10.ちょっとした収穫
複雑に入り組んだ路地裏を抜けるまでに、聖花は思っていた以上の時間を費やした。
建物と建物の隙間を縫うように続く道は、どこを曲がっても似たような景色ばかりで、積み上げられた木箱や古びた樽、壁際へ無造作に置かれた道具の位置さえ、先ほど通った場所と見分けがつかないほどだった。大通りから聞こえていた喧騒も、路地の奥へ進むにつれて次第に遠ざかり、代わりに自分の足音や荒くなりかけた呼吸ばかりが耳へ届くようになる。
立ち止まって周囲を確認したところで、土地勘のない聖花には、どちらへ進むのが正しいのか判断できなかった。
何度か同じ場所を通っているのではないかと不安になり、壁のひび割れや軒先へ干された布を目印として覚えようとしたものの、焦りと疲労のせいで記憶は曖昧になり、かえって混乱するだけだった。
それでも、来た道を戻ることだけはできない。
露店街の近くには、聖花を探している護衛騎士やアデルがいるはずであり、運悪く鉢合わせれば、その場で屋敷へ連れ戻される可能性が高い。道が分からないまま進むことへの不安よりも、せっかく得た自由な時間を何の収穫もなく失うことの方が、聖花には耐え難かった。
やがて、何度目かの角を曲がった先に、これまでよりも明るい光が差し込んでいる場所を見つけた。
聖花は足を速め、細い路地を抜ける。
視界が一気に開け、目の前へ現れたのは、先ほどまでいた露店街とは異なる大通りだった。
路地の中に比べれば遥かに人通りが多く、商店の前では客が品物を見比べ、荷車を引く者や、仕事へ向かうらしい人々が忙しなく歩いている。聖花は通りへ出る前に一度足を止め、左右を確認しながら、護衛騎士やアデルの姿がないか慎重に探した。
少なくとも、見える範囲に二人はいない。追手らしい騎士の姿もなく、聖花の変装へ注目している者もいなかった。
それを確認した聖花は、ようやく大通りへ足を踏み出した。
しかし、安心できたのは一瞬だけだった。
路地を彷徨ったことで、体力は予想以上に削られている。胸の奥では心臓が忙しなく鼓動を打ち、少し早足になっただけで息が浅くなっていた。
この身体が、マリアンナの身体よりも明らかに体力へ乏しいことは、王宮から逃げ出した時点ですでに分かっている。
十分な睡眠を取れないまま街を歩き回り、そのうえ護衛から逃れるために人混みを急いで抜けたのだから、疲れて当然だった。
それでも、立ち止まって休む時間はない。
アデルたちは今も聖花を探しているはずであり、時間が経てば経つほど、捜索の範囲は広がっていく。伯爵家の令嬢が街中で行方不明になったと知られれば、騎士や衛兵へ連絡が回る可能性もある。
そうなれば、変装していたとしても見つかるのは時間の問題だった。
(急がないと……)
聖花は乱れそうになる呼吸を抑えながら、周囲へ視線を巡らせた。
(でも、どこへ行けば情報が集まるんだろう)
カナデの過去を知るためには、彼女が王都へ来る前にどこで暮らし、どのような人物と関わっていたのかを調べなければならない。
しかし、闇属性の罪人について手当たり次第に尋ね回れば、怪しまれるどころか、自ら正体を明かすようなものだった。
街の事情へ詳しく、さまざまな人間が出入りし、個人についての噂が集まりやすい場所。そのような場所を探す必要がある。
聖花は通りを歩く人々を見ながら、比較的話し掛けやすそうな者を選び、何度か道を尋ねた。
最初に声を掛けたのは、野菜の入った籠を抱えた中年の女性だった。
王都で人の噂や仕事の情報が集まりやすい場所はないかと尋ねると、女性は少し不思議そうな顔をしたものの、繁華街の外れにある酒場を教えてくれた。
しかし、昼間から酒場へ入るのは目立つうえ、女性の聖花が一人で訪れれば、かえって注目されるかもしれない。
次に、荷物を運んでいた若い男性へ尋ねたところ、商人組合の場所を教えられた。
