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ヒロインの座、奪われました。  作者: 荒川きな
3章 気勢と待望
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6.状況把握

 それからは何事もなく一日が過ぎ去った。


 聖花は結局、迷うに迷った末に何も報告しなかった。お陰様で寝不足気味である。


 眼の下に薄っすらと浮かぶクマを擦って、ひとり静かに起き上がる。早く起きすぎたのか、屋敷中騒がしい。


 昨日の朝と似て、バタバタと忙しなく走る音があちこちから聞こえてくる。違うことと言えば、メイド長が部屋に起こしに来なかったことくらいだ。

 それも当然で、昨日はイレギュラーな日だったからだ。本来なら早すぎるのだ。


 ただ、あまり眠れていないにも関わらず、聖花はこれ以上眠れそうになかった。取り敢えず起きることにして、寝具(ベット)から降りた。


 気晴らしに窓を開ける。暖かな朝日が聖花を包み込んだ。

 澄んだ空に真っ白な積雲が浮かび、陽がその雲を透かす。そうして反射された光が、まだ人通りの少ない街並みを照らし出している。


 辺り一面がキラキラと神秘的に輝いて………、



「綺麗………」


 一言、呟いた。


 聖花の悩みも洗い流されていくかのような幻想的な景色が眼の前に広がっていた。思わず見惚れてしまう。


 昨日はあまり落ち着く暇もなく、見ることもなかった。しかし、何故だかその景色はヴェルディーレ家で見るよりも一層特別に見えた。

 さも当然のように見ていたものがそうではないことを知ったから、そう感じたのだろうか。


 聖花は脳裏に焼き付けた。危うく挫けそうになった時、この輝きを思い出せるように。



「…………よしっ!」


 気合を入れ直した。余計なことを不安がったところで意味などない。

 今はフェルナンの言うことを『信じる』だけだ。



(メイドさんが部屋に来るまでに状況を整理しよう)


 聖花が椅子に座って、勉強用に貰ったノートを開いた。そこの何も書かれていない一枚を破り取る。

 これで手頃に持ち運べる紙の完成だ。


 ペンを力強く握って、紙に状況を書き出そうとする。が、入れ替わりの核心を突くことが書けない。


 勢い余って、アーノルドに同じ様なことを言おうとした時も同じ現象になったことを聖花は思い出した。何かしらの力が働いているのだろう、と今更ながら確信する。


 そこで聖花は、そのことに触れない範囲で簡易的にまとめることにした。


“                          “

 協力者:アーノルド【森属性】、ダンドール伯爵家(一部)

 敵対者:ヴェルディーレ伯爵家(一部除く?)

  不明:ギルガルド、フェルナン


 状況/・脱獄した罪人(まだ気付かれていない?)

    ・ダンドール伯爵家の養女

    ・協力者とフェルナンに正体がばれている

    ・協力者は恐らく闇属性が目的?

“                          “


 途中まで書いた紙を見て、聖花は再度状況を認識させられる。つまり、彼女の味方はいないに等しいということだ。


 聖花は闇属性の魔術など使えない。そもそも習ってすらいないので使えるかも分からない。

 けれど、恐らく不可能だろう。彼女はそう直感した。


 もしその事が判明したら、少なくともヴィンセントは聖花を切り捨てるだろう。一昨日の狂気を見ればそれは明らかだった。


 アーノルドは…………、まだ聖花には分からなかった。属性目当てなのか、それとも『本当のカナデ』と何かあったのか。

 そんなこと聖花には知る由もないが、彼が最初に助けてくれたのには変わりない事実だ。何か裏があることも。



「……………………………」


 トントンと、机を人差し指で軽くこつく。


 端からそんなこと聖花は覚悟している。けれども、アーノルドが見せた優しさは本物だったと信じたかった。

 あの温もりは嘘ではない、と。


 そこでふと、王宮の塀の上で聞いた声を思い出す。どこか安心できるような馴染みのある声。

 ザックの声?違う。アーノルドの声でもないことは確かだ。


 けれども聖花は、何故かその人()()()理由なく心から信頼出来るような気がしていた。まるで心が操られているかのように。


 兎に角、有耶無耶なことを考えるのは後にしよう。そう思った聖花は別のことに頭を切り替えることにした。

 今、山積みの問題についてだ。



(先ずは、闇属性について調べよう。次に、カナデについて。

 場合によってはどちらを先にしても良いわね)


 紙に書き加えていく。考えるのに夢中で、時間に気を配ることをすっかり忘れている。


(ダンドール家の書庫にはこれといったものが置かれていなかったけれど、闇についての文献は家の何処かに必ずあるはず。

 ……ヴィンセント伯爵の様子を見たら明らかだもの)


 ヴィンセントの異質な様子を思い返して、聖花の背筋が少し震えた。あれは余りに常軌を逸している。


 首を振ってそのことを頭から追い出す。

 扉をノックしている誰かの存在には一向に気が付く様子がない。



(カナデついては…………、どこか違和感がある。

 どこから来たのか、何を企んでいるのかさえ全く掴めない)


 どうやってカナデのことを知るか、暫く頭を悩ませて考える。

 そして彼女は遂に思いついた。案外簡単な話だった。



「お嬢さ………………」


 返事が一向に返ってこないので、止む無く部屋に入った少女が声を掛けようとした。ちょうどその時、



「街を出歩いてみよう」


 聖花がポツリと呟いた。


 少女は、いきなりのことに驚いている。しっかりと聞かれていたのだ。

 勿論、聖花はまだ背後の存在に気が付いていない。だが…、



「街に行かれるのですか?」


「はい。………………え?」


 後ろから聞こえた言葉に返事をしてから、聖花はようやくその存在に気が付いた。

 ただ、若く高い声だったので、明らかにメイド長のものではない。

 更に寝不足気味のこともあり、彼女は幻聴かと疑った。

 

 確認も兼ねて、聖花が恐る恐る振り返る。すると、背後にはメイドらしき少女がひとり立っていた。

 やはり聖花の幻聴などではない。


 その少女からは敵意や悪意が驚くほど感じらず、むしろ尊敬の眼差しを聖花に向けているようにさえ見える。

 気の所為であろうか。と、聖花が少し首を傾げる。



「申し訳ございません。反応がなかったもので、ご勝手ながら入らせて頂きました!

 私の名前はアデルと申します。この度、お嬢様の専属侍女として選ばれました!!

 どうぞよろしくお願いします!!」


 聖花の反応を「誰?」となっているかのように少女は捉えた。

 明るく挨拶をしてから、深々と礼をする。やる気に満ちているようで、熱意が伝わってくる。


 そんなまだまだ微笑ましい少女は、聖花の新しい侍女だった。




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