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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
七章.黄昏時
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6.最終調整とやらかし

 文化祭開催まであと一日と迫っていた。本日は週末の金曜日。明日の土、日が文化祭となる。土曜日は前夜祭で校内開放をするだけで一般人は入ってこない。本番は一般にも開放される日曜日だな。文化祭が終われば後夜祭も行われる予定だ。


 我がクラスでは売り上げ金でパーッと豪遊、なんて夢が語られていたりしたものの、模擬店売り上げは学校に没収されるという非情な現実が担任と実行委員から暴露されて撃沈した。売り上げって生徒の取り分にならないのね、知らんかった。

 少額ではあるがプールされるそうで、それも全員で自販の飲み物買えば消える程度の額だ。本番を前にしてやる気が目減りする事態になってしまったが、女子は思い出作るんだと一丸となって模擬店を成功させることに熱意を見出し、男子は一人でも可愛い子と知り合いになるんだと欲望を滾らせて再度目標を設定し直してた。

 女子と男子の落差よ。まぁ、今更やーめた、なんて放り出さないだけ良かったと言えるか。


 で、金曜日放課後現在、教室の飾りもすっかりとカフェをイメージした内装に変わり、机や椅子もテーブルクロスなどの装飾でパッと見て学校のそれとは分からないようにと必死の誤魔化しが施されている。

 調理ブースもきちんと教室奥に作られた。ガスコンロや各種食器に調理器具などはもう搬入済みだ。食材関係は明日持ち運んでくるということでこの場にはない。保存もしっかりしないと駄目だと指導を受けたからな。一から飲食店を始めることの煩雑さよ。

 届け出や実際の衛生管理などは単なるバイトの身ではそう実感することでもないので、事業主って大変なんだなとそんな毒にも薬にもならない感想しか出ない。


 衣装も作り終わり、嵩原以下のお披露目なんて行われて衣装班の労いがされてる中、俺は何故か家庭科室にてフライパン片手にパンケーキを焼いていた。

 甘やかな匂いが夕日差す家庭科室に満ちるそのガス台前で、同じ調理班の女子がメモ片手に必死にフライパンの中身に視線を送っている。


「なるほど、生地はこのくらいもったりしていた方がいいのね」


「焼き加減は長くなくていいんだ。フツフツって穴が出来たらいいの?」


「引っ繰り返す時が大切なのね。うわー、ふっくら浮き上がった」


 女子の意識は焼かれるパンケーキに釘付けだ。文化祭直前に何をやっているのかというとなんてことはない、肝心のパンケーキ製作練習をすっかり忘れていただけだ。


「……こんな感じに焼き上がる。一応、中まできちんと火は通ってるはずだ」


 いい焼き色の付いたパンケーキを皿に移し、直ぐに真ん中から割って焼き具合も見せる。現れた気泡の入ったうっすらとした黄色い断面から、仄かに湯気が上がった。


「結構短時間なのに中まで火が通ってるんだ」


「卵も牛乳も使ってないのにふわふわ……、色は大分白いけど」


「油とスキムミルクでも結構どうにかなるんだね」


 わーと口を開けて感心した様子で口々に感想を漏らしていく。

 出来たパンケーキは黄色味こそ薄い仕上がりだが、ふわふわとしたパンらしき食感とケーキらしき甘やかさは健在のそれなりなものであると思う。食材に制限が掛かる中、雑賀さんからのアドバイスにネットの情報なども交えてどうにか捻り出したレシピだ。

 濃厚さでは正規のパンケーキに一歩譲るだろうが、本番ではこれにホイップやらソースやら掛けての提供となるのでそうパンチが薄く感じることはないと思われる。女子たちに実食もさせてみたが中々好評だ。


