3.助っ人登場(要請)
なんでこんなことになったんだろう。時刻は放課後、遙々と商店街にまでやって来た己の現状を遠くなる意識の中で思い返す。場所は喫茶路シェーヌ。バイトでもなんでもなく、本日はお願い事のために参上していた。
「「「よろしくお願いします!」」」
こじんまりとした店内に女子の声が木霊する。そう、本日は俺一人での訪問ではない。調理班の女子を何人か連れてお伺いにやってきていた。
「はい、よろしくお願いします。僕は店主の雑賀と申します。聞きたいことがあるならなんでも聞いてね」
多人数での訪問なのに雑賀さんは気を悪くした様子も見せずにニコニコと朗らかに出迎えてくれた。そんな雑賀さんに女子も元気にお礼など告げてる。
どうしてこんな己のテリトリーに学校関係者なんて連れて来たりしたのか。理由は単純だ。煮詰まったメニュー決めにこうなったら本職を頼ろう!とそうなっただけだ。
俺たち調理班が直面した保健所並びに学校が設定したルールってのは中々に難解なものであった。重なる制限の中で一体どんなメニューを採用すればいいのか、どれであれば実行も可能なのか。
考えに考えて、そして考え抜いた結果これ実際に調理してみないと分かんねぇなと開き直りが発生。自分たちの環境であれば何が実現可能なのか、こうなったらプロに直接聞こう!と急遽突発のインタビューが開催されたのだ。
バイト先に連れて行くのも嫌だし、雑賀さんに迷惑掛けるのもアレだしと断っていたのだが女子の圧力には勝てなかった。
雑賀さんにアポイントを取って放課後、代表女子数名を引き連れてこうして路シェーヌへと参じていた。ちなみに能井さんは部活の方の集まりがあるとかで不参加だ。心細過ぎる。
がっつりと営業中である本日。日暮れが迫る中、客もそろそろいなくなる頃合いを見計らって来たので店内には俺たちくらいしかいない。
一人よくコーヒー飲みに来ているじいさんが来店時にはいたのだが、こちらの姦しい感じにすっと店を出て行ってしまった。早速迷惑掛けたかと思ったが、去り際のじいさんは脂下がった面で女子高生をチラ見していたのでまぁ大丈夫? 見た目は老紳士って感じなのに中身はお察しだったか。
「文化祭か。もうそんな時期なんだねぇ」
正しい客がいなくなった店内でお茶を入れながら雑賀さんはのんびりと呟く。トポトポとお湯を注ぐ音と一緒にふわりと紅茶の香りが鼻先を擽った。
カウンター席に陣取った女子たちは目の前で入れられる紅茶を真剣な眼差しで見つめている。少しでもプロのやり方を学ぼうと真剣であるらしい。
事前に仕事中にお邪魔するんだからと言い含めた結果かな?
