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探していた子供

 火竜の青年と人に戻ったレオンを乗せると、馬車は走り出す。

 むっつりと火竜はしかめっ面で、自分を注目する人の顔を睨むように全員を見まわす。

 ぐるりとひとりひとりに視線をめぐらせ、タマの顔を見た瞬間に火竜は目を大きく開く。


「幼竜か?!なんでこんなところに!」

 火竜が驚きの声を上げる。

 タマはきょとんと火竜を見つめ返す。


「幼竜ってめずらしいの?」

 千夏が火竜に向かって尋ねる。

「幼竜は基本竜の谷にしかいない。なぜ幼竜が外にいる!まさかさらったのか?」

 火竜はギリリと歯を鳴らし、千夏に食って掛かる。

 千夏に掴みかかろうとした火竜の腕をがしっとレオンが横から抑える。


「落ち着いてよ。タマは私が卵からかえしたの。さらってないわよ」

「卵から?人が竜の卵を孵せるわけがない!」

「よく見ろ。お前も竜ならわかるはずだ。タマとチナツの気が同質であることを」

 レオンはギリギリと火竜の腕を締め付ける。


 火竜は千夏に伸ばそうとしていた腕の力を抜く。レオンに言われたとおり、確かにチナツとタマの気は同質だった。

 卵から孵ると魔物は気を与えた者と同質の気をまとう。


「乱暴はしないから腕をはなせ」

 火竜は、跡が付くほどに自分の腕を握っているレオンに不機嫌にぼそっとつぶやく。

 レオンはしばらく火竜の様子を窺ってから、手を放す。


「卵はどこから手にいれたのだ?」

 火竜は少ししびれた腕を振りながら千夏に問いかける。

「それがよくわからないの。とりあえず、お店に売られていた中のひとつの卵がタマだったのよ」

 千夏の返答に、火竜はさらに眉間に皺を増やす。


「人が盗んだのか、ほかの魔物にとられたかのどちらか……。通常は卵から孵った幼竜の安全を守るために竜の谷で育てる。幼竜は体もまだできていないうえに、魔法ほとんどが使えない。保護する必要がある。

 竜の子供は生まれにくい。今竜の谷にいる幼竜は俺の娘だけだ。人が信用できない。俺がお前たちを竜の谷に近づけない理由だ」


 きっぱりと火竜が千夏をみて答える。つまり娘が私たちにさらわれたり、傷つけられたりしないかを心配しているわけなのか。なるほどねと千夏は頷く。放任主義の千夏とは随分と教育方法が違う。


「でもね、タマを見れば私たちがそんなことしないのは、わかってもらえると思うんだけど」

 千夏がそう答えると、タマも頷く。

「タマはまだ生まれて三か月経ってないでしゅけど、弱くないでしゅよ!」

 幼竜だからといって弱いわけではないことをタマは主張する。


「うちの娘と同じくらいだ。それだったら竜体は30センチくらいのサイズだろう?弱い魔物なら一撃で倒せるが、中級の魔物では体格差で吹き飛ばされてしまうじゃないか。

 魔法もまだ使えないし、幼竜はか弱いんだ。親がしっかりついていてあげないとダメだ。あんなかわいい子は絶対に狙われる。俺が成竜になるまで大事に守ってやると決めたんだ」

