獣人の国の決まり事
お待たせしました。
冒険者ギルドで用事を済ませた千夏達は馬車を降りたまま、色とりどりの小さなテントが連なる露店街をのんびりと歩いていた。
「チナツ、そういえば那留が酒が飲みたいといっていたぞ」
レオンは果物が山と積まれた露店をじっと見つめ思い出したかのように千夏に声をかける。もちろん海の街マハドでもお酒を売っていたのだが、那留が言うには味が薄いらしい。南国では気温が高いので酒を使って体を温めるという風習がないようで総じて全部薄味らしいのだ。
つまり千夏に酒を造れと那留は要求しているのである。マハドでは買い物するのに小舟に乗らなければいけなかったので船酔いしやすい千夏は買い物を億劫がって外に出歩かなかった。那留がというよりもレオンもまともな酒を久しぶりに飲みたくなったのだろう。露天で売られている果物をちらちらと眺めている。
「酒だったら王宮で出すぞ?」
二人の会話を聞いていたフェザーが口を挟むが、すぐに「チナツが作った酒が飲みたいのだ」とレオンに言われ不思議そうに千夏を見る。一国の領主が酒造りなどをするということが彼にはにわかに信じられなかった。
「竜はお酒が大好きで味にもうるさいのよ」
千夏は笑いながら近くの果物屋で少し変わった赤い実の果物を購入する。さすが南国なだけあり、果物一個あたりの値段が中央大陸の半分の値段だ。みかけはリンゴのようだが齧ってみるとグレープフルーツのような酸味がある。千夏は何種類かを購入して味を確かめて果実酒にむいてそうな果物を吟味するとまとめて大量買いしてアイテムボックスへと放り込む。
「ついでにビール作りにも手を出してみようかな」
千夏はあまり酒飲みではないが、暑いところならやっぱりビールのほうがおいしそうに感じる。麦や砂糖それと樽を千夏はついでに購入していく。
(ちーちゃん、まだ来ないでしゅか?)
のんびり買い物をしていたら途中でタマから念話が届く。知らない土地で離れ離れになっていることに不安になっているようだ。
(んー、もうちょっとかかるかな。山のほうはどう?)
(魔物はいないでしゅ。今はいい寝床をみんなで探してるところでしゅよ)
(了解。また後でね)
少し寂し気なタマとの念話をきるとやっと一行は王城に向かって歩き始める。
リルもセレナも生まれて初めてくる獣人の国に興味があるようでキョロキョロと興味深げに回りを眺めいている。
「一度王城で落ち着いてから探索に来ましょう。タマも待っているようですからね」
エドにそう言われて二人は少し顔を赤くして落ち着きを取り戻す。
王城まではそれなりにまだ距離がある。露店街を抜けた後人通りが少なくなったところで馬車で待っていたランスロットが千夏達を迎え入れる。全員が馬車に乗り込むとフェザーは一応千夏達に注意事項を説明し始める。
「マハドは貿易都市なのでそれほどルールに縛りがないが、この国にいる間は気を付けたほうがいいことがある。中央大陸との習慣の違いを簡単に説明する」
そう前置きをしてフェザーが語った内容は以下の通りである。
・相手に向けて親指を突き出す行為は決闘を意味する。決闘はギルドが立会人となり決闘の方法を決めてこの街中央にあるコロシアムで行われる。
・基本風呂は混浴である。
・異性の肩を2回叩くと求婚を意味する。求婚された者はYesなら相手の手を握り、Noである場合は頭を下げることで意志表示をする。なおこの国は一夫多妻制ではないので注意すること。重婚は罪に問われる。
・食事の席で飲み物の器同士を打ち合わせることで信愛の表明になる。逆に飲み物を打合わせないと相手を嫌っているという意思表示になるので気を付けること。
・男性は初めてあった女性の毛並を褒めること。これはマナーであって、褒めないと紳士として認められない。
他にもいくつか注意点を言われたのだが、こまごましていて千夏にはさっぱりだった。
エドが何回かフェザーに質問を繰り返し細かいところまで確認しているので、後でエドに紙にでも書いてもらったほうがよさそうだ。
リル達男性陣はセレナの毛並の褒め方をフェザーから指導されていた。練習とは言えどもべた褒めされたセレナは少し赤い顔をしている。
その間にも馬車は進んでいき、王城の門を通り過ぎる。今回は王子達と一緒であるため出入りの検査は一切されなかった。馬車は広い前庭を突っ切り、一番手前にある政治の中枢である建物の前を横切り、更に奥へと進んでいく。
「あなた達は裏山に一番近い離宮に滞在してもらう。この離宮はランスロットの宮なので周りには魔物牧場があるのだが、その辺りは大丈夫だろうか?」
「魔物牧場?」
聞きなれない言葉にアルフォンスが反応する。