「それで? なんでも喫茶店やるのにメニューが決まらないって聞いてるけど?」
苦笑を浮かべた雑賀さんが話を切り出す。カップを手元に用意し、お湯を注いで温める。透明なティーポットの中では茶葉がクルクルと回り、じわじわと赤茶けた色がお湯の中に溶け出していく。
徐々に変化していくポットから視線を外し、女子の一人が代表で答えた。
「はい。よく喫茶店で見掛けるメニューを採用しようとしたんですけど、学校側から提示された条件を考えるとどれも難しくて……」
「ああ、うん。食中毒を思うと慎重な姿勢にはなるよね。どんな条件が出されてるのか、詳細って分かる?」
「これどうぞ。配られた物です」
諸注意が記載されたプリントを渡す。雑賀さんは受け取り軽く読み込んでいく。
「あー、うん。結構制限あるねぇ。模擬店は飲食店とは違って設備的に不足があるから仕方ないんだけど、これで始めはパスタやご飯物をやろうとしてたんだって?」
「はい。喫茶店なら定番かなと思って」
「やってやれないことはないね。ただ麺を茹でるのは別室になるだろうし、ご飯は既製品を買ってそれを流用かな? 数を出すのは難しそうだ。何食くらい用意する予定かな?」
「百から二百くらいです。あの、お客さんは大勢見込めるかなと思って……」
「そうかぁ。数捌くってなるともっと手軽に出せる物の方が良さそうだね。パスタにしろご飯物にしろ具材もなくちゃいけないからその分手間と費用が掛かる。予算も限られてるよね? 費用の回収は単価を上げれば出来そうだけど、元々の予算は潤沢にあるのかな?」
「そうでもないです。衣装も自分たちで用意しますし、内装にも手を掛けたいので……」
「だとしたら多種類用意するのは厳しいだろうねぇ」
厳しい、という評価に露骨にしょんぼりとした空気を出す女子。メニューの多様性は括っていたポイントなだけにがっかり感が強いんだろうな。とは言えこうも真正面から否定されれば意固地になる要素もない。
「そうですか……。出来れば見た目にも華やかな料理を提供したかったんですけど……」
「見た目の良さもお客さんに喜んでもらうには大事なポイントだもんね。だったらお菓子なんていいんじゃないかなって思うよ。チョコペンやマゼランでいくらだって装飾出来る」
気落ちする女子に共感しながらも、雑賀さんは抽出の終わったポットから別のポットへと紅茶を濾していく。軽く湯気が立ち上りそれと共にふわりと芳しい香りが一気に広がる。
女子も俯いていた顔を上げて思わずと注がれていく鮮やかな紅色の蹟を目で追った。白い陶器のポットに納められた紅茶を、更に温めておいたカップへと注ぎ入れてすっと女子たちの前にと差し出す。
「それにお菓子なら紅茶とも相性良いよ? 折角紅茶の入れ方も学ぼうとしているんでしょ? だったら俄然、お菓子でもてなす方がお客さんにも喜んでもらえると僕は思うなぁ」
入れ立ての鮮やかな紅色を見せる紅茶を示して、雑賀さんは緩く笑んでそうオススメと冗談交じりに意見を示してくれた。
雑賀さんの後押しが決め手だったのか、それとも出された紅茶の美味しさが決め手だったのか、軽い話し合いの結果喫茶店で出すメニューはデザート、それもパンケーキに決まった。
材料費もそんな高くなく手間も掛からず、また装飾もし易いと俺たちにとって都合の良い条件が揃っていたために選ばれたのだ。個人としては教室での暴露思い出して複雑な心境なんだけどもここでいちゃもん付けるのは止めとこう。折角纏まったんだし。
メニューが決まったのならと、更に雑賀さんから美味しいパンケーキの焼き方やアレンジのアイデア、盛り付けの例に紅茶やコーヒーの入れ方の実演講習まで付き合ってもらってしまった。
注意事項や美味しく入れるポイントの説明のあとに実際にカウンターに立たせての実演だ。流石に厨房に入らせるといったことはなかったが、それでも充分親身な対応だったと言わざるを得ない。
これは雑賀さんに大分気を遣わせてしまっている気配がそこはかとなく。当人は女子が頑張って紅茶入れてる最中も、にこにこ笑って見守っているから一見すると楽しんでいるようにも思える。でも改めて謝罪はするべきだよなぁ。
「あの、雑賀さんすみません。営業中に押し掛けてしまって……」
女子が夢中になって紅茶の葉の動きを追っている間にこそっと謝っておく。雑賀さんはこちらに振り向くなりふるふる首を振って笑った。
