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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
3章 気勢と待望
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12.落ち着けない療養日

 案外体力の回復は早いようで、聖花は昼頃に目を覚ました。まだ見慣れぬ天井が視線の先に広がる。


 ()()()連れ戻されたのだ、と聖花は安堵した。

 身元が割れていたらここにはいなかったことだろう。


 ゆっくりと、疲れの残る身体を持ち上げるように起こす。

 すると、寝具(ベット)の端でアデルが眠っていた。聖花を看病してくれたのだろうか。


 聖花がよくよく身体を見渡すと、擦り付けた手足に絆創膏が貼られていて、濡れたタオルが側に置かれている。

 アデルの目元は少し腫れていて、聖花には痛々しくも思えた。



「私のせい、だよね‥‥」


 聖花は独り言のように呟く。苦々しい気持ちを噛み殺すかのように。


 聖花が、暫くアデルの様子を眺めていると、見計らったかのようにアデルが目を開いた。聖花も驚いて視線を逸らす。



「おはようございます」


 いつものように、アデルが溢れんばかりの笑みを浮かべる。が、どこかぎこちない。

 やはり不安がらせてしまったのだろう。聖花はそう推測した。

 突然いなくなったかと思えば、意識を失った状態で見つかったのだから当然だ、と。



「おはよう‥‥」


 ごめんなさい、という言葉が喉まで出かかるも、聖花はそれをぐっと飲み込んだ。

 相手がいる時といない時とでは勝手が違う。独りよがりな謝罪など意味がないのだ。

 ‥‥再び同じようなことが起こらぬ保証はないから。

 アデルが余計傷ついてしまう可能性もある。



「‥‥‥どうして、あのようなことを?」


 暫くの静寂の後、先にアデルが口を開いた。

 直接的な言及はせずとも、それが何を指すのか聖花には容易に理解できた。

 アデルが心配してくれているのは分かる。が、何か裏があるように思えるのは聖花の気の所為であろうか。


 取り敢えず本当のことを言ったら不味いので、聖花はそれらしい答えを用意した。

 アデルは頷きながらも何処か解せぬ様子だ。

 ()()状況下で「人混みに流された」というのは無理があったようだ。



「今後、こんな無茶は止めてください

 どれだけ心配したことか‥‥‥!!」


 アデルが潤んだ目で聖花に訴えかける。その身体は少し震えていて、きっと辛かったのだろう。

 聖花はそんな様子を見て、少しの間黙り込んだ。が、



「‥‥‥‥善処するわ」


 聖花の口から出た言葉はアデルの期待を裏切るものだ。

 そんなこと分かっていても、心が痛んでも、聖花はそう返す事しか出来ない。


 アデルが口をキュッと引き結ぶ。

 たとえ何を伝えたとして、聖花が止まらないことを実感したのだろう。

 アデルはこれ以上、その件について何も言及しなかった。

 

 聖花はヴィンセントに呼び出されるかと身構えていた。が、そんなことはなく、代わりに伝言のみが届けられることとなった。


 アデルによると、「自由にしていいとは言ったが、付添人から離れる真似はするな」だそうだ。意外なことに、聖花への処罰はないらしい。

 強いて挙げるなら、次に聖花が街に出る機会があるならば、監視の目がこれまで以上に厳しくなるくらいだ。

 最悪の事態は免れたが、今後動き(にく)くなることには変わりない。


 聖花にとって良かったこともある。その日の授業が無事に流れたのだ。


 フェルナンとあまり顔を合わせたくない聖花には思わぬ僥倖だった。それがたった一日でも。


 彼が見舞いに家に来た、と聖花が聞きつけた時には、面会を必死に拒否したものだ。「今日は療養に専念したい為、こんな日まで授業のことは考えたくありません」と。


 その結果、見事に聖花の策略は叶えられたようだ。見舞品(アロマ)だけは聖花の側に置かれたものの、その日フェルナンと聖花が会うことはなかった。

 ラベンダーの香りが最後まで辺りに漂っていた。


 次に、聖花が驚いたこともある。まさかのアーノルドが内密に尋ねてきたのだ。

 やはりある程度は情報が共有されていた。


 流石に王族は聖花も拒否できず、顔を合わせる羽目になった。それも聖花の部屋でだ。

 考えてみれば当然で、病人を客室に行かせる訳にもいかない。


 初め、聖花がアーノルドを見た時は全く誰か分からなかった。それもその筈で、彼が『ルーツの姿』に変装していたからだ。

 当然のように部屋へと入ってくる男を見た時は聖花も目を剥いたくらいである。


 アーノルドには誤算があったのだ。

 それは、聖花が()()姿()を知らなかったことにある。


 けれども面白いことに、アーノルドは上手い具合に勘違いした。自分が連絡なく現れたことに聖花は驚いているのだろう、と。

 聖花は聖花で、近づいて来た謎の男(アーノルド)に抵抗しようと構えているのだから救えない。


 聖花が気が付いたのは、彼女が被っていた布団をアーノルドに投げようとしたことが原因である。


 隙を突いて何とか廊下に逃げようとした所、布団を投げて視界を封じる手段に聖花は思い至った。が、案外重かった布団は無情にもアーノルドに風を送ることしか出来なかった。

 その風を咄嗟に相殺する際、魔術を唱えた不審な男(アーノルド)の立ち姿が、聖花が脱獄の時に見たアーノルドと一致して見えたのだ。


 と、いう事で、()アーノルドが聖花の目の前にいる状況だ。

 部屋に誰もいなくなったのは、権力により追い出されていたのだ。



「‥‥何をする?」


 貴族とは思えない格好とは裏腹に、気品に満ちた声でアーノルドが尋ねた。

 怒り半分なのか、視線が冷ややかだ。声もいつもより低い。


 冷えきったアーノルドの気配を察知し、聖花は尻込みそうになった。が、心の内にしまい込む。


「申し訳ございません、少々錯乱しておりました。

 ‥‥‥‥‥殿下、ですよね?」


「まだ体調が万全ではないようだな。先ほど俺にけしかけようとしたことは不問にしてやろう。

‥‥‥今後に支障はないか?」


 アーノルドが早速憎まれ口を叩いて、ニヤリと笑った。まるで喧嘩を売っているかのようだ。



(この人やっぱりアーノルドだ)


