、言うならば彼女の尻に敷かれている状態だ。
「あぁ…。勿論、覚えているさ‥‥‥」
ダンドールはあからさまに沈んだ表情を見せて、今にも消えそうな声で呟いた。
心底避けたかった話題のようだ。少しの間沈黙する。
ルアンナが貼り付けたような笑顔のまま彼を見る。周囲の使用人たちも冷や汗をかいているほどだ。
彼が諦めたように続ける。
「マリー。お前はもう少しで学園に入学する。しかし、社交界では殆ど顔を見せていないだろう?‥‥流石にそろそろ社交界に慣れないといけないのだ。従って、ルアンナと話し合った結果、近々パーティーに参加して貰うことにした。
……食後、マリーの部屋に招待状を運ばれてくるだろうから、今日じっくりと選びなさい」
「貴方が頑なにマリーを社交界に参加させなかったから、こうなったのですよ?」
間髪入れずにルアンナが突っ込んだ。鬱憤が溜まっているのか、ダンドールを追及しないと気が済まないようだ。
実際、彼は珍しくルアンナに抵抗していた。
しかし実のところ、ルアンナ自身も無意識の打ちに彼に賛同している節があった。『繊細なマリーが社交界で傷つかないだろうか』と。
だからこそダンドールの抵抗も功を奏したのだが、ルアンナは気が付いていない。勿論彼も。
「あぁ。すまない‥‥‥」
ダンドールはすっかり弱りきった返事を返した。
◆
メイは行動が早いらしく、聖花が部屋に戻ると、既に机の上にどっさりと手紙が置かれていた。
蝋封された手紙は全てパーティーの招待状であろう。
一体いつ、こんな量の招待状を運んだのか…、と聖花は驚きつつも、メイの優秀さに感嘆していた。
加えて、貴族の大変さをしみじみと感じた瞬間だった。
「どれにしようかしら………。この量から今日選べ、だなんて。お父様も随分な無茶を言いますね」
聖花は取り敢えず一通り目を通した。
しかし、家紋以外になんの情報もない為にどれが良いのかが分からず、困惑してしまった。
それを見かねたのか、暫くしてからメイが協力を名乗り出た。
「‥‥お嬢様、大変差し出がましいのですが、私がお手伝い致しましょうか?招待状の仕分け位でしたらお手伝いできますよ」
「メイさん‥‥!
あっ… 、メイ。ありがとう。お願いしますね」
聖花はメイの優しさに目を潤ませた。
メイは「滅相もございません」と返して穏やかに微笑んだ。
程なくして、招待状が整頓されて並んだ。
聖花は大まかな交流範囲毎に分けられた招待状をいくつか確認する。
どれも同じような手紙にしか見えないが、メイによると中には悪意が見え隠れしているものもあったようだ。
聖花に違いは未だに分からなかった。
「これにしますね。
‥‥どうでしょうか?」
聖花は悩んだ末に、比較的友好的な家の中から一つの招待状を手に取った。
その招待状はゴルダール伯爵家からのものである。
優勢なのはどちらかと言うとヴェルディーレ家なものの、ヴェルディーレ家とは対等な立ち位置にある家門だ。
メイは素直に頷いた。
特に問題もないようである。
あれだけ多くの招待状を一度に回収したメイは、すぐに部屋から去っていった。
ダンドールの元へと向かったようだ。
聖花は部屋でひとり安堵の溜め息をもらした。