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 忠顕ただあきは、「おい、頼光よりみつ、あの者たちを斬れ!」と、自分の護衛に言った。吉永が強者つわものだと見なした男である。警固衆は臨戦態勢に入った。


 が、頼光と呼ばれた男は肩をすくめて、忠顕の言葉を無視する。


 忠顕が「くっううう」と顔を真っ赤にして、自分の刀を抜き、階段をどたどたと降り、庭に跳び下りた。人々は、刀を振り回す忠顕から逃げ回り、警固衆や足利の兵たちは、忠顕を遠巻きに取り囲んだ。


「千種様」


 玉はひさしの下へ行き、忠顕を見下ろした。その姿は、まるで、百合のように凛としていた。忠顕は狂った目をして玉を見あげる。


「取り決めをたがえるおつもりですか」

「取り決めなんか知るか! このいかさま師め!」


 警固衆は、玉をいかさま師呼ばわりされて憤る。


「千種様、嘘はなりません。言葉には霊が宿っています。神の怒りを買いますよ」

「神ぃ、神など、どこにいる。怒れるものなら、怒ってみろ」


 忠顕がそう言った時である。突然「ドゴオオンン」と、地面が割れるような音が鳴り響いた。屋敷はびりびりと震え、崩れんばかりである。


 忠顕は「ひいいっ!」と叫んで腰を抜かした。あまりの音に、人々は恐怖して右往左往する。


「千種様…、約束は、守らねばなりません」


 と玉は言うが、忠顕は声を出せない。そこへ、もう一度、轟音と共に屋敷に雷が落ちた。みしみしと軋む。


 忠顕は青ざめ、尻を地面につけたまま、後ろに這って行った。


「ひいいっ! 許してくれ。許してくれ」

「何をなさいますか」


 屋敷の一角から煙が立ち上りはじめ、木の焦げた臭いが広がる。忠顕は、ぶるぶると震えている。


「わ、分かった、守る、約束は守る。助けて、助けてくれ……」

「はい、約束を守ってくださいね。他にすることはありますか」


 黒い空のそこかしこから稲光が落ちて来る。ゴロゴロ、ドゴオオンンと空気がふるえた。


「ひいっ! あ、謝る、お主に謝る」

「私だけですか」


 近所に再び雷が落ちた。


「ひいぃ! 皆に謝る。皆に謝るから……」


 忠顕は、頭を地面に擦りつけるようにして謝った。


「約束ですよ」


 玉が微笑むと、ぽつぽつと雨が降り始めた。雨は、すぐに、ザザーと激しくなる。そして屋敷の火を消し鎮めると、徐々に止んだ。雲の切れ目から、やわらかい陽の光が差し込む。光の柱が何本も立ち、突き抜けるような青空が、みるみる広がっていった。


 周りの者は、後伏見院も上皇も、右大臣も、皆、玉に尊敬の眼差しを向けた。人々は、口々に、


「女神様じゃ」

いかずち巫女みこ様だ」

「巫女様が千種を成敗なされた」


 と言った。警固衆は歓喜の声を上げ、玉に走り寄っていった。



 東の空には大きな虹が架かっている。庭の草木は雨雫で、きらきらと光り輝いており、あたりには雨と土の香りが広がっていた。






挿絵(By みてみん)






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