商人同士の取引に関する情報ならば集まるだろうが、カナデのような個人の経歴を調べるには適していないように思える。
何人かへ尋ねているうちに、聖花の足取りはますます重くなった。
それでも諦めずに聞き続けた結果、ある年配の男性から「人について知りたいならギルドへ行けばよい」と教えられた。
ギルドには、街の内外からさまざまな依頼が持ち込まれる。
冒険者だけではなく、護衛や運搬、捜索を請け負う者、商人、情報を売る者まで出入りしており、些細な噂から大きな事件まで、自然と話が集まるのだという。
貴族が表立って動けない事情を、使用人や代理人を通じて依頼することも珍しくないらしい。
聖花が求めていたのは、まさにそのような場所だった。
教えられた道を辿り、ようやく辿り着いた建物は、周囲の商店よりも一回り大きく、正面には剣と羽根を組み合わせた紋章が掲げられていた。入口の扉は開け放たれており、昼間だというのに大勢の人々が出入りしている。
革鎧を身につけた者。大きな荷物を背負った商人。書類を抱えた使用人らしき男。中には、見るからに裕福そうな衣服を着た者もいた。
誰も聖花一人の存在を気に留めていない。
聖花は建物の前で一度呼吸を整え、気持ちを落ち着かせてから中へ入った。
扉を潜った瞬間、外とは違う熱気と騒がしさが押し寄せてくる。
受付窓口へ並ぶ者たちの会話。依頼書が貼られた掲示板の前で条件を確認する声。奥の席では、昼間にもかかわらず酒を飲みながら話している者までいる。
建物は外から見た以上に広く、壁際にはいくつもの受付が設けられ、中央には長椅子や卓が並べられていた。依頼を受ける者と持ち込む者が同じ空間へ集まっているため、あちこちで異なる話題が飛び交っている。
貴族の屋敷ではまず目にしない光景だった。
誰もが自分の目的のために声を上げ、身分や礼儀をそれほど気にすることなく意見を交わしている。
聖花は周囲の会話へ耳を傾けながら、まずは受付窓口へ並ぶことにした。
列はそれほど長くない。前には三人ほど並んでおり、それぞれ依頼の確認や報酬について話している。
待っている間にも、聖花はさりげなく周囲の声を拾おうとした。
しかし、聞こえてくるのは護衛依頼の報酬が安いという不満や、魔物の出現場所、商人同士の値段交渉、誰かの仕事ぶりに対する悪口などばかりだった。
当然ながら、カナデへ直接繋がる話など聞こえてこない。王都全体から見ればカナデは闇属性を持つ罪人として知られていたとしても、個人の過去まで話題にされる存在ではないのだろう。
そう考えているうちに、列は少しずつ進み、聖花の順番が回ってきた。
窓口に座っていたのは若い女性職員だった。聖花を見ると、仕事用の明るい笑顔を浮かべる。
「こんにちは。本日は、どのようなご用件でしょうか」
聖花は一度周囲へ目を向けた。
すぐ後ろには次の客が並んでいてあまり長く話すことはできない。質問の仕方を誤れば、怪しまれる可能性もある。
それでも、ここまで来て何も尋ねずに帰るわけにはいかなかった。
「こんにちは。少し、人についてお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」
職員は僅かに首を傾げたものの、すぐに頷いた。
「はい。こちらでお答えできる内容でしたら、何でもお尋ねください」
聖花は息を整え、できるだけ何気ない調子を装った。
「過去に、カナデという名前の方が、こちらのギルドへ登録されていたことはありますか」
名前を口にした瞬間、胸の奥が強く脈打った。
職員が怪しむのではないか。登録情報は教えられないと断られるのではないか。あるいは、カナデ本人だと気づかれるのではないか。
さまざまな不安が頭へ浮かんだものの、女性職員はすぐに警戒する様子を見せなかった。
代わりに、記憶を探るように目を細める。