「僕が捕まえて来た魔物達を飼っている場所です。人に危害を加えないように従魔契約をしているので大丈夫ですよ。ほらこの子とかもその一員です。キャロといいます」
フェザーの代わりにランスロットが荷物置き場に置いておいたふわふわのファーラビットを抱きかかえて答える。
ファーラビットに興味を示したのは千夏だけで、ランスロットからキャロを受け取りふわふわの毛並を堪能する。
「クゥー!」
それに少しすねたコムギがパンパンと前足で千夏の腕を叩く。キャロはコムギから逃げるように千夏から離れてランスロットの膝の上に逃げていく。コムギはすぐに千夏の膝の上に飛び乗ると丸くなって蹲る。
ランスロットは少し怯えているキャロは再び背後にある荷台へと置くと、魔物図鑑を作っていることを補足説明する。
「そこでお願いがあるのですが、しばらくネバーランドに滞在させていただきたいのです。ネバーランドには多くの竜が住むそうですね。竜とは滅多に出会えないのでそこで竜の生体を観察させていただきたい」
「別に構わないけど、竜達が嫌がることをしないでね。後ここのお城みたいになんでも揃ってないよ?辺境の国だから王子様には辛いんじゃないかな」
千夏は膝に乗ったコムギの機嫌をなだめるようにゆっくり撫でながら答える。
「魔物を観察によく辺境に行くのでその点は大丈夫です」
千夏から色よい返事をもらったランスロットはほくほくと嬉しそうに笑う。代わりに馬車の外で馬を寄せて話を聞いていた女騎士がげんなり肩を落とす。
「竜についてなら俺が少し教えてやろう。いいか、竜というのはな……」
少し得意気にアルフォンスが語り始める。いつもの話し出したら止まらないパターンだ。
ランスロットはしばらく話を真面目に話を聞いていたようだが、アルフォンスの竜の賛美話が長いので興味がなくなったようだ。ランスロットが知りたいのは竜の生体や能力についてなので、アルフォンスの主観的な話はあまり意味をなさなかった。アルフォンスは竜が大好きだが、ランスロットは竜は観察対象のひとつに過ぎないという違いがある。
ランスロットが興味を失ったことに気が付いたエドはアルフォンスの後頭部をいつものように殴り話を中断させる。
「痛いぞ、エド」
「このように話しが長くなるので、アルフォンス様にその話を振るのは気を付けた方がいいですよ」
エドに助言されたランスロットは心得たとばかりに頷く。
「なんで魔物図鑑を作ろうと思ったの?今本になっているものだと物足りないの?」
セレナは話題を変える。これ以上アルフォンスのいつもの演説を聞きたくなかったからだ。
「そうですね。物足りないというか情報が少ないです。例えばそこにいるドゥルガーですが、市販の本では『体長10メートル程の大きな魔物で、獰猛な牙と爪を持つ。闇属性を持つ知能が高い魔物』という一言で終わっています。どんな闇属性の攻撃を持つのか、何が好きで何が嫌いなのか。どの様な場所に多く出現するのか、どのような能力を持っているのか全然わかりません。父上や兄上は優れた剣士ですが、僕を含めて他の人は普通の人間です。普通の人が旅する上で魔物の情報が足りなさすぎます。300年前には魔王の軍勢の魔物が暴れまわりました。もし少しでも魔物の特異性や弱点などを知っていたら戦い方も違うはずです。そのために僕は魔物図鑑を作っているのです」
ぽつぽつと語ったランスロットにフェザーは驚きの目を向ける。自分の弟がそのような考えで魔物を調査していることを知らなかったのだ。単なる魔物好きが高じた趣味だと思っていた。
「だからそのドゥルガーも観察させてくださいね」
ランスロットの言葉にぴくりとコムギはひげを動かす。
「コムギに嫌われないように程々にね……」
「もちろんです」
話しがひと段落ついたところで、目的地であるランスロットの離宮に馬車は到着する。
正面には大きな建物があり、例の魔物牧場は裏山の側に作られているのでここからは見えない。離宮で千夏達の部屋を用意するために残ったランスロットと父王に報告のために本宮に戻っていたフェザーと別れて千夏達はそのまま離宮に入らずに裏山へと向かっていく。先に到着しているタマ達と合流するためだった。
その途中でやたらと広い魔物牧場が目に入る。大蛇やどうみてもオークの子供などのBランクの魔物や小さな獣たちがごっちゃまぜに広い牧場の中で好き勝手に動いている。牧場の中には所々に白衣を着た若い獣人が魔物達を観察しながらメモを取っている姿も見える。
「ちーちゃん!」
山の上から近づいてきた千夏の気を感じ取ったタマと那留が出迎えに飛んできた。
突然竜が2匹も近寄ってきたため魔物牧場の魔物達は奥へと脱兎のごとく逃げ出し始める。それを追いかけて白衣の男たちが走っていく。
「脱走しなければいいね……」
