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高校生男子による怪異探訪  作者: 沢満
七章.黄昏時
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2.難航の話し合い

 一先ずなんの捻りもなく『喫茶店』をやるぞという大まかな方向性は定められた。続いてより具体的な話し合いになる。メニューはなんだ、衣装はどうするか。担当する係はどうするといったより実務的な話だな。


「とりあえず名前の挙がった三人は給仕役で」


「「「異論なし」」」


 女子の圧力が強い。盛大に自爆した菊池・佐伯コンビには男子勢から厚い同情が寄せられているが、これ嵩原たちも被害者と言えなくもなくない?

 何せこれまで意見らしい意見をなんら告げてないのに一方的に渦中に放り込まれて役職も勝手に決められってしてる。団体行動って多数の意見に流されることを言うんだっけ?


「衣装どうしよっか? やっぱり手作り?」


「喫茶店っていうかお洒落なカフェ衣装ならそんなに手間も掛からなそうだよね。ギャルソンエプロンとか凄く雰囲気出ると思うし」


「とりあえず役割分担だけでも目処立てて、人数確定させてからじゃないと衣裳も用意出来ないよね?」


「役割分担って喫茶店やるならどんな役目が必要になるかな?」


 ワイワイと活発に意見が交わされる。主に女子の間で。菊池が嘆いていたようにもう男子はオマケ的なものになってるのかもしれない。この亀裂は正直よろしくないと思う。話に着いていけなくて動きの鈍い男子に女子が怒鳴り散らす画がまざまざと脳裏に浮かぶ。

 進行役男子もそれを懸念したか、個々人で好き勝手話し合う女子を手を叩いて黙らせると声を張り上げた。


「えー、飲食店やるなら最初に配ったプリントにもあるようにいろいろとルールを守ることになります。どんな店にするか、どんなメニューにするかはそのルールに則した形で決めないと委員会の方で弾かれちゃうのでよく話し合ってー」


 配った紙をぴらぴら見せながらの発言に皆手元に視線を落とす。学校行事だから致し方ない面もあるのかもしれないが、記載されたルールは中々に厳しい。機材に食材の制限もあってこれだと好き勝手に店をやるとはいかないのは簡単に想像付く。


「わ、これメニュー制限されるね」


「喫茶店なら洋食にお菓子にドリンク……? 食材も結構制限入ってる!」


「電力も少なくない? 電子レンジってこれ使える?」


「えー、なんか難しそうー」


「とりあえず役割分担だけ決めちゃおうか?」


 改めて条件を確認して不満の声も上がる中、どうにか出し物をする上での役職を大まかに四つに別けた。調理班、給仕班、衣装班に雑用だ。

 呼んで字の如くの役割分担で、この四つの班にそれぞれ所属して出し物の運営を担うこととなった。まずは一歩前進か。


「えー、それじゃそれぞれどの役職やりたいか、決採りたいんだけど」


 さくさくと決められる。手を挙げてどれやりたいと人数を確認していく。嵩原たちも勝手に給仕班にさせられ、女子は調理、給仕、衣装と三つに見事に別れた。

 残る雑用に男子が集中することになったが、雑用って買い出しやら内装やらと体力が求められるものだから不都合でもあるまい。俺も無難に雑用にした。


「雑用多いなー。調理、は無理でも給仕の方にいかない?」


「嵩原たちと見比べられるのに?」


「いや気持ちは分かるけど、交代要員は最低限いないと駄目じゃね? ずっと出突っ張りなの?」


「それ言ったら調理班もじゃない? もしお客さんが殺到したら一番にパンクするの調理班だと思うし」


 すんなり分担も済んだかと思えば待ったが掛けられた。衣装班は当日までが地獄だが文化祭始まったらもうほぼ役目は終わってるし、それに比べて当日からが忙しくなる二つの役職はやっぱりもうちょっと人員いた方がいいって話になるよな。今の所それぞれ十も人が割り振られてない。


