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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
3章 気勢と待望
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7.新たな侍女

「本当、驚いたわ…………」


 聖花はそ早速アデルに化粧をしてもらっていた。


 聖花が事の詳細をアデルに聞いて、椅子に座りながら苦笑いを浮かべる。自らを振り返って。


 いきなり話し掛けられた事には聖花も動揺したが、アデルに悪気があったわけではない。

 どうやら聖花は自分の迂闊さに呆れているようだった。



「その節は本当に申し訳ございません……」


 アデルが慌てて謝る。流石に聖花の耳元で声を上げる訳にはいかないので、やや小さめな音量で。

 先ほどの元気の良い声がまるで嘘のようだ。



「いいえ。その事については気にしておりませんよ」


 聖花も軽く否定しておく。心の中で、決して貴女のせいではない、と付け加えながら。


 あの一件の後、張り切った様子のアデルが、聖花をドレッサーへと座らせた。

 今日街に行くと思っているようだった。


 実際のところ、聖花はいつにするかは未だ決めていなかったのだが、良い機会なのでそのまま流すことにした。


 メイド長はと言うと、普段は他の仕事で忙しいらしく、初めの内は聖花の専属侍女を決める為に付き添っていただけだった。

 つまりは聖花に合う侍女を見極めていたのだ。


 それで、最終的に決まったのがアデルということだ。


 聖花にとってのアデルは、朗らかで純粋な印象だ。恐らく、他の人に聞いてもそう答えるだろう。

 反応が可愛らしく、穏やかな気持ちになれる。


 聖花と近しい歳にしたのは、そちらの方が気楽でいいというメイド長の配慮からだ。

 それに加えて、学園には基本一人までの侍女を連れて行ける為でもあった。


 聖花が、マリアンナのまま無事に入学していたらメイを携えた筈だろう。奏もメイを選ぶと考えられる。


 アデルが専属侍女に選ばれた理由は、必ずしもそれだけではない。聖花はそう推測した。


 アデルは良くも悪くも純粋なのだ。嘘を付くのが下手だという意味では報告にうってつけなのだろう。

 おおかた聖花の行動を報告することを命じられている。



「質問なのですが、良いでしょうか?」


「私に答えられることであれば何なりとお申し付け下さい」


「どなたかに何か命令されていることはありますか?」


 聖花が単刀直入に聞いてみる。アデルには遠回しに探るより直接聞いたほうが早いと思ったからだ。


 例え否定したとしても表情に出ると踏んで、聖花はドレッサーの鏡越しに、念の為アデルの反応を観察した。

 


「お嬢様の報告を命じられていますが、

 詳しくはお教えできません。申し訳ございません………」


 しかしアデルは、そうハッキリと告げた。

 余りに正直過ぎる回答に聖花も一瞬フリーズする。流石に予想外だ。


 せめて「はい」か「いいえ」かを知ろうとしただけだったのに……。と、聖花は何故だか申し訳なく思った。

 逆に、アデルを聖花の侍女にして大丈夫なのかが心配になるくらいの素直さだ。


 もしこれが聖花に信頼される為に計算してやった事だったとしたら怖い。


 ただ、聖花に言うことを許可されていただけの可能性がある。だとしたら、命じた者の真意が見えない。



「………お嬢様?」


 聖花が急に黙り込んだのを見て、アデルが心配げに話しかけた。



「いえ。大丈夫ですよ。

 教えていただいてありがとうございます」


「侍女たるもの、当然ですっ」


 アデルは誇らしげに頷いた。が、そうしている間も髪を梳く手はとめない。彼女の仕事熱心ぶりが伺える。



「ところで、お嬢様はなぜ街に?」


 会話が少し途切れた所でアデルが新しく話題を振った。

 純粋に気になっているのか、他に話題がないのかどうかは分からない。


 ただ、聖花にとっては試されているかのように感じた。

 返答を誤れば、回り回ってヴィンセントに疑念を抱かれるかもしれないからだ。

 それでもアデルは気付かないかもしれないが。



「久しぶりに、街で買い物したくなったの。

 貴族は家に商人を呼ぶこともできるけど、

 私は直接足を運ぶことが好きなの」


 聖花は無難な回答を返す。本物のカナデは元々貴族ではないだろうから、これなら何ら不思議はないだろう、と。



「そうだったのですね。

 てっきり何方かとお会いするのかと思っておりました」


 アデルがそこで何故か赤面する。その様子を見るに、想い人や恋人のことを指していたことは明白だ。

 自分の勘違いを気恥ずかしく思っているのだろう。

 

 聖花の真意も知らずに、何とも能天気な少女だ。



「そんな相手私にはいませんよ」


 取り敢えず、聖花はどちらの意味でも答えておいた。実際のところ今の聖花には友人も恋人などもいない。

 敢えて挙げるなら共謀者くらいだ。



「お嬢様…………。

 私がお嬢様のお側にずっといますから、だから、

 そんな悲しいこと言わないで下さい……」


 聖花は軽い一言のつもりだった。が、どうやら言葉のチョイスを間違えたようだ。

 アデルが悲壮感漂う表情を浮かべ、今にも泣き出しそうな様子になっている。手の動きもピタリと止まった。


 急なアデルの様子の変化に聖花もギョッとする。

 余りに感受性が高すぎて、本当に()()ダンドール家の使用人なのが不思議なくらいだ。


 何処か過去の聖花に似たものを感じる。特に哀情に敏感なところが。



「ええと……、では、貴女はどうなのですか?

 是非貴女のことを聞かせてくれる?」


 すっかり気落ちした様子のアデルを見兼ねて、聖花が話を振ることにした。論点をずらす。


 アデルが顔を上げた。

 自分のことを聞かれると思っていなかったのか、目をぱちくりとさせている。



「私、………ですか?」


「はい。他ならぬ貴女です」


 聖花が頷く。すると、アデルが間をおいて語りだした。落ち着きを取り戻したようだ。



「………私には、母がいます。

 こんな私をここまで一人で育ててくれた愛すべき母です。

 小さなパン屋を営んでいて、()()()()()私と二人で仲良くパンを作っていました。

 ですが、・・・・・・・」


「待って、もう良いわ」


 慌てて聖花が止める。ここまで来たら流石に察した。

 十中八九、アデルが貴族の使用人となったのもその理由だろう、と。


 恐らく、アデルの母は病気か過労で寝込みっきりの状況ただ。あるいは既に亡くなっているかのどちらか。

 ただ、アデルの話を加味するとまだ生きていることが伺える。

 ………普通亡くなった人間を現在形では言わない。



(まさかそんな事情があったなんて……。

 危うく地雷を踏むところだったわ)


 聖花はアデルに掛ける言葉が見つからなかった。

 彼女の軽々しい一言が原因で、アデルに辛い記憶を引き出してしまうところだったから。

 聖花も苦々しい思い出があるので、その気持ちは分かるつもりだ。



「私は大丈夫ですよ」


 しかし、聖花の考えていることを汲み取ったのか、アデルがそう答えた。明らかに笑顔を取り繕っている。

 どうやら相手のことには敏感でも、自分のことはそうでもないらしい。


 これ以上は聖花も聞いていられないので、何とか話を切り上げることにした。



「でもこれ以上は良いわ。

 ほら、そろそろ支度もできるでしょう?」


「はいっ。街へ行くのが楽しみですね」


「そうね」


 感情豊かな侍女を見て、聖花は思わず微笑んだ。

アデルの母に関する話は今後どこかで出します。


次話から、街編です(*^^*)

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