高橋那留の場合
説明回です。
「かったりーな」
高橋那留は足を大きく広げ、電車の座席に座っていた。
先週、少しばかり仲間と無茶をやったので愛車は知り合いの工場で修理中だった。そのせいで久しぶりに電車に乗る羽目になったのだ。
横浜駅につくと、さらに人が少なくなる。今の時間は帰宅ラッシュ中だが、上り方面の電車はガラガラだった。特に那留のまわりの席は誰も近づいてこない。
キンキラの金髪に、常に睨んでるかのような三白眼の釣り目。不機嫌そうに大きく足を広げて座っていれば、誰もが那留をさけるのも必然だった。
人相が悪いので、よくヤンキー達にからまれる。那留は喧嘩が大好物だが弱いもの苛めは大嫌いだ。
横浜を少し過ぎたあたりで、急ブレーキを踏んだのか、キキーッと電車が悲鳴を上げる。急ブレーキに車両が大きく揺れる。立っていた人達は揺れで倒れ込み、座席に座っていた那留もごろりと横倒しになる。
「んなっ!」
すぐに那留は起き上がろうとするが、車両がガクンと大きな音をたて、今度は縦に大きく揺れたかと思うと、那智が座っていた座席のほうに横に倒れていく。車両の窓が割れ、窓ガラスの破片が飛び込んでくる。
「お母さん!!!」
那留のほうに放り投げられてきた小学生が悲鳴を上げる。那留はとっさに手を伸ばし、小学生を腕の中に庇う。
電車の事故について那智が覚えているのはそこまでだ。
次に目覚めたときに脱線事故で死んだことを黒い服をきた中年の男に告げられる。
「はぁ?俺今生きているじゃねぇか」
「今のあなたは魂だけの存在なのですよ。生前の魂の記憶でかりそめの体を作っているにすぎないんです」
男の説明は正直よくわからなかった。だがもう元に戻れないということだけ那留は判った。
過ぎたことをうじうじ考えていても仕方がない。那留はもともと物事を1分以上考え続けることができないのだ。
新しく生活する世界は魔物というものがおり、それと戦って金をもらえるという。
好きなだけ喧嘩し放題というわけだ。
「喧嘩が好きなのですか?」
「まぁな。楽しい喧嘩は好きだ」
那留はニヤリと笑う。大抵の人間にはこの気持ちを理解してもらえることはない。野蛮だと後ろ指を指されるが、力と力がぶつかり合うあの瞬間はとても気持ちがいいのだ。
「そうですか。ところで、あなたがかばった子供ですが奇跡的に助かりましたよ。その代りあなたの体はボロボロでしたが」
那留の記憶にはないがあの後電車が完全に横転し、後部車両が乗り上げ那留がいた車両は潰された。前3両の車両に乗っていた人達は、絶望的な状態だった。その中で一人だけ奇跡の生還者がいた。
那留がかばった小学生だ。頭を打って一時危篤状態だったが、今は意識を取り戻し腕や足に負った怪我の治療中だ。じきにその怪我も治るだろう。
「そうか。運がよかったんだな、そのガキ」
那留は足を組み替えソファの背もたれにごろりと体を預ける。
「あなたのおかげでひとり、死ななくてよい人が死なずに済みました。お礼として特別にあなたには強靭な体を提供しましょう。喧嘩し放題ですよ」
男は高橋那留と書かれた書類に、ポケットから取り出した特例と書かれた大きな判子をぽんと押す。
「まぁ俺は喧嘩さえできればいいんだがな」
那留は男に渡された紙を受け取り面談室を出る。
他の事故被害者は異世界で生きていくためにスキルの譲渡をされていた。しかし、那留だけそれが与えられていないことを那留は知らない。
転生の扉といわれる青い扉を潜った瞬間、那留は凄まじい衝撃に身をよじる。
「なんだこれっ!痛いなんて聞いててねぇぞ!」
視界は真っ暗だった。自分の魂となにかがぶつかり合い、青白い火花が飛び散る。
なぜだかわからないが、このぶつかり合いで負けたら自分という存在が消えてしまうということだけは那留にはわかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
那留は歯を食いしばって、ぶつかり合う何かに向かっていく。タイマン勝負で負けるわけにはいかない。ギシギシと体中が悲鳴を上げる。
どのくらいの間気力を振り絞り、それと対峙していたのだろうか。歯を食いしばり耐えていた圧力がパンと弾けるように消える。
その瞬間に頭の中が怒涛に様々な情報が流れ込んでくる。その情報量の多さに那留は気を失った。
目が覚めると、青い空が見えた。風に吹かれざわざわと木々が揺れ動いている。
傷む頭を押さえながら、那留は体を起こす。ふらつく体を起こし、体に異常がないことを確認する。
(そういえば異世界に飛ばされたんだっけ?しかし、見事になんもねぇな)
自分がいたところは少し開けた窪地だった。ゴツゴツと岩が周りを囲み、少し離れたところに森がある。
バサバサと大きな音が聞こえ、ふと空を見上げると3匹の巨大な竜が飛んでいる。
竜達は自分目がけてそのまま降下してくる。完全にターゲットされているようだ。
「確かに喧嘩したいといったが、最初から難易度高すぎなんじゃないか?」
那留はじっと近寄ってくる竜達を待ち構える。今から逃げても追いつかれるだろう。
「でけぇな、おい」
3匹の竜は自分の目の前に降りるとじっとこちらを窺っている。
紅、青、白のそれぞれキラキラと輝く鱗はとても固そうだ。殴っても大したダメージにはならないだろう。だが、不思議と負ける気がしない。
