2.プロローグ
視点・場面が変わります。
場所は移り、日本のとある交差点。
夕方を少し過ぎた時刻にもかかわらず、人通りはまだ多かった。仕事帰りの会社員や学校から帰宅する学生、買い物袋を提げた人々が、信号の変化に従って横断歩道を行き交っている。車道には絶え間なく自動車が流れ、交差点の周囲にはエンジン音や話し声、店先から流れる音楽が混ざり合っていた。
歩行者用の信号が青へ変わる。立ち止まっていた人々が一斉に歩き出し、その人の波に紛れるようにして、一人の少女も横断歩道へ足を踏み出した。
少女の手には、一つのゲームソフトが握られていた。透明なケースの中には、豪華な衣装に身を包んだ男女の姿が描かれている。少女が自分で購入したものではない。今日、友人から半ば強引に貸されたばかりの乙女ゲームだった。普段なら、少女が自分から手に取ることのない種類のゲームである。それでも、大切な友人があまりにも楽しそうに薦めてくるものだから、少しだけ興味を持ってしまった。
家へ帰ったら、早速遊んでみよう。友人は感想を聞かせてほしいと言っていた。どこまで進めればよいだろう。少なくとも、登場人物の名前くらいは覚えておかなければならない。そう考えながら、少女は手の中のケースへ僅かに視線を落とした。
青信号なのだから、横断歩道を渡っている限りは安全だと思っていた。周囲にも同じように歩いている人がいる。車は赤信号で止まっている。わざわざ左右を何度も確かめる必要があるとは、少女は思わなかった。
それは決して、非常識な判断ではなかった。少なくとも、信号を守るということが当然であるのならば。
突然けたたましいクラクションが鳴り響いた。直後、周囲の誰かが悲鳴を上げる。
少女が顔を上げた時には、すでに遅かった。視界の端から、信号を無視した一台の車が猛烈な速度で交差点へ進入していた。運転手がようやく危険へ気づいたのか、タイヤが路面を削る耳障りな音が響く。
車体が目前へ迫る。避けなければならない、頭ではそう理解したはずなのに、身体は動かなかった。
―――瞬間、鈍い衝撃が全身を貫いた。
自分の身体が地面から離れる。何かに押し上げられたように宙を舞い、手にしていたゲームのケースが指先から離れていく。
空が見えた。建物の壁が見えた。驚きに目を見開く人々の顔が、ゆっくりと視界の中を流れていった。
何が起きたのか分からなかった。身体が投げ出されていることも、周囲から一斉に叫び声が上がっていることも認識しているはずなのに、それらが自分の身に起きている出来事だとは、すぐには結びつかなかった。
やがて背中へ再び強い衝撃が走り、少女の身体が硬い路面へ叩きつけられた。しかし、それさえも現実味がなかった。
時間だけが不自然に引き延ばされている。周囲の景色は鮮明なのに、すべてが遠い。駆け寄ろうとする人影も、口元を押さえたまま立ち尽くす者も、少し離れた場所からスマートフォンを向ける者も、まるで遅い映像を見ているかのように緩慢に動いて見えた。
少女は路面へ横たわったまま、瞬きを繰り返した。どうして自分は倒れているのだろう。なぜ、これほど大勢の人がこちらを見ているのだろう。
さきほどまで手にしていたゲームのケースは、数メートル先へ落ちていた。透明なケースが外れ、白い路面の上へ中身が散らばっている。
そこへ、群衆の中から鋭い声が響いた。
「女の子が轢かれたぞ!」
その一言が、まとまらなかった少女の意識へ一本の線を引いた。
女の子。
轢かれた。
誰もが自分の周囲へ集まり、自分を見下ろしている。横断歩道へ進入してきた車は、少し離れた場所でようやく止まっている。
地面に倒れているのは、自分だ。轢かれた女の子というのも、自分のことなのだ。そこでようやく、少女は自身に何が起きたのかを完全に理解した。理解した途端、それまで現実感のなかった痛みが、一斉に身体へ押し寄せた。
