7.文化祭当日(前夜祭)
文化祭当日。給仕班のやらかしにより急遽手配やら何やらとバタバタ動く羽目になってから一夜明け、土曜日の本日は抜けるような晴れ空に見舞われることとなった。透けるように高い青空は秋特有の空模様だよな。
本日は前夜祭として、午前は体育館に全校生徒が集まっていろいろなイベントやら発表やらを見学する。校内開放は午後からだ。
体育館のステージを使い、部活動や有志による様々なパフォーマンスが行われる予定だ。模擬店などと違いこの時にだけの発表も中にはあるとか。
現在朝の八時過ぎ、そこから正午まで前夜祭に充てているんだから、中身の充実っぷりはなんとなく察せられるというもの。
喫茶店風に様変わりした教室内にて思い思いに文化祭始まりのその時を今か今かとクラスメートの皆も待っていた。
「いよいよかー」
「ドキドキするね」
「さて、どうなることだか」
俺たちもそれは変わらない。嵩原だけは泰然としているが多分格好付けてるだけだろ。模擬店成功の要はこの男に間違いないんだし、そこそこにはプレッシャーを感じてるはずだ、多分。
そうこうしている間に校内放送が流れ体育館への移動が始まった。ぞろぞろと教室を出れば廊下もまた生徒でごった返している。視界を埋め尽くす多数の顔に共通するのは期待に逸る明るい面差しか。
「前夜祭って何やるんだろうな?」
「分かってるのは合唱とか軽音部のライブとか。ダンスの個人発表もあるみたいだね」
移動中、わくわくとした気持ちを抑え切れないらしい桧山に美樹本が答えてる。結構な団体がステージ発表に名乗りを上げたとか俺も聞いた。
これも今年の盛り上がりに拠る所かもな。文化祭でのステージパフォーマンスってそんなに生徒が逸って参加しようとかしないもんだし。
「楽しみだー」なんて素直な感想を横目に、もう既に喧騒著しい体育館に入って並べられたパイプ椅子に腰を下ろす。全校生徒揃い踏みと言うことで広い体育館も今日はパンパンだ。
三学年全クラスが集まる頃には軽く熱気が籠もるくらいには人の発する熱で以て体育館も温まっていた。
生徒が揃ったということで早速と前夜祭開幕の宣言がなされた。
文化祭については学校の文化レベルの発表の場であると同時に、生徒が主体となって執り行う祭りとも認識されてるのでこの時から司会進行、並びに文化祭の運営は生徒に委ねられる。中心に立つのは生徒会と実行委員会の面々だ。司会役の生徒の声が体育館中に響いた。
『それではこれより、第六十三回上蔵高等学校文化祭、蔵出祭を始めたいと思います』
宣言がなされたと同時に体育館の照明がパッと落とされる。軽い悲鳴とざわめきが体育館にて巻き起こる中、ステージ奥に提げられてるスクリーンにプロジェクターが映し出された。
司会の説明によれば、これから生徒会並びに実行委員会で作成したという広告用の映像を流すとのこと。なんでも学校のWebサイトにて宣伝として掲載した映像なんだとか。いつの間にそんなの作ってたんだ?
スクリーン上でカウントダウンがなされ、そしてパッと映像が切り替わる。
始まりは映画タイトルのような『蔵出祭』の名称の打ち出し。背後に荒波を幻視しそうな演出のあと、文字による文化祭への言及が細かく次々に表示されていく。黒の背景に白字で『伝統の行事』だとか『全生徒が一丸となって執り行う』とかの軽い説明文のあとに動画が続いた。
こっちは一転して生徒が次々にミステリー調で『今年の上蔵は違う』と一言残していくのが実に茶番。勿体振った演出であって中々その違いに触れない……、あ、なんか急に銀色の物体が画面に現れて炎吹き出して飛ぶ……、マジか! マジで『ロケットエンジン』の煽り使ってる! だっさ! 盛るにしたってもっと他にいいスローガンあっただろ絶対!
一通り煽りに煽ったあとには文化祭の準備中の写真がスライドして流れていった。どれも活発に準備に励む生徒ばかりが映っていて、さっきの要らないロケットの演出を帳消しにするくらいには盛り上がってる雰囲気がまざまざと感じられる。
皆笑顔で楽しそう……、待て、待て見知った顔写った。見知った顔が見慣れない格好して営業スマイル浮かべてる写真が最後に写った! これ昨日の給仕班宣伝行脚の時の写真だろ! 嵩原、美樹本、桧山のカフェスタイル三人が最後に堂々と晒されたんだけど!?