「調理かー。メニュー次第では少人数でもどうにかはなりそう?」


「既製品温めて出すなら手間は掛からないよね?」


「えー、折角なら手作りやらない? 出来合いの物そのままポンは味気ないよー」


「でも人様に出せる料理作れるかな? 喫茶店やるならやっぱりそれっぽい物じゃないと駄目だよね」


 ああ、会議が紛糾してる。やはりネックはメニューだよな。オーブンやら何やら使い放題ならまだやりようもあっただろうが、学校側から課せられたルールを遵守すると本当に手札が限られてしまう。喫茶店っぽいメニューを採用するなら工夫が必要だろうな。

 幾つか思い浮かぶメニューはあれど、実際に口に出して言いはしない。衛生面、設備面で厳しいこんな教室なんかで売り物なんて作りたくもないからな。雑用係として校内、校外走り回る方がまだましだ。


「なー、永野ー」


 そうやって沈黙は金なりとばかりに事の推移を見守っていれば、少し離れた席から桧山の奴が話し掛けてきた。

 一、二列とそこそこ距離が離れてるってのにおかまいなしだ。多分凄く気になる疑問でも急に湧いたんだろ。

 桧山はマイペース過ぎるきらいがあるから、この雑然とした空気なら話し掛けてもいいとか思ったに違いない。一応授業の一環ではあるんだが。


 周囲の奴らもなんだと桧山に目を向けてる。流石に遠慮はあったか、教室中に轟く大声などではなかったので桧山と俺周辺が意識向けたくらいだ。それでも数人はこちらの様子を窺ってるし注目も集めてる。


「なんだ桧山。あんまり騒ぐな」


「永野お菓子作れるんだよなー、確か」


 諫めるこちらの台詞をぶった切り、桧山は堂々とそう口にした。張りのある通る声が喧騒溢れる教室内で響く。斜め前からぶっと吹き出す声が聞こえた。


「はっ!?」


「夏祭りん時言ってたじゃん。喫茶店のバイトでいろいろ作ってるって。そう言えばまだ食べに行ってなかったなーってお菓子云々で急に思い出した」


 素っ頓狂な声上げた俺を気にすることなく笑顔で桧山は暴露を続ける。ワハハなんて快活に笑うが、ちょっと待てなんでこのタイミングでそれ話す!? 夏祭りってもう二ヶ月も前の話じゃん!


「いやちょっと待て」


「確かパンケーキ、だっけ? 永野それ作れるんだよな。今度食べに行くから! 貢献するって話もすっかり忘れてた、ごめん」


 必死に止めようと中腰になったけど、口を塞ぎに行くよりも早く桧山の奴はざらざらとよろしくない情報漏らし尽くしやがった。

 なんでここで思い出してそしてこんな時ばかり明瞭に覚えているこの野郎。俺そんなこと言ってたか? 貢献云々は確かに言ってたような気はなんとなくするけども、具体的な料理名とか何それ! 選りに選ってなんでここでパンケーキなんて出した桧山ぁ!


 気付けば喧騒が治まっている。あれほど侃々諤々と交わされていた話し声が今やピタリと止まっていた。振り向きたくないなー。なんかいろいろ視線が注がれてる気がするけど、俺正面見たくないなー。誰とも目線なんて合わせたくないなー。


「永野」


 必死に顔逸らせて知らない振りしてるのに名前呼んでくるな。そっと視線も落として聞こえない振りを継続させる。でも正直無駄な足掻きかもしれない。だって視界の端にこっち向いてる爪先があるんだもの。


 急に肩ポンされる。そこまでされて気付かない振りを継続することも難しい。嫌々上げた顔のその向こうには、いい笑顔浮かべる実行委員男子が突っ立って俺を見下ろしていた。


「お前調理班な。いいよな」


 拒否権なんて一切認めないと、その問い掛けてるはずなのに断定口調が宣言してる。拒否なんて出来やしないけど。だってこいつの背後からこちらを覗く女子たちは、揃いも揃って真顔なんだ。その魚みたいに開いた眼が「断らないよな?」と俺に無言のプレッシャー掛けてる。