(ああ、痛い……)
息を吸おうとしただけで、胸の奥を鋭いものに抉られたような痛みが走る。腕も脚も、自分のものではなくなってしまったかのように動かなかった。指先を動かそうとしても、僅かに震えることさえない。
助けを求めようと口を開いた。しかし、喉から出たのは声とも呼べない微かな音だけだった。
「救急車!」
「誰か、早く!」
「動かさない方がいい!」
周囲では大勢の人が叫んでいた。誰かが少女の傍へ膝をつき、何かを懸命に呼びかけている。けれど、言葉の意味までは聞き取れなかった。声も、車の音も、遠くなっていく。つい先ほどまでは嫌になるほど鮮明だった人々の顔も、少しずつ輪郭を失っていった。
そんな中、少女の意識へ、まったく別の声が蘇った。
それは今日、学校で聞いたばかりの声だった。
―――ねえねえ、聖花。このゲーム、お薦めだよ。
明るく弾んだ声。
名前を呼ばれた記憶に導かれるように、少女――郡聖花は、自分へゲームを押しつけてきた友人のことを思い出した。
彼女は聖花にとって、何よりも大切な存在だった。誰とでもすぐに打ち解け、いつも周囲の中心で笑っているような少女である。人付き合いがあまり得意ではない聖花にも気兼ねなく話しかけ、気づけば隣にいることが当たり前になっていた。
今日も、聖花があまり興味を示していないにもかかわらず、満面の笑みを浮かべながらゲームの魅力を語り続けていた。
―――新しい乙女ゲームなんだけど、すっごく面白いの! 聖花って、こういうの自分から買わないでしょ?
そう言って友人は笑い、断る暇も与えず、ゲームのケースを聖花の鞄へ入れた。
―――貸してあげるから、今度感想を聞かせてよ。約束ね!
約束した。ほんの数時間前、確かに頷いた。家へ帰ったら遊ぶつもりだった。少しくらいは進めて、明日になったら友人へ感想を伝えようと思っていた。
(ごめん……)
聖花は、もう動かない身体の内側で呟いた。
(ゲーム、返せないや……)
それが、今の自分にできる唯一の謝罪だった。
身体を貫いていた激しい痛みが、徐々に薄らいでいく。けれど、それが助かったからではないことくらいは、朦朧とした聖花にも分かっていた。痛みだけではない。頬へ触れていた冷たい空気も、路面の硬さも、誰かが自分の手へ触れている感覚も、一つずつ遠ざかっていく。
視界が狭くなる。周囲を取り囲む人々の姿が暗闇へ沈み、その中心にいた友人の笑顔だけが、最後まで鮮明に残った。騒ぎ続けていた雑踏の声は、すでに聖花の耳へ届いていなかった。
重くなった瞼を、ゆっくりと閉じる。最後の力さえ失われていく中、聖花はたった一人の大切な親友を思い浮かべながら、静かに息を引き取った。
◆
柔らかな布地に身体を包まれながら、一人の少女が眠っていた。
そこは先ほどまでの騒がしい交差点ではない。広々とした一室には、細やかな装飾が施された家具が整然と並んでいた。磨き上げられた木製のキャビネットに、金の縁取りがされた姿見。窓辺には厚いカーテンが下がり、その僅かな隙間から差し込む朝の光が、室内を淡く照らしている。
部屋の中央には、大人が数人眠れそうなほど大きな寝台が置かれていた。その上で眠る少女の身体には、首元まで清潔な掛け布が掛けられている。長い髪が枕の上へ広がり、規則正しい呼吸に合わせて、胸が僅かに上下していた。
「んぅ……」
静かな部屋へ、小さな声が漏れた。少女の眉が苦しそうに寄り、閉じられていた瞼が微かに震える。
やがて、ゆっくりと目が開かれた。郡聖花は、何度か瞬きをした。視界の先にあるものが何なのか、すぐには理解できなかった。頭上を覆っているのは、見慣れた自室の白い天井ではない。繊細な刺繍が施された薄い布が、寝台を囲むように垂れ下がっている。