千夏は他人事のようにその光景を眺める。出来ればささっとここから立ち去ったほうがよさそうだ。
竜に戻ったレオンと那留に分乗して千夏達は風竜達のいる場所へと向かった。
風竜夫婦が寝床に選んだ場所は苔むした大きな岩が何個かある小さな湧き水が出るごつごつした場所だった。近寄ってくるタマ達を見上げて幼竜が「ニューニュー」と鳴いている。
アルフォンスは那留が着地すると同時に背中から飛び降りて幼竜の元へと駆け寄っていく。
「ウイニー、元気だったか!」
幼竜を抱き上げて嬉しそうにアルフォンスは笑う。ウイニーはアルフォンスに答えるように「ニュー」とひと鳴きする。
「とりあえず要石が見つかるまで夜はここで過ごすことにした。昼はできるだけ人に慣れるために下で過ごそうと思っている」
人の姿に変化した風竜と水竜がぺこりと千夏に向かって軽く頭を下げる。
「人に慣れるなら早い方がいい。酒や茶などいろいろ飲めていいぞ」
レオンが少し先輩風を吹かせる。
「じゃあとりあえず晩御飯を食べにランスロットの離宮に一緒に行こう。お酒はそのとき造るよ」
竜に乗っていくとまた牧場の魔物が逃げ出してしまうので、千夏が全員を連れて転移で移動する。もちろんタマ達も人の姿に変化済だ。
ランスロットの離宮に入ると少し風竜夫婦は緊張したようにしっかりと腕の中のウイニーを抱きしめたが、メイド達はウイニーやコムギについて何も言わずそのまま一行を食堂へと案内する。
50人は座れそうな大きなテーブルの上には大量の食べ物がずらりと並んでいた。その食べ物のうち半分は例の王宮マジックアイテムに詰まっていた肉や魚だった。
ランスロットが全員を出迎えるとメイド達が飲み物のコップを全員に配る。
トルク流作法だと食べる前の乾杯は必須だ。慣れるためにも一応作法通りに席を立ってコップを合わせる。
「やっぱり薄い……千夏早く作ってくれよ」
一口ワインを飲んだ那留が眉をしかめる。
「しょうがないわね」
千夏はアイテムボックスから樽と果物や砂糖などを取り出してワインを作り始める。
千夏が素早く発酵して作ったワインをレオンが水温の魔法で温度を少し下げてからそのまま樽の中にコップを入れてワインを酌む。一口レオンは味を確かめると風竜夫妻にも千夏特製ワインを勧める。
「ん、うまいな。さっきのとは味が違う」
「本当。おいしいわ」
「だろー?酒はやっぱり最低でもこの濃度はないとな。サンキュー、千夏」
那留はガバガバとワインを飲みながら千夏に礼を言う。タマも物欲しげにワインの入った樽を見ているので、千夏が飲んでいいよというとタマは嬉しそうに自分のコップにワインを酌む。
「なるほど。竜は強い酒が好きなのか」
味見をしにきたランスロットは一口千夏特製のワインを飲んでメモを取り始める。
「お酒も造りたいから果物とか毎日多めに用意してくれると助かる」
「判った用意しよう」
「おお、楽しんでいるか?」
しばらく食事と酒を楽しんでいるとバンと食堂の扉が開き、鎧ではなく楽な服装に着替えた王が入ってくる。一瞬風竜夫妻は身構えたが、王から敵意を感じなかったのか少し経ってから警戒を解く。
「すげぇ食欲だな。ある意味すがすがしいわ」
そう言いながら王もテーブルの上にあった大きな肉に齧りつく。テーブルの上にはすでに空っぽのお皿が山と積まれていた。
「ん、それなんだ?」
那留が手に持つ千夏がお試しで作ったビールに王は目を止める。
「千夏特製ビールだ」
樽から栓を引き抜いてレオンが王の分を注いでやる。こちらも水温の魔法を使っているのでキンキンに冷えている。王はビールが入ったコップを持って全員とコップをあわせいく。意外とこの習慣は面倒だなと千夏は思う。
王は一気にビールを煽るとぷふぁと大きく息をつく。
「うめぇな、これ。ネバーランドの特産品か?エールよりうまいな。ぜひ輸入したい」
「帰ったら考えとく」
千夏は魚の塩焼きに齧りつきながら適当に返事をする。
「そうだな。ところで、明日なんだがうちの婆さんと会ってもうらうことになった。悪いが頼むわ」
「おばあ様ですか。面倒そうですね」
気軽に言う王に対してランスロットの顔色は優れない。
「面倒なの?」
「口うるさいだけだ。聞き流してりゃいい。ほら探している要石だっけ?あれを早く探すには婆さんの手を借りた方が早そうだと思ってな」
「おばあ様はこの国一の巫女なのです。探し物など占いで探し当てるのが得意なんですよ」
ふーんと千夏は頷きながら魚を齧る。リリィのお願いはすぐに世界が水没するほどの危険性はないのだが、早く見つかったほうがいいのは確かだ。
口うるさいおばあさんとなるとどうしてもマーサ婆ちゃんを思い出す。杖でどつかれなきゃいいなぁと千夏はぼんやりと思った。
評価とご感想ありがとうございます。