「カナデ……」
職員は小さく名前を繰り返し、暫く考え込んだ。
そのまま何も思い出さないのではないかと、聖花が諦めかけた時、女性の表情が僅かに変わった。
「ああ、はい。珍しいお名前でしたので、覚えております」
思い掛けない返答に、聖花は思わず身を乗り出しそうになった。
何とか平静を保ちながら、慎重に続きを促す。
「珍しい、というのは?」
カナデという名前がこの国で一般的でないことは分かっていた。しかし、職員の言い方には、単に響きが珍しいという以上の意味があるように聞こえた。
女性職員は、特に隠すべき情報だとは思っていないのか、すぐに答えた。
「確か、ヒイラギ・カナデというお名前で登録されていたはずです」
その言葉を聞いた瞬間、聖花の思考が止まった。
―――ヒイラギ。
この国ではほとんど耳にしない音の並びで、貴族の家名とも庶民の姓とも異なる。けれど聖花には、その響きがどこから来たものなのかすぐに理解できた。
日本人の姓だ。
聖花の以前の名は、郡聖花。この世界では使われない漢字によって表され、姓と名の順序も、この国のものとは異なっていた。
ヒイラギカナデという名前も同じ形式を持っていて、それが偶然である可能性は低い。
カナデも、聖花と同じように日本からこの世界へ来た人間なのかもしれない。そう考えた瞬間、これまで理解できなかった彼女の行動へ、僅かながら別の意味が生まれた。
カナデは最初からこの世界の住人ではなかった。ならば、貴族の生活へ憧れ、マリアンナの立場を奪おうとした可能性もある。
しかし、それだけでは説明がつかなかった。貴族になりたいだけならば、なぜマリアンナでなければならなかったのか。
王都には多くの貴族令嬢がいる。身体を奪う方法を持っていたのなら、もっと身分の高い者や、警戒の薄い相手を選ぶこともできたはずだった。
それでもカナデは、マリアンナを狙った。偶然ではなく、何か聖花自身へ向けられた理由があったのではないか。
(カナデも、日本人……?)
聖花は窓口の前へ立ったまま、必死に記憶を探った。
(ヒイラギカナデ。どこかで聞いたことがあるような気がする)
名前を知らなかったはずなのに、不思議な引っ掛かりがある。
昔、日本で暮らしていた頃に出会っていたのか、学校で同じだったのか。それとも、直接会ったことはなくても、どこかで名前だけを目にしていたのか。
頭の奥へ手を伸ばすように記憶を辿ろうとしたものの、そこには白い靄が掛かっているようで、形になりそうなものほど指の間から逃げていった。
無理に思い出そうとすると、こめかみの辺りへ鈍い痛みまで生まれる。
聖花は僅かに顔をしかめた。
女性職員が不思議そうにこちらを見ていることへ気づき、慌てて表情を取り繕う。
「そうなのですね。教えてくださって、ありがとうございました」
これ以上その場へ留まれば、後ろで待っている者の迷惑になる。聖花は一礼し、窓口から離れようとした。
その時、少し離れた卓から、大きな声が上がった。
「ヒイラギカナデって、あの闇属性の女か?」
聖花は反射的に足を止めた。周囲の何人かも、同じように声のした方へ目を向ける。
そこにいたのは、酒の入った杯を手にした二人の男だった。
一人は頬を赤く染め、椅子へ浅く腰掛けながら、必要以上に大きな声で話している。もう一人は比較的落ち着いているものの、隣の男が何を口走るか分からないと警戒しているように見えた。
「おい、声が大きい。昼間から飲みすぎだぞ」
隣の男が慌てて制止する。しかし、酔っている男は聞く耳を持たず、面白い話題を思い出したとばかりに身を乗り出した。
周囲の人々も、完全に無関心ではいられないらしい。
真正面から見つめる者は少ないものの、依頼書へ目を落としていた者や、受付へ並んでいた者たちが、さりげなく耳を傾けている。
『闇属性』。その言葉だけで、人々の空気が僅かに変わった。
