16.七不思議の怪
この章ラストです。
もう夜の十時半近くになっているということもあり、慌てて靴を履き替えて外に出る。帰りはタクシーだから気軽と言えば気軽なのだが、それでもバイトでもこんな遅い時間に出歩くのは稀だろう。事前に先輩からも説明があり、親にも承諾は得られているのだがちょっと気になってきた。
「女子組はこんな遅い時間になっても大丈夫だったのか? 許しは得られているんだろうけど……」
「何? 今更な質問ね」
正門に向かう道中思わず訊ねてみれば二岡に軽く言い返される。確かにやり終わったあとに訊ねても意味はないだろうけど、なんで軽く嫌味な風に返すんだ。
「先輩から事前に予定時刻は聞いてたし、ちゃんと遅くなることは親に伝えて許可はもらってるわよ」
「私も。部活動のヘルプって説明したら、ただ遊びに行くって言うよりも安心だ、みたいなこと言われたよ? まぁ、内容は調査データの整理って感じに誤魔化しちゃったけど……」
「わ、私もきちんと許可は得ていますので大丈夫ですよ? 帰りはタクシーで送ってもらえると説明したらそれで安心してもらえたみたいで……。一人で帰すのはその、不安らしく……」
三人ともきちんと承諾は得ていると。それはそうなんだろうけど、でも花の女子高生をこんな時間まで出歩かせるのもどうだろうという気持ちはある。俺が気にすることではないだろうけどさ。
朝日が溢したようにタクシーで送ってもらえると言うのが親御さんの警戒心を緩めたのかね。
「そもそもなんでこの三人をオカ研の手伝いに呼んだんですか、会長? 何か接点などはあったんですか?」
俺が女子組を気に掛けたように、美樹本も気になったのか先を行く先輩へと問い掛けた。それも疑問には思っていたんだ。この女子三人を先輩が選んだ理由は一体なんだろうか。
「うん? 人選の理由が気になるかい?」
「それは勿論。僕らはともかく彼女たちはオカ研との関わりが薄いはずですよ。それがなんでいきなりこんな集まりに呼ばれたりしたのか気にならないって方が無理がありますよ」
「それはそうよね。私たちはいきなり先輩に声掛けられてあの部室に連れてかれたんだし、それまでオカ研のオの字も知らなかったのにどうして?とは思ってはいたわ。蘆屋先輩は何故私たちを検証班に誘われたんですか?」
美樹本に続き二岡まで参戦した。部室に連れ込んだのかよ……。先輩は常識があるのかないのかはっきりして欲しいな。
「ふむ。そうか……。まぁ、いずれ本懐を語るつもりではあったんだ。今告げた所で問題はあるまい」
「本懐? ……つまりそれは、彼女たちを誘った理由は今回の検証のためだけではないと言いたいんですか?」
「そう言うことになるね」
あっさりとまだ狙いがあることを認める先輩。今回の検証以外に女子三人に求める何か? 一体なんなんだろうか。
「君たち三人を我が同好会に誘った理由は他にある。今回の検証とはまた別に、どうしても私のオカルト研究という活動に協力してもらいたいことがあってね。それは……」
「それは……?」
勿体振るように間を取る先輩に全員の視線が集まる。美樹本は釣られてごくり、なんて喉鳴らしたりしてるけど、オカルト研究なんて聞かされて急激に心当たりが俺の中で浮上した。嫌な予感バリバリ。
「それはだね。ズバリ! 君たちが今年の春に体験した『縁切りの呪い』に関しての体験レポなのだよ! 現代に息づく縁を切る『呪い』! それと関わりを持った君たちの詳細な報告が私は聞きたいんだ!」
嬉々とした表情で先輩は己の欲望を叫んだ。それまでの冷静沈着な頼れる先輩という仮面は脱ぎ捨てられ、趣味に前振りなオタクの面が表層に出てしまっている。これには二岡を始めとして真剣に耳を傾けていた女子はその豹変振りに背を仰け反らせ、対して美樹本はあからさまに目が死んだ。
「僕らから聞くだけじゃ不満ってことですか……?」
「いや、君たちからの報告だって素晴らしかった! 特に永野君は呪いとの距離も近かったがためにかなり参考となる情報を得られたよ! でもね、やはり知見というものはより多くの意見を合わせることにより、更に詳細に確実性を上げることが出来るものなのだよ! それにはもっと多角的な視点での聞き取りが必要となる訳でね!」
テンション高い。つまり人選に関してはかなり私情が組み込まれていたと、そう言うことだな。欲や私情を抜きに真摯に検証を行っているとか評したのは間違いだったか?