「キャーッ!」て黄色い悲鳴で体育館が一気に湧いた。喧騒凄まじいんだけど。美樹本の顔は若干引き攣ってるけども、桧山は溌剌とした笑顔だし嵩原は自身の写りを完璧に把握した笑み浮かべてるからそりゃ女子に効果は抜群だろう。もう動画終わりらしく次への写真に切り換えずに表示させ続けているから騒ぎが全く治まらない。
これ、やったな? 生徒会以下やらかしたな? 宣伝のために三人を利用しやがったな? おかげでこのあとの模擬店が不安で仕方なくなったぞ。
最後に文化祭の日付と「お待ちしてます」的な挨拶文映し出して宣伝動画は終了した。パッと明かりも戻るがざわつきは治まらない。まだ開幕だってのに、いきなりエンジン全開にさせてどうすんだよ生徒会並びに実行委員会は。
『えー、以上が今年度蔵出祭の宣伝動画になります。学校のWebサイトにて来月末までご鑑賞頂けますので、気になる方はご自宅ででもあとで見てください。……続きまして、学校長からのご挨拶です……』
黄色い悲鳴で騒々しい体育館に司会進行が空しく響く。周囲からは「写真欲しい」なんて意見も聞こえていて、あとでサイトへのアクセスが酷いことになるのが決定付けられた。
アクセス過多で重くなるサーバーと、同じく人で一杯になるだろう我がクラスの未来を憂いるばかりに学校長の挨拶は右から左に抜けてって何言ってたのかも記憶にない。気付いたら終わってた。まぁ、大多数の女子も似たような感じなんじゃないかね。
熱狂の炎が燻るが本番はこれからだ。どこかからノリのいいBGMが流れてくる。ビート刻む曲に合わせ、意気揚々とした司会のアナウンスが体育館に木霊した。
『金言なるお言葉も頂きまして、それではいよいよステージ発表に移りたいと思います! この時を待っていたと言わんばかりに日々研鑽を積み重ね、いざ発表の場は整ったと名乗りを上げた格団体による精一杯の青春アピール! どうか皆様お楽しみください!』
宣言と同時にわーっと喝采が方々から上がる。仕込みかな? 司会の煽りが褒めてるのか貶してるのか皮肉ってんのか微妙なラインなのにツッコミも特にないし。でも動画の時から熱が燻ってた生徒は仕込みの煽りに促されて一緒に歓声を上げる。極まるのが早い。
宣伝映像の所為で周囲とは反対に盛下がってしまってはいるけども、しかし事前の評判からステージ発表への期待は一応俺もしてる。あとのことを思うとついため息が溢れそうになるが、ここはもう逃避して目の前のもの楽しむべきか。
『まずは前夜祭開幕を祝う前座! 二学年男子四名によるダンスパフォーマンスをお楽しみください!』
一番手が紹介されて颯爽と四人の男子生徒がステージに上がる。てか前座て。酷い紹介文もあったもんだが気にせずに曲が切り替わりパフォーマンスが始まる。舞台上の四人の知り合いなのか、囃し立てる声や口笛なんかがそこかしこから放たれて、多くの生徒の歓声と共に前夜祭のプログラムはこうして始まった。
有志によるダンスパフォーマンスに軽音部によるライブといった派手な演目が行われる一方、合唱やハンドベル演奏など賑やかとはまた違った演目が続く。
中には漫才やジャグリング披露する芸達者な生徒もいて、笑いや煽りなんかでも体育館の空気はどんどんと加熱されていった。
気付けば時刻も正午近くになっている。あっという間に数時間が吹っ飛んだな。一瞬だと思えるのはそれだけ楽しんだ証拠か。中には当然だだ滑りした団体もあったのだが、それさえ弄りの対象として観客からの野次が飛ぶだけで高められた生徒の熱が下がることがなかった。
皆心から前夜祭の盛り上がりを楽しみ、そしてテンションも下がらないままに最後の演目が終わろうとしていた。
最後の演目は吹奏楽部による独断と偏見の文化祭に似合う楽曲メドレー、それにダンスを添えて、だ。有名曲のサビ部分を器用に繋げて一つの楽曲にして、合わせてテイストの違うダンスを吹奏楽部男子が踊っていくというスタイル。目でも耳でも楽しい仕上がりになっていて盛り上がること盛り上がること。正にトリに相応しい演目だった。
一体どれだけ練習したんだろうな? 放課後に練習だろう音楽が聞こえてくることもあったが、ここまで立派なものではなかったはずなんだけど。
『以上で第六十三回蔵出祭前夜祭の演目は終了です! 最後に我ら文化祭実行委員会より代表して生徒会長から挨拶があります!』
大盛況なままでの幕引きに余韻に浸る生徒が大多数の中、締めの挨拶なのかそうやって生徒会長がステージに上がった。
『えー、皆様如何だったでしょうか? 数多くの有志、団体の協力の元に実現出来たステージを心から楽しんでもらえたのなら幸いです』
マイク片手に飄々と語る生徒会長(男子)に肯定の声がそこかしこから届けられる。最早無礼講に等しい。
ま、パフォーマンス始まった時点で厳かな雰囲気なんてどっかに消えていたけどな。
『ありがとう。時間を見付けては練習に励んでいた出演者の苦労が浮かばれる答えです。さて、我々実行委員会の目論見通りに盛り上がった前夜祭ですが、皆様忘れてはいけませんよ? 本番はこれからです』