聖花は、入学試験の場でカナデの属性が明らかになった時の光景を思い出した。周囲からカナデに向けられていた恐怖と嫌悪の視線。人間ではなく、危険な化け物を見るような反応。
闇属性が判明してからすでに時間は経過していて、その事実自体は王都へ広まっていてもおかしくない。それでも人々は、闇という言葉を聞くだけで声を潜め、何が語られるのか確かめようとしていた。
それほどまでに、この国では闇属性が恐れられているのだろう。
「待てって。俺、すごい話を思い出したんだよ」
酔った男は、隣から止められても気にせず話を続ける。
相方は呆れたように深い溜息を吐いたものの、自分も気になっているのか、完全には口を塞ごうとしなかった。
聖花も、その場を離れることができずにいた。
カナデについて何か知っている可能性がある。たとえ噂話であっても、今の聖花には貴重な情報だった。
「あいつの処遇が決まったらしいぞ。終身刑だってさ」
男がそう言い放った瞬間、周囲から複数の声が上がった。
驚き。
安堵。
不満。
反応は人によって異なっていたものの、誰もがその内容へ強く関心を持っていることだけは同じだった。
受付の職員たちは、困ったように互いの顔を見合わせている。その様子から察するに、まだ正式には公表されていない情報なのかもしれない。
聖花は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
終身刑。それは本来、カナデへ下されるはずの処罰だったのだろう。しかし今、王宮で闇属性の罪人として扱われているのは、聖花である。
身体が入れ替わっていることを誰も知らない以上、処罰の対象として名を挙げられているヒイラギカナデとは、世間から見れば聖花自身だった。
もし王宮から逃げ出していなければ、聖花は一生牢の中へ閉じ込められていたことになる。死ぬまで光の届かない地下で過ごし、誰にも真実を伝えられないまま、カナデの罪を背負わされていた。
想像しただけで息が詰まりそうだった。
「何で捕まったのか、詳しく知られてなかっただろ?」
酔った男は、周囲の注目を集めたことへ気をよくしたのか、さらに声を張り上げた。
「実は貴族に危害を加えたらしい。それに闇属性だから、危険すぎるって話になったんだとさ。それで――」
そこまで言い掛けたところで、隣の男が青ざめた顔をして背後を指した。
「おい、ビート。後ろ」
ビートと呼ばれた男が振り返る。
そこには、ギルドの職員らしき大柄な男が立っていた。笑顔こそ浮かべているものの、目は全く笑っていない。
「これ以上はお止めください。守れないようでしたら、今後こちらへの立ち入りをお断りすることになります」
低く、よく通る声だった。
酔っていたビートも、相手の体格と威圧感を前にして一気に酔いが冷めたらしい。先ほどまでの勢いが嘘のように口を閉じ、杯を卓へ置いた。
しかし、すでに話は周囲へ広がってしまっている。卓の近くでは、終身刑なら安心だと話す者がいる一方で、闇属性を持つ者を生かしておくべきではないと呟く者もいた。処刑すべきだ、と。
それほど大きな声ではなかったものの、聖花の耳にははっきりと届いた。瞬間、聖花は無意識に指先を強く握り込んだ。
誰も、本当のことを知らない。闇属性を持っているのはカナデであり、今ぬくぬくと屋敷で過ごしているマリアンナその人である。
それでも世間の人々は、青い髪と顔だけを見るだけで聖花をカナデと思い込み、闇属性の罪人だと信じている。真実を説明できない以上、その誤解を解くこともできなかった。
聖花は俯きそうになる顔を上げ、もう一度ビートと呼ばれた男の姿を見た。
酔いが冷め、気まずそうに杯へ視線を落としている顔。その輪郭には、どこか見覚えがあった。すぐには思い出せなかったものの、記憶を辿るうちに、王宮の地下牢へ連れて行かれた時の光景が蘇る。