ぼんやりとそれを眺めながら、聖花はまず息を吸った。肺へ空気が入る。胸が動いている。先ほどまで息をするだけでも襲ってきた激痛は、どこにもなかった。
聖花は驚いて自分の胸元へ手を当てた。心臓が確かに動いている。少し速いものの、規則正しい鼓動だった。指も動く。腕も上がる。脚にも感覚がある。車に轢かれ、地面へ叩きつけられたはずなのに、身体のどこにも痛みがない。
(どうして……)
掛け布を押し退け、慎重に上半身を起こした。その瞬間、肩から見知らぬ髪が滑り落ちる。聖花は動きを止めた。自分の髪は、こんなに長くなかった。
恐る恐る一房を手に取る。指の間を通り抜けていく髪は細く、手入れが行き届いている。少なくとも、聖花が知っている自分の髪とは色も長さも異なっていた。髪だけではない。髪を掴んでいる手そのものが、聖花の記憶にあるものより小さく、白かった。指は細く、形よく整えられた爪には傷一つない。
車に轢かれた傷が治ったのではない。そもそも、これは自分の身体ではない。その事実を意識した途端、聖花の呼吸が浅くなった。
慌てて周囲を見回す。寝台の脇には美しい装飾の施されたランプが置かれ、その向こうには見たこともない化粧台があった。壁紙や絨毯、窓枠に至るまで、どれも現代の日本家屋とは思えない造りをしている。
まるで、中世ヨーロッパを舞台にした映画の中へ入り込んでしまったかのようだった。けれど、映画の撮影場所にしては生活感がありすぎる。小道具として作られた部屋には見えなかった。
「……ここは、どこ?」
自分の口から漏れた声に、聖花は再び身体を強張らせた。
聞き慣れた声ではなかった。自分のものより僅かに高く、幼い響きがある。
聖花は口元へ手を当てた。知らない髪、知らない手、知らない声、見たこともない部屋。
そして、自分は確かに死んだはずだった。あの時、身体から力が失われていく感覚を覚えている。周囲の音が消え、視界が暗くなり、呼吸ができなくなったことも覚えていた。助かったのだとは思えない。仮に病院へ運ばれて助かったとしても、目覚める場所がこの部屋であるはずがなく、身体まで別人になっている理由も説明できない。
天国なのだろうか。一瞬だけそう考えたが、あまりに具体的な部屋の様子や、身体へ伝わる寝台の感触が、それを否定しているように思えた。
聖花は呆然としたまま、何とか状況を理解しようとした。その時、扉の外から控えめな音が響いた。誰かが扉を叩いている。
「……」
聖花は答えられなかった。声を出したところで、何と返事をすればよいのか分からない。自分が誰なのかも、この場所がどこなのかも、何一つ理解できていないのだ。
少し間を置いて、再びノックの音がした。
「お嬢様。お目覚めでしょうか?」
扉の向こうから、若い女性の声が聞こえる。
聖花は反射的に肩を揺らした。
―――お嬢様
その言葉が自分へ向けられたものなのかすら分からない。
返事がないまま、三度目のノックが響いた。
「失礼いたします。何度お呼びしてもお返事がありませんでしたので、入らせていただきます」
扉がゆっくりと開かれた。聖花は身構えながら、入ってきた人物を見つめる。
現れたのは、聖花より少し年上に見える若い女性だった。年齢は二十歳に届くかどうかというところだろう。黒と白を基調とした服を身につけ、両手で小さな盆を持っている。その服装は、聖花が知識として知っている侍女やメイドの姿によく似ていた。
女性は寝台へ目を向けると、安堵したように表情を和らげた。
「お嬢様、お目覚めになられていたのですね。いつもよりお休みの時間が長かったので、心配いたしました」
そう言いながら、女性は聖花へ近づいてくる。聖花の身体へ再び緊張が走った。
「あなたは……どちら様ですか?」
