8.街へ
王都にある繁華街。その大通りに聖花とアデルの二人はいた。
勿論、護衛騎士も密かに側に控えている。
朝は静かな街は、今や人々の活気で溢れている。行く先々に人だかりが出来ており、彼方此方がざわざわと騒がしい。
流石に歩けない程ではないが、首都ならではの凄まじい賑わいようだ。
今の聖花の髪色はブルーでなく、比較的目立たないブラウンだった。色を抜いたり染めたりすることは間に合わなかったので、応急処置としてウィッグを被っている状態だ。
どの道、学園の入学までには罪人の身バレ防止の為に染め直す予定である。
念には念を入れて、茶系のカラーコンタクトを入れた上で伊達メガネまで掛けている。
「カナ、私の側からうっかり離れないでね」
アデルが聖花に言う。聖花も「うん」と頷く。身分関係を他者に悟られない為の工夫だ。偽名は、安直だが敢えて使った。
近ごろ敬語に慣れていた聖花は何だか不思議な感覚になった。
通常はここまでする必要はないが、何せ聖花は特例だ。
もし入学前から厄介事に巻き込まれたとしたら、ヴィンセントには堪ったものではない。
しかし、聖花は隙を見てアデルたちから離れるつもりでいる。一人の方が自由が利くからだ。
どうしても面倒事になるのは避けられない。
兎に角、建前上は聖花の目的は買い物だ。と言う事で、手近にあった洋服屋に立ち寄ることにした。
扉に手を掛けて、中に入る。チリンチリンという音が何とも耳に心地よい。
「いらっしゃいませ!お客様はどんなお洋服をお求めで?」
程なくして、元気のある声と共に、奥からふっくらとした女性が出てきた。満面の笑みを浮かべて歓迎される。
見たところ他に店員がいないので、店の主人だろうか。
アデルが何かを言う前に、聖花が口火を切った。
「そうね……。この子に似合う服はありますか?」
「お客様のような蜜柑色の髪で素朴な雰囲気の方でしたら、
こちらの服などがナチュラルでオススメです」
「本当にその通りね」
「宜しければお仕立てさせて頂きますが・・・・」
アデルを置き去りにして、女主人と聖花の会話が続く。アデルはというと、急な聖花の申し出に驚いて、あたふたしていた。
そんなこんなで、結局アデルは会話に入れず、流れるままに彼女の服の購入が決まってしまった。それも特注で。
仕立てまでに時間が掛かるそうなので、出来上がってから屋敷へと送ってもらうことにして貰った。後にアデルに手渡ししようと聖花が思ったからだ。
聖花を貴族だと思っていなかった女主人は大層驚いたことだった。
丁寧に外まで見送ってくれた女主人に軽く会釈して、聖花たちは洋服屋を後にした。
すると、やっとアデルが口を開く。
「おじょ……、カナ!?私に服を買ってくれるなんて……」
依然困惑した様子だ。聖花に言わんとしていることは自ずと理解できる。
どうしたものか…と聖花は少し考えた。そして、良いことを思い付く。
「私からの心ばかりの気持ちよ。受け取ってくれる?」
これで断れば、聖花の思いを踏みにじることになる。
少し強引な手段だが、実際に嘘は言っていない。「これから暫くの間よろしくね」という、受け入れの意味も含んでいるのだ。
そんなことを言われたら受け取らずにはいられないので、アデルは暫く口をモゴモゴとさせた後、むず痒そうに頷いた。
渡す時の反応が楽しみだなと思って、聖花は静かに微笑んだ。
再び歩き出す。すると、一際目を引く人だかりが出来ているのが聖花たちの目に入った。
何だろう?と思い、聖花がよく見てみると露店が立ち並んでいた。アデルも気付いたようだ。
露店には食品だけでなく、装飾品に魔術具など様々なものが置かれていた。
何か焼いているのか、香ばしい匂いまでする。
「あそこに行ってみない?」
聖花が露店の方に目配せする。
露店の様相に目を輝かせていたアデルは、聖花の言葉に嬉々としながらも不安な様子だ。
何せ人が密集しているので離れ離れにならないかどうかが気になるのだろう。
しかし、結局は欲望に負けたのか、聖花に賛同した。
露店へと足を運ぶ。人が多すぎて思うように真っ直ぐ進めない。
これなら途中でアデル達を上手く撒けそうだ、と聖花は思った。けども、折角来たので一通りは見回ることにした。何か手掛かりが見つかることを期待して。
勿論、少し楽しそう、と思っていたこともある。
匂いにつられて、聖花は焼き鳥を数本購入した。それをアデルに手渡すと、大喜びで口に運んでいた。
「美味しいから食べてみて!」と言われたので、聖花も串を一本頬張った。何の垣根もなく笑い合っている二人は、傍から見たら本当に友達同士のようだ。
それから近くの店を転々としていると、購買品が手に持ちきれなくなってきた。
そこで、聖花は遂に行動に移すことにした。
先ずは、護衛騎士だ。第一にどうにかする必要がある。
そこで彼を聖花たちの方へと呼びつけ、山のような荷物を預けた。これで少しは身動きが封じられる。
続いて、アデル。聖花は彼女の純粋さを利用させて貰うことにした。
そう決めたら早速、アクセサリーが沢山並べられた店で立ち止まった。
「ねぇ、アデル。どれが私に似合うと思う?」
聖花がアデルに尋ねる。僅かに残った良心が痛んだが、そんなこと言ってられない。
アデルが真剣に探してくれている間を縫って、自然に人混みに紛れ込む。アデルはまだ気が付いていない。
「‥‥ごめんね」
誰にも聞こえないような声で聖花はひとり呟いた。
人の流れに乗って少しずつアデルから遠ざかっていく。
不審に思っていた護衛騎士が真っ先に動き出した。聖花と同じく人混みの中に入って、彼女のいる方向へと向かう。
これ以上聖花に距離をとられたら見当たらなくなるので、護衛騎士はアデルに見向きもせず、人混みを掻き分けて進んでいった。荷物を抱えているものの、案外早い。
もしこれで何も持っていなかったら、すぐ聖花に追い付いたのかもしれない。それもあくまで結果論だが。
そうしていると、アデルがようやく異変に気が付いた。
先ほどまで後ろにいた筈の聖花がいつの間にかいなくなり、半パニック状態に陥っている。
おまけに護衛騎士まで見当たらない。
「お嬢様!?・・・・どこに行ったの!?」
手に持っていたアクセサリーをその場に勢い良く置いて、アデルは人混みの方へと飛び込んだ。しかし、既に聖花はアデルの目に入らない所まで離れていた。
周りの目を気にせず、独り言のように大声で叫ぶ。偽名で呼ぶことをすっかり忘れている。
が、アデルの声は虚しくも周囲のざわめきによって掻き消された。
次回、新キャラが登場します!