「真人君が謝ることはないよ。自分たちでお店やるってなったらいろいろ気になっちゃう気持ちは分かるから」
本当に何も気にしてはいない様子だ。本当に直前でお邪魔してもいいかと用件伺いしたんだから、普通は迷惑だーって言われたって仕方ないんだがなぁ。
「そういう訳には……。あの、せめてお礼だけでも」
「要らない要らない。僕は講師でもないしそう大したことも教えてはいないよ。これでお礼なんてもらったらそれこそぼったくりだよ」
クスクスと冗談を交えて拒否される。迷惑料も兼ねてと講師代を払うと申し出ているのだがこんな感じに躱されてしまう。プロに助力をたのんでいるんだから当然対価は払うべきだろうに、なんで断られてしまうのか。甘やかされているようでムズムズと落ち着かない。
実際、甘やかしに近い状態ではある気はしてる。雑賀さんに協力を求める際、女子からの圧力を受けながら電話していたこともあって俺多分大分弱り切った声出してたと思う。電話口でのやり取りの始めが「あれ、真人君どうしたの?」だったし。
俺と女子の力関係察して俺の頼みにも快諾してくれた可能性がなきにしもあらず。俺が女子組の対応に気を揉んだように、雑賀さんも俺の学校での立場を思って譲歩してくれていたとしたら、これはもうただでさえ上げられない頭がより下がることになるぞ。これ以上お世話になってどうやって返せばいいというのか。
とりあえず、午後五時を過ぎた頃合いでもう日も沈むということで本日一時間ほど行われた講習も切り上げとなった。女子たちも大変満足そうである。
店にやって来た当初は緊張と焦りで固かった表情も、帰り際の今はニコニコと随分機嫌良さそうだ。これなら早急に企画書も纏まりそうだな。雑賀さん様々である。
「「「今日はありがとうございました!」」」
「いえいえ。お役に立てたなら何よりだよ。喫茶店は頑張れそうかな?」
「はい! お陰様で目処が立ちました! これなら学校側にも納得してもらえそうです!」
「焼き方まで教えて頂きありがとうございました!」
「家でも練習してみますね! 紅茶も茶葉から入れてみます!」
元気な解答に雑賀さんもニコニコだ。全員ふざけることもなく終始真面目に取り組み続けてくれて良かった。
いくら雑賀さんが面倒見いい人だとは言え、不躾な人間に対してまで寛容かっていうとそんなことはないからな。
「なら良かった。もう暗くなってるし、皆気を付けて帰るんだよ」
朗らかに笑った雑賀さんに見送られて店を出た。俺は残って改めてお礼と、それから後片付けくらいはしようかと思っていたんだけど、女子見送れと半ば強制で追い出された。
まだ六時前だし店は路地の奥にあるとは言え直ぐ商店街にも抜けられるんだ、営業時間内だと開いてる店だって多いだろうに何が危険だと言うのか。大通りに出たらバスも直ぐ捕まるはず。それでも見送りなんて必要なのかね? まぁ、強く言われたなら従うしかないんだけど。
道中はテンション高い女子たちの会話が途切れることなく続いて喧しかった。親身に話を聞いてもらえたのが余程嬉しかったのか、概ね雑賀さんと店に対する好印象についての話題だったのでまぁ、煩かったけどそう悪いことでもないかと我慢して聞き役に徹した。
「今度絶対食べに行く!」と桧山みたいなこと言い出したがそれくらいには気に入った模様だ。左様で。出来れば平日に通って欲しいと心の中で言っておく。俺の安住の地(バイト先)にあまり顔見知りは来て欲しくはないんだけども、でも売り上げに繫がるから無碍にも出来ないこのジレンマ。雑賀さんに迷惑掛けた自覚もあるから尚更複雑な心境だわ。
で、翌日。俺たち調理班の計画は書面にきっちりと纏められクラスの出し物案として委員会の方に提出された。
どうなるだろうね。女子の評は確実に採れるだろうと安い予想立ててはいるが、本当にそうなるのか。内容も真面目に考えて決めたんだし、どうか無事に俺たちの案が通ったらいいなぁ。雑賀さんにも協力してもらった手前、これで駄目でしたとは報告し難いぞ。
実行委員の二人の「頑張ってプレゼンしてくる」という言葉を信じるか。実現性の高いプランと嵩原たちのネームバリューも考慮に入れておこう。何はともあれ、結果は来週には出ているだろうからそれまで待つしかない。