「……おう」


 多数決の不公平。嵩原たちへ憐憫の念を送ったのも記憶に新しいその無情な仕組みに、何故か俺まで巻き込まれることとなってしまった。




「そう言えば届け出出してたな」


 一応はと俺が本当に喫茶店でバイトをしているのか、事の真偽を確認しに掛かった実行委員と一部女子の思惑は担任による情報提供であっさりと達成された。証言に桧山並びいつもの面子が立ち会ったことで俺は晴れて正式に調理班に回されることになったよちくしょう。

 バイトしてることも公にされたし、やりたくもない係に任命されたりと踏んだり蹴ったり過ぎる。この恨みは深いぞ、桧山。


 どずーんと自席で沈み込んでいる最中も話し合いは続けられ、一先ず割り振りも決まった所で時間切れとなった。

 今日の話し合いを草稿として纏め、後日今度はより具体的に、主に飲食物の提供スタイルやメニューの設定等を行うと決めた。それが肝心じゃないですかねぇ? 経験者として期待されてるっぽい空気からしてもう嫌な予感しかしない。


 その予感は数日後、また取られた話し合いの時間によって気の所為でなかったと証明がなされた。


「やっぱりこう、可愛らしい見た目とか、手が込んでる系とかが絶対受けるって!」


「お洒落なカフェのメニュー参考にしない? パスタとか、デミオムとか凄くそれっぽいよ?」


「ラテアートもお洒落じゃない? 可愛い模様書けたらそれだけでも人気出そうだよ」


 本日はそれぞれの班に別れて詳細を詰めていく。担当である程度話を纏めて、そして全体で調整を行っていくってのは効率的でいいとは思う。

 その所為で俺だけ女子の只中にぽつんとぼっち決めることになろうとももう役割分担はなされたあとだ、今更ぐだぐだ文句なんて言わない。言わないけど肩身は狭い。


「あはは……。大丈夫永野君?」


 居心地悪く押し黙っていれば能井さんに気遣われた。彼女も調理班に入っている。男子ぼっちだけど能井さんが一緒の班だからまだ良かった。優しく気遣いしいの能井さんのことだから、多分これから先も何度となく女子との掛け合いの際には助け船を出してくれることと思う。

 ちなみに二岡は給仕班だ。あいつはテキパキとしてるし見た目もいいから適任だろうなぁ。


「居心地悪い」


「男子一人だもんね。桧山君たちも皆給仕係になっちゃったし」


「あれはもうしょうがない。あいつらも選択肢はなかった訳だし」


「あはは……、で、でもウェイター姿見たかったから仕方ない、よね?」


 暗に女子の圧力を口にすればそっと視線が逸らされる。ああ、能井さんもそっちの人だったな。

 わざわざウェイターやってるとこ見たいと思うものかね? 疑問に思うも可愛い制服着た女子見たいって思うのと心理は変わらないのかと思い至る。だったら納得だわ。メイドはやっぱり男の中では一定数需要あるもんだしな。


「ね、永野君どう? 喫茶店バイトとしての意見聞かせてよ」


 考え込んでいれば話振られた。楽しそうにこれまでに挙がったメニューなんかを書き並べて、どれやる全部やるとキャッキャキャッキャ騒いでる。書き込まれたメニューの数々を眺めるに、普通の喫茶店やろうとしてるようにしか見えない。思わず顔を顰めてしまう。


「永野君?」


 不可解そうな能井さんの声にいかんいかんと取り繕う。頭を振って湧いた感情を散らしながらとりあえず確認してみた。


「……それ全部やるのか?」


「ん? まぁ、全部は無理でもメインとデザート、それにドリンクは揃えたいかな。折角喫茶店やるならお洒落なメニュー並べたいし」


「パスタとご飯物、それと焼き菓子? 生クリームなんて添えて見た目にも拘ってみたいね。ドリンクもマシュマロ浮かべたり、ラテアートでハート模様とか書いたりしてさ」


「あー、それめっちゃ良い! 映えな料理あったら絶対人集まるよ! そこに嵩原君たちも混ぜてさ、最高の売り上げ出しちゃうかも!?」


 キャーなんて盛り上がってる。確かにな、集客が望める状況にあるならそれはメニューだって凝りたいってのは分かる。折角ならとアイデア募るのもいい。自分だったらこうやりたいって理想像がその頭の中にはあるんだろうな。