声が僅かに震えた。誰かも分からない相手へ尋ねるには当然の言葉だったが、女性にとってはそうではなかったらしい。歩みを止め、驚いたように目を見開く。
「……お嬢様?」
女性は戸惑いながら、聖花の顔をまじまじと見つめた。
「まだ寝ぼけていらっしゃるのですか? 私はお嬢様の専属侍女を務めております、メイでございます」
「専属、侍女……」
聞き慣れない言葉を、聖花は小さく繰り返した。メイと名乗った女性は、ますます心配そうに眉を寄せる。しかし、すぐに無理に問い詰めることはせず、手にしていた盆を寝台脇の台へ置いた。
「喉が渇いておられるのではありませんか? 白湯をお持ちしました」
盆には、小さな器と水差しが載っていた。メイは聖花へ不用意に近づくことなく、器へ白湯を注ぎ、両手で差し出した。
警戒すべきなのかもしれない。けれど、聖花の喉はひどく乾いていた。加えて、メイの表情には、聖花を害そうとする者の悪意は見られなかった。ただ本気で主人の身を案じているようにしか見えない。
聖花は迷った末、遠慮がちに器を受け取った。
「ありがとうございます……」
自分へ向けられたものではないかもしれない親切へ礼を告げ、白湯を少しずつ口へ含む。丁度よい温度の水が、乾いていた喉をゆっくりと潤していく。その僅かな温かさに、張り詰めていた心がほんの少し緩んだ。
そこで、聖花の脳裏へ一つの記憶が浮かんだ。
―――この乙女ゲームはね、異世界に転生した女の子のお話なんだよ。
友人が楽しそうに語っていた言葉だった。
(異世界……転生……)
聖花は、頭の中でその二つの言葉を繰り返した。そんなことが現実に起こるはずはない。人間が死んだ後、別の世界の別人として生まれ変わるなど、物語の中でしか成立しない話だ。
けれど、自分は確かに死んだ。それなのに今は、見覚えのない身体で、見覚えのない部屋にいる。侍女を名乗る女性から、お嬢様と呼ばれている。
天国や夢よりも、友人から聞いた異世界転生という言葉の方が、今の状況へ不自然なほど当てはまっていた。
(もしかして、私……異世界に転生したの……?)
到底信じられることではなかった。それでも、他に説明できる考えが思い浮かばない。聖花は両手で器を持ったまま、俯いた。自分自身のことは、断片的に覚えている。郡聖花という名前。日本で暮らしていたこと。学生だったこと。今日、友人からゲームを借りたこと。それから、事故に遭って、死んだこと。
けれど、記憶には不自然な欠落があった。友人が大切な人だったことは分かる。どんな話し方をしていたのかも、ゲームを貸してくれた時の言葉も覚えている。それなのに、名前を思い出そうとすると、そこだけが白く塗り潰されたように何も浮かばなかった。
顔も曖昧だった。笑っていたことは覚えているのに、その笑顔が誰のものだったのかを、はっきりと思い描くことができない。家族についても同じで、何人いたのか、どのような人たちだったのか、顔や声を呼び起こそうとすると、記憶へ靄が掛かってしまう。
そして、この身体については、何一つ分からなかった。この少女がどのような名前で、どのような家に生まれ、どのような人生を送ってきたのか。元の持ち主の記憶らしきものは、どこを探しても見つからない。
聖花の中にあるのは、自分自身の不完全な記憶だけだった。
「お嬢様、本当にどうされたのですか?」
黙り込んでしまった聖花へ、メイが心配そうに声を掛ける。
「お顔の色も優れません。もしや、眠っている間に頭をお打ちになったのでは……。すぐにお医者様をお呼びいたします」
「待ってください!」
メイが扉へ向かおうとした途端、聖花は反射的に声を上げた。