「だからこそ是非とも君たちの真に迫った体験談を聞かせて欲しい!」
「うわぁ……」
「ヒエェ……」
「あ、あまり思い出したくないんですけど……」
女子組に狙いを定めて熱く勧誘している先輩を見ているとなんとも阿呆らしくなってきた。ドン引きで腰が引けてる女子三人を後目にそっぽ向いてため息を吐く。
見直した、なんて言えば偉そうに聞こえるだろうが、しかし真実を追究しそれを過不足なく書き留めることを己の仕事だと言い切った先輩は全く私事が取り払われていていっそ真摯に俺には見えた。徒に亡くなった人間のその凄惨な過去に触れた直後だったからこそ、その真っ直ぐな姿勢には反省と少しの救いも感じたりしたのに、最後の最後で台無しにされてしまって複雑な心境。この先輩は本当にオカルトを研究するのが好きなんだなと改めて実感する。
「……」
複雑な心境になると共にあのトイレでのことも思い出す。あの降霊の最中に起きたこと。懐中電灯を覆った華奢な手。
よくよく思い返せば違和感はそこらにあった。些細なことだから気の所為かと流していたのだが、でも、俺たちが七不思議を回っている最中、ずっとどこかおかしくはあった。気付いたのは踊り場の鏡だ。あの時から、いや、多分最初から俺たちはずっと一人多かった。
ふと背後が気になって振り返る。後ろにあるのは闇に沈んだ校舎だ。明かりも全て消えた校舎は月の白い光に照らされてぼんやりと闇夜に浮き上がるようにしてある。
居並ぶ窓から見える校舎内は、ただでさえ真っ暗な闇が広がっているだろうに、月明かりの所為で影まで出来てここからだと単なる黒色にしか見えない。ぽっかりとそこだけ穴が空いているかのようだ。
目を凝らして眺めるも、そこには謎の光も人影も見えない。人気の感じられない校舎があるだけだ。
何か見えるかも、なんて思ったのはオカ研部室の怪談に引き摺られたからか。先輩から聞いた話にちょっと偶然性を感じてしまったが故だ。
あの女子トイレで懐中電灯を覆った華奢な手。手首から向こうは闇の中だったから全く見えやしなかったが、でもその手首から先だけはしっかりと視界に捉えることが出来た。
一瞬だったが見えたのは白く細い指。覆うためにと緩く曲げられた指先には丸い爪があり、力の込められた手の甲にはうっすらと筋が浮かび上がって手首へと向かう。手首も指同様に細く白く、骨の浮いた関節部から先は制服らしき袖に覆われて、その先は闇に沈んでいて何も見えなかった。
闇からぬっと現れた誰かの手。思えば、その袖口は今の上蔵では見ることのない、セーラー服のものであったのではないだろうか。窄まった先にある固めの輪っか状の袖、黒地に白のラインが二本、確かに走っているのを俺は見た。
俺たちを多分助けてくれたんだと思う、そんなセーラー服を着た誰かと先輩が語る部室に現れるセーラー服の少女。
偶然なんだろうか。なんとなく関係があるような気がした。部室に現れるというなら、それってオカ研の関係者であるんじゃないのか? 後輩の行う調査に着いてきたとしてもおかしくないような気がするのだ。
基準は蘆屋先輩なんだけども、どうにもオカ研関係者は酷く情熱的な人材ばかりが所属しているような印象だ。同好会への降格という憂き目に遭いながら、それでも諦めずに部を存続させ七不思議の七話目というポジションを確立させた初代会長という先例もある。
それこそ、どこかの誰かは実際に怪談の一つとなってこの学校に残っていたっておかしくないんじゃないか? そんな埒もない考えが浮かぶほどには、俺の中でのオカ研関係者はオカルト方面ではなんでもありみたいな印象になっている。聞く逸話聞く逸話がぶっ飛んでる所為だ。今日の集まりでも七不思議と同等か、それ以上の衝撃をオカ研関連の話から受けた。
もし俺たちのやっていることを目撃したのならそりゃ着いてくるのでは? そんな根拠もない予想が頭を巡って仕方なかった。全く俺の妄想ではあるのだけど。
七不思議を全て聞いたら何かが起こる。その逸話とオカ研の怪談を組み合わせれば、それは不可思議なことが起こったとしてもおかしくはないか。噂とも真実とも分からない話がこうも多くこの学校、この土地に流れているのなら、それは先輩や校長が編纂として纏める意義もあるのかもしれない、そう漠然と思った。
後日談であるが、この時の七不思議体験レポートをしっかり七人分受け取った先輩は、それらをきちんと精査したようで擦り合わせを行った結果矛盾を見出してしまったらしい。
『一番始めの美術室では扉が勝手に閉まっているようだね! 能井君の報告では直ぐに逃げ出せるようにと扉は開けたままであったはずが出て行く際には開けている! また、図書室では片付けた覚えのない本が片付いている所から察するに第八人者の存在も確認が取れそうだ! 美樹本君もこれ誰に背を押されたんだい!? 朝日君も永野君も、報告書では君に触れられそうになかったよ! 君たち怪奇現象に見舞われていたんだね! やはり七人で回らせたのは意味があった!』
報告会と銘打った集まりにおいて、そうハイテンションで捲し立てる先輩に、美樹本が意識を飛ばしたのは言うまでもない。
以上で第四章『七不思議』は終了です。
続いて第五章『夏祭り』は19日日曜から連載開始です。