「コツとして生地はあまり混ぜ過ぎないこと。フライパンに落とす前にはしっかりと濡れ布巾で温度を下げておくこと。これやらないと黒焦げになるからな」


「形はどうしても不揃いになるわね。セルクルは使っちゃ駄目なの?」


「あれは時間が掛かるしはっつくから慣れてないならオススメしない。気になるならちょっと弄れ」


「形も大切だけど焼き色もいい感じのを付けたいよね。時間は二分くらい?」


「大きさも小さめだしそんなもんだろうな。片面二分ずつ、弱火でじっくりとな。下手に火力上げれば焦げるから、マジで」


 教えつつ女子たちにも焼かせていく。大体は最初のフライパンの冷やしが甘くて焦げ付かせることが多い。引っ繰り返す際にも上手くいかなくて形が崩れることもままあった。膨らみは上々なので、最悪歪な円でもどうにか誤魔化せるだろうか。


「む、難しい……」


「そう構えることもないけど。とにかく最初の温度を下げる工程と焼き時間さえ守ってくれたら食えない物は出来ないはずだ。卵入ってないから多少焼き過ぎても焼き色は誤魔化せるかもしれない」


「そ、それはいいのかなぁ……?」


 能井さんも奮闘している。別に全員が全員パンケーキ焼けなくたっていいんだけど。飾り付けや飲み物班もいなくちゃ駄目だからなぁ。


「すっごい良い匂いしてる……」


「どう? 練習捗ってる?」


 わーわーやりながら何枚ものパンケーキを量産していれば教室に残ってた奴らが来た。給仕班と衣装班の面々で、つまりは嵩原以下もいる。ひょっこりと掛けられた声に顔を上げた調理班女子が黄色い悲鳴上げた。


「衣装着て来たのかよ」


「宣伝も兼ねてね」


 嵩原が含み笑いして言ってくる。家庭科室にどやどややって来た集団の一部、まぁ給仕班だな、は出来上がったばかりのカフェ風衣装を揃って着ていた。

 男子も女子もお揃いの縦ストライプのグレーのシャツにダークカーキ色のソムリエエプロンを巻いている。男子はズボン、女子はスカートとそれぞれ下は黒で纏めてあった。

 喉元にはエプロンと同じ色のスカーフなんて巻いてお洒落感出してたりするし、衣装班の拘りと努力が透けて見える仕上がり具合だ。


「衣装は当日まで隠そうかって意見もあったんだけどね。折角なら前日に軽くお披露目して宣伝しておこうって嵩原が」


「なんかめっちゃ声掛けられた。別にこっちから何やる!って言った訳でもねぇんだけど」


 苦笑して美樹本が補足を入れてそれに桧山も追随する。二人も衣装をばっちり決めている。美形がピシッと制服以外の格好してるんだ、そりゃ衆目だって集めたんじゃないのかね。嵩原とかタッパもあるから不本意だけども恐ろしく似合ってる。


 宣伝兼ねて、と言うが道中どれほど目立っていたのかなんてわざわざ想像する必要もないだろう。一緒に来た女子と調理班女子を見れば大体の反応は窺い知れた。皆キャーキャー言いながら三人に視線集中させてるからな。

 火を扱ってる最中だから目を離すならせめて消して欲しい所。あ、能井さんまでぽうっとなってるわ。駄目だなこれは。


「何? 賑やかしに来たのか?」


 すっかり料理の練習という空気がなくなったことで軽く文句ぶつけてみた。よく見りゃ廊下でも、家庭科部で居残ってた連中も皆こっち見て騒いでるよ。軽いテロ行為じゃね、これ。


「いや違う違う。もうやることも粗方終わったから永野の方はどうだろうって様子見に来たの」


「そのついでに宣伝だね」


「めっちゃ良い匂い! 腹減った!」


 自由か桧山こいつ。まぁ、来られちゃ仕方ない。パンケーキも増えていくばかりで減ることがなかったから処理してもらおう。量の加減とか意見を募りたくもあったんだし。


 という訳で俺らクラスの奴らとついでに使用させてもらってるからと家庭科部の部員にも山となってたパンケーキを振る舞う。焼き立てでふわふわのパンケーキはさぞやこの時間の空きっ腹を刺激することだろう。

 生憎とデコ材料なんて一切ないからプレーンにもほどがあるパンケーキとなるが、皆そんなの関係ないと言わんばかりに食い付いてる。特に桧山。両手に鷲掴んで食べるとかわんぱくか。