 でも理想って得てして実利伴わないもんなんだよなぁ。


「……こう言った文化祭の模擬店って、出来合いの物に手を加えて販売するってのが定石っぽいが」


「え? 手作りの方がいいでしょ」


「出来合いは良くないんじゃない? 作り立てがやっぱり美味しいし」


「片手で食べる系ならありかもしれないけど、席に座って提供って形になるならそれなりに料理も工夫がいるんじゃない? 明らかなレトルト出されたらちょっと幻滅されそう」


 突っ込んだら案の定手作り提供に括ってる。手作り……。パスタ、ご飯、デザートにドリンク、その全てをこの教室でそして素人が提供し続けると。無謀じゃないか? それって随分と。


「えっと、永野君は反対ってことかな?」


 躊躇いながら能井さんが代表するように聞いてきた。さっきの渋面だって見られたし俺が納得いってないのはバレバレか。

 楽しそうに理想語ってた女子も気付いたようで困惑といった表情浮かべてる。中には不機嫌そうにこっちを睨んでくるのだっていた。水差されて不愉快なのかね。


「反対だ。手作りならもっとメニューは絞り込んだ方がいい」


「そう? でも品数少ないとお客さん来ないかもしれないよ?」


「折角の喫茶店ならお洒落なメニュー並べるべきなんじゃ? 選べないとそれだけで敬遠もされそう」


「料理作るの面倒とか思って反対してる?」


 続々と納得いかないと声が上がる。皆脳内の理想の喫茶店に思考が貼り付いてしまってる感じだ。喫茶店の売りは売り子と食事。そんな風に気負っている所もあるからこそ、俺の反対が気に入らないんだろうか。


「別に面倒、いや面倒だな。よくよく考えて欲しい。店って教室で開くんだろ? ここで麺茹でたり生地焼いたりすんのか?」


 ここでと教室を指差す。それぞれのグループで机寄せ合って塊作ってる教室内は、なんの変哲もない普通の開けっ広げな一室だ。当然ガス台なんてないしそもそも水道だって通ってない。


「……」


 指差すのに釣られて視線を彷徨わせた女子は揃って黙り込む。俺の言わんとしたことを理解してくれたのか。なんとも言えない顔を浮かべる女子に更に続けた。


「教室で出来るのって単純な調理だけに限られると思うぞ。仕込みは別の所でやるか、それとももう出来上がってる奴を流用するか。どちらにしろ手間は掛かることになる。多種類の料理の提供するなら手作りは止めておいた方がいいと思う。出来合いでも、仕入れの手間と保存で煩雑になるとは思うけどな」


 多数のメニュー用意するってそれだけ手間と費用が掛かるもんなんだよ。更には本来調理施設でもなんでもない教室での提供って無理があるだろ。どう考えたって複雑、煩雑な料理なんて作って出せるはずがない。

 そんな思いも込めて訊ねてみたのだが、答えは重い沈黙しか返ってこなかった。厳しい物言いかもしれないが、後々の手間を考えればここはきちんと反対しなけりゃいかんだろ。


 結局この日はメニューは決められなかった。改めて学校側から提示されたルールを確認し、そのルールの中で実現出来そうなメニューは何かと候補を探るだけで終わった。

 だって提供出来る料理の種類にも結構制限掛けられてんだぞ。これちゃんと考えないと即駄目出し食らいそうだ。


 どうしたものか。企画書の提出もあるし、なんとか今週中には話を纏めたいと実行委員に言われてる。やれるのかね? 先行きの不安さにため息が抑えられなかった。



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