「……ガーシャ様か?」
紅い竜が那留に向かって話しかける。どうやら日本語らしい。だが、竜の問いかけた内容が那留にはわからないので何も答えない。
「ガーシャ様にしては若すぎる。でもこの気はガーシャ様だ」
青い竜が怪訝そうに那留を見つめる。
どうやら戦闘する気はないようだ。負ける気はしないが、気持ちだけで勝てるような相手ではない。那留は少しだけ肩の力を抜く。こっちの世界に移動してきてすぐに死ぬのはごめんだ。
「ガーシャ!さきほどの魔法はなんだ?我が子が闇に飲まれた。我が子の行方を教えろ!」
白い竜が突然人に姿を変えて、那留に向かって近寄ってくる。かなり苛立っている様子で、那留の腕をがしっとつかみ大きく揺さぶる。
「ちょいまてや、ガーシャって誰だ」
激しく揺さぶる腕を捕まえて、那留は男に尋ねる。綺麗な白髪に紅い瞳をしたなかなかのイケメンだ。じっとその顔を見ていると「タロス」という名が頭に浮かび上がる。
「あんた、タロスっていうのか?さっきからよくわかんねぇんだけど!」
那留はタロスの腕を体から無理やり引きはがし、苛立ちのまま睨み付ける。はっとしたように白竜の化身が、那留を覗き込む。
「まさか代替わりか?」
「代替わりってあの言い伝えの?」
紅い竜が驚いたように那留を凝視する。
「代替わりならこの若い姿に納得できる。しかしそうなると、今のガーシャに我が子の行方などわかるわけがない!」
タロスは絶望に打ちひしがれ、がくりと膝を折る。
「あのさぁ、状況全然わからねぇんだけど。分かるように説明してくれ」
那留はしゃがみ込んで、跪いたタロスを見下ろした。
「で、代替わりってなんなの?」
千夏はお茶を飲みながら那留に尋ねる。
「なんか竜の言い伝えでは古竜の能力の一つで、ある程度年をとって衰えると若返りすることを代替わりっていうらしい。そんときに体から膨大な魔力が流れ出て周りに影響を与えるんだそうだ。俺は知らんが、俺がこっちに来たときに物凄い闇が竜の谷を包み込んだらしい」
那留は酒樽から自分の杯に酒をくみながら説明する。
「ガーシャは闇竜でかなり長生きしているが古竜じゃねぇ。そんなこと起こりえないが、まぁ無理やり俺がこいつの体に降りてきて似たような現象になっちまったようだ。しばらくしてからぽつぽつとガーシャの記憶が戻ってきて、大体のことを把握できるまでつらかったぜ」
「ふーん。なんか死神省の特例ってのが関係しているのかもしれないね。確かに強靭な体だわ」
「強すぎだっつーの。体が頑丈すぎてまともな喧嘩になりゃしないぜ。あーあ、思いっきり喧嘩してぇ!」
ごろんと那留は地面に寝っ転がりふてくされる。
「なら魔族と戦う?私はできれば戦いたくないんだよね。でも、襲ってくるから仕方なく戦ってるけど」
「魔族か……ガーシャの記憶にあるやっかいな奴らだな。なんだまた攻めてきてるのか?」
がばりと那留は体を起こし、千夏に問いかける。
「そう。ほんと迷惑だよね」
千夏は面倒そうにつぶやく。
「なんだ、楽しそうじゃねぇか。俺も混ぜろよ。どんなやつなんだ?」
「この前は巨人のように大きな銀色の狼を持つ魔族でね。吠えると衝撃波が飛んできて、まともにくらうと竜でも脳震盪を起こすね。風魔法も強くて暴風巻き起こすわ、めちゃくちゃすばしっこくて、タマとレオンでも抑えるのが大変だったよ」
千夏はこの前の戦いを思い出しながら、簡単に説明する。
「へぇ。あの混血竜もそれなりに強いのにな。それよりも上か。戦い甲斐がありそうだな」
ニヤリと那留は笑う。
「お話中すみません。今日はここに泊まりたいのですが、天幕はここに立ててもよいのでしょうか?」
先程から話が途切れるタイミングを待っていたエドが、丁寧に頭を下げて那留に質問する。
明日にはタマの両親と思われる竜がここに戻ってくるのだ。転移で戻ってもよかったが、せっかくなので今日はここで一泊していくことに決めていた。
「おう、どこでも好きなところに建てていいぞ。そのかわり晩飯は俺も混ぜてくれ。久々に人間らしいもんを食いたい」
那留は気軽にそう答える。
「おなかいっぱい食べれるほど量はないから後で狩りしてきてね。あ、うちのタマやレオンもこのあたりで狩りさせていい?」
「構わないさ。後で狩場に俺が連れて行ってやる」
その日の夕食はハマールの例のラーメン屋の主人のレシピにあったかつ丼もどきだ。
「かつ丼!」
那留は久々に味わう醤油味と白米を嬉しそうに頬張る。
「慌てると喉に詰まらせるよ」
子供のように喜ぶ那留をみてリルは笑いながら、お茶を差し出す。
リルのふわふわの黄金の耳に可愛らしい笑顔に、那留はごくんと口の中に入れていたかつ丼を飲み込む。なんだ、この可愛い生き物め!那留はドキドキと動悸が激しくなる心臓を押さえる。
人として生まれて死ぬまで19年。一度もこんな気分になったことはない。
丼を地面に置き、両手を服で大雑把に拭うと那留はリルの手からお茶を受け取る。
「な、名前は?」
「俺?リルだよ」
顔を赤くした那留の質問に、リルはにっこりと笑って答える。
高橋那留。享年19歳。はじめての恋だった。
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