「うまい!」


「そりゃ良かった……。いやあんまがっつくな。折角の衣装が食べカスで汚れる」


「まだバターやシロップの類がなくて良かったかな? それ本番で着るんだから汚しちゃ駄目だよ、桧山」


「うまい! ハチミツ塗りたい!」


「教室に置いといた方が亨のは都合がいいかもね」


「……持ち帰らせてもシワが付くだけか……」


 直ぐ傍で散々な評価されてるのにさっぱり気にも留めず桧山はパンケーキ食べるのに夢中だ。中には焦げてる奴もあるだろうに、気にせず食べてる。


「……桧山君に衣装着せてきたのは失敗だったかしら……」


「わ、私は見られて凄く嬉しい、よ?」


 男ばかりが集まってる一角に二岡、能井さんもちゃっかりと混ざっていた。二岡は能井さんに着いてきた感じだがな。

 次々に桧山がパンケーキ頬張るのも能井さんのアシストのおかげなのだが、だからって食わせ過ぎじゃね? 自分の焼いた物を食べてもらいたいっていう気持ちがそうさせてるんだとは思うけども。


 二岡も給仕班なために衣装を着てきている。元から美形で大人びた雰囲気があるために仕事着も似合ってるな。嵩原と並べばモデルとして宣伝広告にも載れそう。


「何よ。なんか文句でもあるの?」


 じっと見てたら顰めっ面返された。なんか二岡の奴、家庭科室に来た時から不機嫌なんだよな。いつもより愛想がないというか。能井さんへは対応も柔らかであったのに対して俺への当たりが強い。


「別に。ただばっちり衣装決めてる奴が食べる専門になってるんだなって思っただけだ」


「……ふん」


 ほら、今も鼻鳴らされた。俺何か怒らせるようなことしたか? ぷいとそっぽ向かれるその態度の訳が全く分からなくて困惑する。


「えー、それでどう? 料理の方は上手くいきそう?」


 見兼ねたと言わんばかりに美樹本が話振ってきた。こうなったらあまり二岡には触れない方がいいだろうな。触らぬ神になんとやらだ。


「どうにかだな。そんな複雑な手順組んでないし、生焼けさえ注意すれば問題はないはずだ」


「これ見ると確かに大丈夫そう? いろいろ難産だったって聞いてるけど美味しいね」


「素朴だよね。一皿千円とかするものに比べれば大分あっさりだ」


「二百円で売り出そうってのに同列で語るんじゃねぇ。こっちは焼き立ての香りとふわふわ食感で勝負すんだよ。あとアレンジ」


「焼き立てはいいな! これにバター乗っけてハチミツ掛けた奴なら無限に食えそう!」


「梓ちゃんも、どうかな? やっぱり物足りなく感じたりする?」


「ん……、これ単体だとそうね。でもホイップクリーム添えたりチョコソース掛けたりするんでしょ? それなら丁度いいかもしれないわね。口当たりが軽いから他の模擬店のご飯を食べていてもお腹に入りそうだわ」


 試食を重ねながら意見を聞いていく。ついでに紅茶とコーヒーも入れるか。パンケーキは単独でも注文は出来るが基本は飲み物と一緒の販売を予定している。飲み物との取り合わせについても最終合わせはしときたい所。


「そうしてると様になるよね。調理班の分のエプロンも間に合って良かった」


 コーヒー入れるためにざかざかやってたら美樹本から褒められた。俺ら調理班も給仕班と揃いのエプロンを着けることとなってる。まさかバイト先でも着たことないギャルソンスタイルになるとは思いもしなかったわ。


「お前らと違ってこっちは制服に直着だけどな。真面目に調理するなら正直もうちょっと布面積は欲しい所なんだけど」


 ちょっとした不満溢しつつコーヒー粉をフィルターに適量入れてお湯をゆっくり注ぐ。感想聞きたいから全員分入れてる。まぁ、正直単なるおやつの時間になってきてる感は否めないが。


