10.ちょっとした収穫
聖花が複雑な路地裏を歩き彷徨っていると、遂に出口が見えた。
周囲を見渡し、護衛騎士がいないことを確認してから大通りへと出る。
聖花の視線の先には露店が立ち並んでいる。露店街に入る前にいた所だ。
其処から踵を返し、聖花は露店から遠ざかった。これで暫くは見つかるまい、と思って。
身体的にも、時間にも、彼女には猶予がない。
限られた時間の中、情報の集まりそうな場所を必死に探す。息が切れそうなのを無理やり抑え込んで。
流石に、土地勘のない彼女ひとりでは心許ないので、気の良さそうな人を見つけては手当たり次第に尋ねた。この状況で手段を選んではいられないのだ。
そうして行き着いたのが、『ギルド』だ。
昼夜問わず多くの人が行き来するそこは、まさに聖花の求める場所そのものだった。
些細な噂から大きな話まで、多種様々な会話が飛び交っている。
聞いた話によると、貴族も従者を通じて依頼することもあるらしく、話題には事欠かない。
聖花は息を整えながらギルドの中へと進んだ。
中は思ったより広く、大勢の人がいて騒がしい。受付窓口に並ぶ者、椅子に座って会話する者、掲示板を眺める者など様々だ。
夜でもないのに、お酒を豪快に飲み干している者さえいる。貴族からしたら有り得ない光景だ。
聖花はまず、受付窓口に並ぶことにした。何か知っているのなら話が早いからだ。
耳を澄ませて周囲の話を聞きながら、列へと並ぶ。が、聞こえてくる会話は依頼やお金の話、他人の悪口など、聖花にとっては有用性のないものばかりだ。
当然、ピンポイントで奏に関わる話はない。個人の話なので無理もない。
そう考えていると、いつの間にか聖花の順番になっていた。若い職員の女性が笑顔で応対してくれる。
「こんにちは!本日はどういったご要件でしょうか?」
「こんにちは。少しお聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか」
「はい、何でしょうか?答えられることでしたら何でもお答え致しますよ」
「‥‥‥過去に『カナデ』という名前の人はギルドに登録されていましたか?」
少し間を置いて、聖花が女性職員に尋ねた。息を呑んで返答をジッと待つ。深刻げな様子だ。
女性職員は目をパチクリとさせ、何かを思い出したかのように口を開いた。
「『カナデ』‥‥‥‥‥‥。
あぁ、特徴的なお名前でしたのでよく覚えていますよ」
「特徴的、?」
女性店員の言葉を不思議に思った聖花がついつい口を挟んでしまう。『カナデ』という名前は確かに珍しいがそれほど特徴的ではない、と聖花は思っていたからだ。
しかし、女性店員の次の言葉ですぐにその理由が明らかになった。
「はい。確か『ヒイラギカナデ』という名前で登録されていたかと思いますよ。」
「‥‥‥‥‥!?」
聖花はハッとなった。前の自分の名前はよく覚えている。『郡聖花』だ。こういった名前はここらでは聞かない。つまり、『カナデ』も元日本人である可能性が高い。
だからこそ、聖花は何故カナデがマリアンナを付け狙ったのか理解できなかった。貴族になりたかったから?違う。マリアンナを狙う理由があったはず。
(何か、なにか思い出せそうな‥‥‥‥)
頭を悩ませて、記憶を蘇らそうと試みた。しかし、靄が掛かっているかのように思い出せない。
「そうなんですね。‥‥‥ありがとうございました」
後ろで順番を待っている人がいるので、礼を告げて窓口から離れた。すると、
「『ヒイラギカナデ』!?闇属性のか!?」
「おい、馬鹿!声でけぇよ!!酔い過ぎだ‥‥!」
聖花たちの会話を聞いていたのか。いきなり、そんな声が飛び込んできた。
聖花は、つい反応して声のした方を見る。
居たのは男ふたり。どちらも、窓口の近くの席に座ってお酒を飲んでいる。が、飲み過ぎなのか、単に下戸なのか、片一方のテンションがやけに高い。
もう片割れの男が止めに入る形だ。
聖花は入学試験で見た光景を思い出す。闇が出た時の、周囲の恐れた様子を。まるで化物を見るかのような視線を。
彼女がよくよく周りを見渡してみると、会話を気にしているのか、明らかに男らに視線が集中している。
凝視している者は少ないものの、チラチラと様子を伺っている状態だ。属性の判明から1週間ほどは経っているので、そんなこと疾うに皆知っているだろうに。
それ程までに、『闇』は世間で怖れられているのだ。
「待て待て、ビックニュースを思い出したんだ!!」
酔っ払った男が相方の言葉を完全に無視して続ける。止める気は無さそうだ。
相方は呆れ顔になって、深い溜息をついた。一体今度は何を言い出すのか、と。だが、少しは気になっている様子だ。
聖花も足を止めて耳を傾ける。
「奴の処遇が決まったらしい!‥‥‥終身刑だと!」
「はあ!?」
衝撃的な一言に、皆の視線が男に釘付けになる。
ギルド職員はその事を知っていたのか、別の意味で慌てているようだ。どうやら未だ公表されていない情報らしい。
周りの状況も気にせずに、男が意気揚々に語り出した。
「投獄された理由は知られていなかっただろ!?
‥‥実はな、貴族に危害を加えたらしいぜ!!
ソレと、闇属性のことを考慮してそうなったんだってさ!
でなぁ、・・・・・・」
「ちょ、ビート。後ろ‥‥‥」
「これ以上はお止めください。出禁にしますよ?」
ビートと呼ばれた男が振り返ると、ギルド職員のひとりが笑顔を貼り付けて立っていた。強面な男の職員だ。
ビートよりも図体が大きい。
流石のビートも酔いが冷めたようであっさりと黙り込む。強者には弱いらしい。
しかし、現場は既に取り返しのつかないことになっている。「これで安泰だ」と歓声を上げる人もいれば、逆に不安げな表情で「処刑にすべきだ」と不穏な言葉を呟く人もいる。
きっとすぐにこの事は広まることだろう。
だが、そんな事より、聖花には男の名前の方が気になった。
‥‥遠目にビートの顔を再度確認する。そして確信した。
(・・・・あの衛兵だ)
幸か不幸か、酔っ払いの正体は聖花を牢獄まで連れて行った男の内の一人だった。ただし、相方の方は見知らぬ人だ。
フェルナンといい、鉢合わせするのが早すぎる。今回の場合は鉢合わせというか聖花が一方的に気が付いただけだが。
とはいえ、変装しているとはいえ見破られたら元も子もないので、聖花はさっさとその場から退散することにした。
結果的にはいくつか情報が手に入ったので儲けものである。