その一言にざわわと喧騒が沸き起こる。そう、あくまでこれは前夜祭、文化祭本番とは違うんだよな。それも忘れて満足したみたいな空気が漂っているのが、今年のステージパフォーマンスの凄さというか。
『我らの組み上げたプログラムは盛大でしたか? 近年稀に見る素晴らしい出来でしたか? もうこれが祭りの締めでいいやとか考えましたか? それは勿体ない。なんせ祭りの本番はこれからです。我々のプログラムはあくまで前座。これ以上に盛り上がるだろう本番の舞台を温めるための前振りを自認しているのです。今年の上蔵は違う。学校全体で全力でこの文化祭、正式名称蔵出祭を打ち上げようとしている。そう感じたからこその全力の前夜祭なんです。これがこの祭りのピーク? まさか、そんなつまらないことは言いませんよね?』
そう言って挑発的に笑う。力入ってんなと感じてはいたが、前夜祭も生徒の盛り上がりっぷりに感化されての力み様だったのか。
結果として本当に心の底から楽しめるものになったんだ、やる気があるかないかって大分成果に影響するとまざまざ証明されたな。
会長の煽りに一部からブーイングが飛んでる。やる気に逸る男子勢がどうやら負けん気を出してきたらしい。反抗されることを想定、というより望んでいたのか、ステージ上の会長は軽く躱して笑ってみせた。
『はい。我々も本番はこんなものじゃない、ステージに収まる、吹奏楽部には下にも出張して演奏してもらいましたけど、全校生徒でもほんの一部にしか過ぎない我々以上の人数で行われる祭りは、きっともっと素晴らしく楽しいものになると信じています! 生徒が一丸となり造り上げた後にも先にもない今年だけの祭り、我々の全力を投入した文化祭を皆で盛大に打ち上げましょう!』
吼えるように掛けられた激励に盛大な歓声が答えとして返された。マジで盛大。空気がビリビリ震えてる。体育館も揺れてる気がする。
ただでさえやる気に満ち、更に前夜祭の演目で上がっていた生徒のテンションが多分これで天元突破したと思われる。これも会長並びに実行委員会の狙いなんだろうか。
『ありがとう! 乗ってくれて本当にありがとう! 締めの言葉はこれで終わりにしよう! 前夜祭は以上です! さあ、皆楽しもうか!』
前夜祭の終了が宣言されて文化祭開始の合図がなされる。それは一つのファンファーレ。まだ撤収してなかった吹奏楽部による高らかなトランペットの高音のあと、パレード好きなら乗らないはずのない電飾的なパレード曲が奏でられた。これ退場BGMってこと? 突然の夢の国音楽に熱気が笑いに変わった。
吹奏楽部の演奏によるパレードに合わせて続々と生徒が退場していく。本当に厳かな学校行事といった面はどっかに立ち消えたなぁ。
「凄かったね。どれも凄くクオリティ高かったよ」
体育館を出ればもう隊列やら何やら気にする必要はないと、生徒は思い思いにばらけて廊下を行ってる。俺たちも気付けばいつもの面子で集まってた。
廊下を人波に紛れながらノロノロ進んでいれば、美樹本が興奮にうっすら頬を赤くしながら感想を漏らす。
「あんまりなあなあな空気にならなかったのが驚きだよ。生徒会長の言う通り皆力を入れてこの日を迎えたみたいだったね」
「皆面白かった! 楽しかったなー!」
珍しく嵩原の奴までご満悦の様子。桧山は遊園地にはしゃぐ子供のようなテンションの高さで頻りに楽しかったを連発している。立派なステージだったからな。気持ちは分かる。
「だよね。生徒会長も凄く力の入った挨拶だったよね。おかげで皆のやる気も上がってたよ」
「前夜祭に掛けた力の入りようからも、この文化祭を絶対に成功させるっていう気概が感じられたね。まぁ、文化祭で一番走り回ってるのは誰かって言ったらそれは裏方になる各実行委員会の面々だろうしね」
「調整やら何やらでも苦労したんだろうね」
「苦労した分は元を取るという精神か?」
「穿った見方だろうけど、そんな思惑が欠片もない、てことは多分ないだろうねぇ」
多少の皮肉を混ぜてしまったが、それでもあの会長を始めとした実行委員会の連中が文化祭成立のために奔走したというのは理解はしているつもりだ。
なんせ参加団体の統率だけでも大変な重労働だったことは想像に難くないからな。下手に夏祭りの手伝いなんて参加した身だから分かる。イベントって参加者が増えれば増えるだけ面倒が嵩むものなんだ。
「俺らももっともっと文化祭楽しもうな!」
「そうだね。前夜祭が一番盛り上がった、なんてなったら一応参加団体なのにちょっと情けないしね。僕らも喫茶店頑張ろうか」
テンション高い桧山に合わせて美樹本が気負った意見を述べる。生徒会長の煽りに感化された面もあるのかね。まぁ、その一言はやぶ蛇以外の何者でもないと思うけど。
ちょっと前にどんなサプライズあったのか忘れでもしたか? 俺らの喫茶店、大分厄介なことになりそうな未来が見えてるんだが。多分アルカイックスマイル浮かべて黙ってる嵩原だけは、その惨状が目に見えているんだろうなぁ。
あー、教室になんて戻らないでこのまま逃亡したい。これから地獄へと立ち向かわねばならないのかと想像して重いため息が口から溢れ落ちた。