両腕を掴み、逃げられないよう歩かせた衛兵。
そのうちの一人が、目の前にいる男だった。
(あの時の衛兵だ)
聖花は、全身から血の気が引いていくのを感じた。
相手は今、酒に酔っている。聖花も髪と瞳の色を変え、眼鏡まで掛けているため、すぐに正体を見抜かれる可能性は低い。
それでも、牢獄へ直接連れていった者であれば、顔立ちや声を覚えているかもしれない。フェルナンに続き、正体を知られる危険のある人物と、街へ出て早々に遭遇してしまったことになる。
幸い、ビートは聖花の方を見ていない。酔った勢いで余計なことを話し、職員から注意された気まずさの方が大きいようだった。
しかし、いつこちらへ視線を向けるか分からない。聖花はそれ以上話を聞くことを諦め、できるだけ自然な歩調で出口へ向かった。
急に走れば目立つ。何度も振り返れば、かえって不審に思われる。
聖花は掲示板を眺める者や、受付へ向かう客の間を通り、足音を抑えながらギルドを出た。
外へ出た途端、建物の中に籠もっていた熱気から解放され、少し冷たい風が頬へ触れた。そこで初めて、聖花は自分が息を止めるようにして歩いていたことへ気づいた。
すぐに建物から離れ、角を曲がる。
ギルドの入口が見えなくなる場所まで進んでから、ようやく壁際へ手をつき、浅くなっていた呼吸を整えた。
身体はすでに限界へ近づいている。足には力が入りにくく、額には薄く汗が滲んでいた。それでも何の情報も得られなかったわけではない。
カナデがヒイラギカナデという名前でギルドへ登録されていたこと。その名が、日本人のものと思われる形式を持っていたこと。そして、世間では闇属性の罪人へ終身刑が下されたと噂されていること。
どれも、今後を考えるうえで無視できない情報だった。
特に、カナデも元日本人である可能性は大きい。聖花と同じ世界から来たのなら、なぜマリアンナを狙ったのかという疑問にも、以前の世界での出来事が関係しているかもしれない。
思い出せないだけで、聖花はカナデと何らかの接点を持っていたのではないか。カナデはマリアンナが聖花だと知っていたのではないか。あるいは、マリアンナになにか秘密があるのか。
色んな可能性を考えると、胸の奥へ落ち着かない感覚が広がった。
ただし、今すぐ記憶を掘り起こそうとしても、頭の中へ掛かった靄は晴れない。焦れば焦るほど、思い出しかけたものまで遠ざかっていくようだった。
聖花は壁から手を離し、ゆっくりと顔を上げた。
アデルと護衛騎士へ見つかる前に、もう少しだけ街を調べたい。
ギルドで得られた情報だけでも大きな収穫ではあるが、ヒイラギカナデが過去にどのような依頼を受け、誰と行動していたのか、可能であればさらに手掛かりを探したかった。
けれど、身体の状態を考えれば、無理に動き続けることは危険だった。倒れてしまえば、自分から助けを求めることもできず、変装が外れた場合には正体まで知られるかもしれない。
聖花は迷いながらも、ひとまず人通りの少ない場所を探し、そこで短く休んでから次の行動を決めることにした。
限られた時間の中で得られたものは、決して多くはない。
それでも、カナデという人物が、ただ闇属性を持つこの世界の少女ではなく、聖花と同じ場所から来た可能性があるという事実は、これまで曖昧だった疑問の形を大きく変えるには十分だった。
カナデはなぜ、マリアンナを選んだのか。そして、もしその理由がすべての始まりなのだとすれば、聖花が取り戻すべきものは身体や家族だけではなく、失われた記憶の中にも残されているのかもしれない。
ギルドから離れた聖花は、痛み始めた足を引きずるようにしながらも、手に入れたわずかな情報を決して忘れないよう心の中で何度も反芻し、次に何を調べるべきかを考え続けながら、再び王都の人波の中へ歩みを進めていった。