「うわ、ちゃんとコーヒー入れてる」


「なんで俺軽く引かれたの?」


「手間と費用掛からない? インスタントでやればいいだろうに」


「料理にあまり手間掛けられなかったからせめて飲み物だけはしっかり入れるってことになってんだよ。紅茶だってちゃんと茶葉から入れるぞ」


「俺牛乳がいい」


「自販ででも買ってこいや」


「まぁ、ペットボトルの奴を使い回すよりかは味があるか。良い香りがしてる」


「ポットも用意したんだね。茶葉がクルクル回っててスノードームみたいだ」


「やっぱり入れ立ては風味の点から言って格別だからな。その分一個一個時間が掛かるが。出来れば客も一度にどかって感じには来て欲しくはないな」


 紅茶は女子が頑張ってる。雑賀さんからレクチャー受けてやる気に逸ってんだよな。ま、せめてもの拘りだ。

 流石に豆を引いて入れるなんて手間までは掛けられないから市販のコーヒー粉だが、それでも丁寧に入れていけばあっという間にコーヒーの芳しい香りが家庭科室内に漂い出す。学校でコーヒーの香りとなると職員室を連想するのがちょっとだけ台なしだが。


 電動ポットは用意出来たんでお湯の生成は手間取らない。ただ、コーヒーも紅茶も出来上がりに数分は掛かるから客が多いとそこがネックになる。

 こいつらが宣伝も掛けたんだし閑古鳥はないと思うが、それでも大繁盛とかは正直止めて欲しい。模擬店やるって人間の感想ではないけど。


「そんな真人に残念なお知らせー。少なくとも明日の校内開放はとんでもない混雑が予想されそう」


「え」


「ああ、うん……。校内の様子を見るにそんな感じするよね」


 驚きの声上げれば美樹本がげんなりとした様子で補足する。

 どういうことだと話を聞けば、宣伝効果が思いの外発揮されてしまったのだとか。


「宣伝のつもりではあったんだよ? 実際にはこんな感じで給仕をしますってちょっとしたお知らせのつもりで校舎を回ったんだけどさ、想像よりも反応が頗る良かった☆」


「当初の狙いは口コミで僕らの模擬店の話が広まればいいかなってくらいだったんだ。そしたらあっという間に女子に囲まれてね……。皆「明日絶対行く!」って宣言までかましてきてね……。うん、来てくれるのは嬉しいんだけど、軽く交通障害起こるくらいの人数が集まって来ちゃってさ……」


 はは、と乾いた笑いが美樹本の口から溢れる。待って。ねぇ待って。お前らどれだけ女子共釣って来たの? 交通障害って何。つまり団子にでもなったのかよ。


「あれは……、そうね。大変なことになってたわね。次々に女子が集まってくるんだもの、まさか渡り通路前で立ち往生になるとは思わなかったわ」


「あ、梓ちゃん……、凄く遠くを見つめてるみたいだけど、だ、大丈夫……?」


「これだけは言えるわ。交通整理、大事。列整理の人員を用意しておくようにと指導した学校側は先見の明があったのよ」


 二岡の反応さえも不穏なもの孕んでる。待て。マジで待て。直前で一体何をやらかしてくれてんだこいつら。飲食店ってのは来訪人数をシミュレートして、そこから仕入れや店員のシフト調整なんかを綿密に行う業種なんだけど!?


「なので恐らくだけどもとんでもない混雑になるんじゃないかと思われます。頑張って、調理班」


「頑張ってじゃねぇよ。お前ら何やってんの?」


「全ては例年以上に盛り上がってる我が文化祭が問題なだけだよ。出店率本当高いから。一部の躁な人間に引っ張られでもしたのか全体的にテンション上がってるみたいなんだよね。それこそ、学校全体でお祭りやるって意気込みが溢れ返ってる感じ?」


 正にどこぞの夏祭り染みて来てんじゃん。これ、ちょっと見直しが必要になるか? 少なくとも材料は追加発注しとかないと拙いか。何こんな直前に仕事増やすような真似してくれてんだこいつらぁぁ。


「永野、おかわり! 今度はでっかく焼いてくれ!」


 桧山は桧山で我関せずとパンケーキのおかわりを求めてきた。こいつも原因の一人ではあるはずなんだけどなぁぁ。



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