医者を呼ばれる。その言葉を聞いただけで、胸の奥に強い不安が湧き上がった。なぜ困るのか、落ち着いて理由を考える余裕はなかった。ただ、これ以上人を呼ばれれば、今の自分には説明できないことが次々と明らかになり、取り返しのつかない騒ぎになるような気がした。この身体の持ち主が自分ではないことも、記憶がないことも知られてしまうかもしれない。そうなった時、何をされるのか分からない。
「大丈夫です。少し……変な夢を見て、混乱していただけですから」
聖花は必死に言葉を探した。
「本当に、どこも痛くありません。ですから、今はまだ……」
「しかし、お嬢様は私のことまで……」
メイは明らかに納得していなかった。それでも、聖花が怯えていることには気づいたらしい。扉へ向かう足を止め、すぐに医者を呼びに行くことはしなかった。
「……では、少しお休みになられますか?」
「その前に、一つだけお願いしてもいいでしょうか」
「何でございましょう?」
聖花は器を膝の上へ置き、慎重に口を開いた。自分について何も分からないと正直に告げれば、再び医者を呼ばれるだろう。それでも、情報を得なければ、この状況を理解することもできない。
「その……少し不思議に思われるかもしれませんが、私について教えていただけませんか?」
「お嬢様について、でございますか?」
「はい。名前や、家族のことを……。夢のせいだと思うのですが、頭の中がまだ混乱していて」
できる限り不自然に聞こえないよう言葉を選んだつもりだった。けれど、メイは怪訝そうに聖花を見つめている。専属侍女へ自分の名前を尋ねる時点で、十分に異常なのだから当然だった。
「本当に、お医者様をお呼びしなくてもよろしいのですか?」
「大丈夫です。少し確認できれば、きっと落ち着きますから」
聖花が懇願するように告げると、メイはしばらく迷っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「承知いたしました。ですが、少しでも具合が悪くなられたら、必ず仰ってくださいませ」
「はい」
聖花が頷くと、メイは姿勢を正した。
「お嬢様――マリアンナ・ヴェルディーレ様は、ダンドール伯爵家のご息女でございます。お父上はダンドール・ヴェルディーレ伯爵様、お母上はルアンナ奥様で、お嬢様はお二人の第三子にあたられます」
「マリアンナ……」
聖花は、メイが口にした名前を小さく繰り返した。
初めて聞いたはずの名前だった。少なくとも、自分の名前ではない。それなのに、なぜかその響きだけが、記憶のどこかへ触れたような気がした。
何かを知っている。以前、どこかで聞いたことがある。そう感じたものの、思い出そうと意識を向けた途端、記憶へ白い靄が降りてくる。掴みかけたものは輪郭を失い、指の隙間から零れ落ちるように消えてしまった。
「マリアンナって……どこかで……」
「どこかも何も、他ならぬお嬢様のお名前でございますよ?」
無意識に声へ出していたらしい。メイが困惑しながらも、僅かに苦笑する。
「やはり、まだ夢から覚めておられないのではありませんか?」
「そう……かもしれません」
聖花は曖昧に答えた。
―――マリアンナ
何度頭の中で繰り返しても、違和感の正体は分からなかった。
結局その場では、自分が異世界らしき場所へ転生したのではないかということと、この身体の持ち主がマリアンナ・ヴェルディーレという伯爵令嬢らしいこと以外、何一つ確かな答えを得ることはできなかった。
聖花はまだ知らない。自分が目覚めたこの世界が、単なる異世界ではないことを。そして、記憶の奥へ沈み、どうしても思い出せなかったその名前を、彼女は確かに一度耳にしていた。
事故へ遭うほんの数時間前。大切な親友が、借りたゲームについて楽しそうに語っていた時に。
―――『異界の国の聖女』の主人公はね、マリアンナっていう名前なの。