 相変わらずだこの人、と聖花は呆れ果てた。



「お気遣い痛み入ります。私は問題ありませんよ。   ですが、殿下の()()で再発しそうですので、どうか本日はお帰り頂けますか?」


 聖花は額に青筋を浮かばせつつも、笑みを貼り付けてアーノルドに抗議した。

 頼むから帰ってくれ、と顔に書かれてあるかのようだ。


 そんな聖花の必死な様子に、暫くの間アーノルドはあっけらかんとした表情を浮かべていた。が、直ぐに平時の状態に戻る。

 そう思えば、今度は聖花に背を向けた。アーノルドがクツクツと笑い出す。


 それを受けて、聖花が僅かに顔を引きつらせた。目が完全に死んでいる。



「何がそんなに可笑しいのですか」


 やや低音で、怒気を含んだ声で聖花が言う。未だに笑うアーノルドを見据えて。

 

 ようやく満足したのか、アーノルドが振り返った。先程まで笑っていたとは思えないほど平静な様子である。

 やや曲線を描いた端正な口元が唯一の名残だ。



「いや?相変わらず元気そうで何よりだ」


「はぐらかさないで下さい」


 白を切り通すアーノルドに、聖花が語気を強めた。が、アーノルドはそんなこと意にも介していない様子だ。


 それどころか、聖花の反応を楽しんでいるようにさえ見えるのは、彼女の気の所為ではないだろう。顔には出していないが。



「ふむ。それほど威勢が良いのなら大丈夫そうだな」


 アーノルドが口に手を当てる。何かを考えているのか、単に笑っているのかどうか見当が付かない。

 ただ、聖花の言い分は見事に無視された。むしろ清々しいくらいだ。


 これ以上、些細なことに時間を無駄にする訳にはいかないので、聖花は追及することを止めた。諦めた、と言う方が正しいのかもしれない。



「‥‥‥で、何かご用ですか?建前は不要ですので、出来るだけ手短にお願いします」


 気を取り直して、聖花が場を取り仕切るかのように尋ねる。話の主導権を取られる訳にはいかないのだ。



「見舞いに来たと言ったら?」


()()()お帰り頂けますか?」


 未だ素知らぬ顔を貫き続けるアーノルドに、聖花は真顔で返答した。付き合っていられない、という様子だ。


 アーノルドが軽く笑う。王族に対して無礼だぞ、と言うように。



「はっ、冗談だ。見舞いに来たのは事実。が、それはあくまでついでだ。元より、日を空けてそちらに向かう予定であったのだ」


「では後日またお越しください」


「無理だな。俺は忙しい」


 どの口が言う。その言葉は聖花の頭の中で無事留まった。

 このままでは埒が明かないと思った聖花は、そろそろ話を切り出すことにした。



「本題は、?」


 単刀直入に尋ねる。余計な事は言わないほうが良いと聖花は判断した。

 敢えて間を開け、空気に緊張感を持たせる。


 聖花は彼の瞳を覗き込むように、アーノルドをジッと見た。

 程なくして、アーノルドは降参するかのように息を整え直した。



「知らせることがあったのだ。あの時は伝える暇がなかった故」


「何でしょう」


「入学直前にある王族主催のパーティーについてだ」


「王族主催の、パーティー?」


 聖花が目を剥く。そんなものは初めて聞いた、と。

 だが、聖花の反応は予想通りだったようだ。アーノルドが小さく頷いて続けた。



「ああ。俺の兄が婚約者探しを大々的に始める為のパーティーだそうだ。貴族は余程のことがない限り参加する必要がある」


 アーノルドの兄といえば、アルバ国の第一王子である【ルードルフ・フィン・アルバ】を指す。アルバ国民の誰もが教えられることだ。

 勿論、聖花も例に漏れない。姿形は知らずとも名前だけは記憶していた。

 弟同様、兄も捻くれているのだろうか。


 ここで、聖花がふと思った。



「つまり、私も参加すると」


「その通りだ」


 聖花はそういうことか、と理解する。

 ただ参加するだけではないのだろう。聖花はそう予想した。


 次の言葉を待って、聖花は身構えた。アーノルドが何を言うにしても、ろくな事ではないだろう、と。


 アーノルドが目をスッと細めた。真剣味を帯びた彼はいつにも増して恐ろしく見える。


 張り詰めた空気の中、聖花はただアーノルドを見据え続けた。



「で、だ。当日だが、ルードルフと接触して欲しいのだ。出来る限り仲良くなっておけ」


「‥‥‥それは、必要ありますか?」


 大方予想はしていたが、やはり理解不能な発言に聖花が問い返す。兄弟なのに聖花がわざわざ近づくことはないだろう、と。


 が、予想通りではあるが、見当違いな答えが返ってきた。アーノルドの目的が余計分からなくなる答えだ。



()()()がすることに意味があるのだ」


「今は聖花です」


「‥‥そうだったな」


 話を逸らしてしまったが、名前だけは譲れないのか。聖花がはっきりと訂正する。

 アーノルドは調子が狂ったように一息吐いた。



「兎に角、よろしく頼む」


 バツが悪そうに、アーノルドが話を締め括った。

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