 タマのおかげなのか、さきほどまでの火竜の横柄な態度はなりを潜め、単なる子煩悩な若い父親と化す。


「タマはそんなに小さくないでしゅよ。おっきくなったんでしゅ。中級魔物くらいなら余裕で倒せるでしゅ!」

 えっへんとタマは胸を張る。

「ドラゴンオーブに触ったせいで第二次成長期が早まったのよ。今全長5メートルくらいかな。ドラゴンブレスも使えるしね」

 千夏がタマの言葉を補足する。


「ドラゴンオーブで?普通は二次成長期が来るまで早くてあと5年くらいかかるぞ」

 火竜は半信半疑なようだ。

「見たほうが早いでしゅ。見せてあげるでしゅよ」

 タマはそういうところりと走っている馬車の窓から外に飛び出す。くるんと回ってうまく地面に着地するとそのまま竜の姿に戻る。


 自分のおよそ半分くらいの大きさだが、幼竜独特のひ弱な感じがない。全身にまとう気も十分に安定している。それよりも、タマの角の色に火竜は驚く。

「光竜!まさか、タロスの子供なのか?」

 光竜と闇竜は他の竜と比べ極端に数が少ない。


 およそ3か月前に竜の谷で起きた異変時に、光竜夫婦の卵が行方不明になった。今も卵を探しに夫婦は大陸中を探し回っている。


「?タマはちーちゃんの子供でしゅよ」

 馬車の隣を低空飛行で追いかけるタマが首を傾げる。

「卵を孵したのがこの女というだけだろう?お前の親は別にいる。タロスに急いで知らせないと!」

 火竜は、馬車のドアをバンと開くと、走っている馬車から飛び降りる。


 竜はそろいもそろってせっかちなのだろうか。竜に戻った火竜は、すっかりもともとの目的を忘れたかのように、竜の谷へと戻っていく。アルフォンスが開いたままの馬車のドアを閉める。


「火竜は直情的な性格をしていると聞いたことがあるが、まさにその通りだったな」

 アルフォンスは遠ざかる火竜の背を眺める。

「そんなことより、話がややこしくなってきたような気がするの?」

 セレナはタマと千夏を見比べる。


「タマの本当の親か……」

 千夏は真顔でぽつりとつぶやく。

 火竜にはタマの両親に心当たりがあるらしい。

 タマは両親と会えたらどうするのだろうか。言い知れない不安が千夏の中で広がっていく。


「チナツ……」

 リルは隣に座っている千夏の手をぎゅっと握り締める。千夏の不安はリルにもよくわかる。ずっとこのままずっとみんなと一緒に過ごすと思っていたのだ。大丈夫だよと千夏に言ってあげたいのだが、不確定なことを無責任は言えない。


(まぁなるようにしかならんやろ。)

 シルフィンがにゅっと剣から抜け出し、空中でぷらりと浮かぶ。確かにシルフィンのいう通りである。最悪のパターンとして、タマがパーティから離れたとしても、まったく会えなくなるわけではない。

 千夏はきゅっとリルの手を握り返す。


 このままの速度で馬車を走らせれば、夕方には竜の谷に辿りつけるだろう。千夏は馬車の隣をゆっくりと着いてくるタマをじっと眺めていた。








「大変だ、大変だ!」

 火竜オーエルは猛スピードで谷に戻ってくると、そのまま妻と娘の元へと急降下する。父親の急降下によって発生した突風に、ディアは飛ばされないように小さな翼を動かし、母親の背中へと急いで避難する。

「いったいどうしたの?」

 オーエルの妻である同じく火竜のエカリナが娘を風から守りながら尋ねる。


「タロスの息子が見つかったんだ。タロスとフィーアは帰ってきていないか?」

 キョロキョロとまわりを見回しながらせわしくオーエルが尋ねる。

「出かけたままよ。それよりタロスの子供はどこにいたの?」

 エカリナもオーエルからの話を聞き、そわそわし始める。


 タロスとフィーアがどれほど子供を必死に探しているのかよく知っていたからだ。フィーアと同時期に卵を産んだエカリナには人(竜?)ごとに思えない。たまたま自分の娘が入った卵が、運よくあの暗雲に巻き込まれなかっただけだったのだから。


「今竜の谷に向かってきている。人が卵を拾って孵化させたらしい」

「人が竜の卵を孵せるの?」

 夫と同じ疑問をエカリナは抱く。

「そんなことより、早くタロス達に伝えてやらねば。そうだ、ガーシャ様ならタロスと連絡をとれるのではないか?」

 オーエルは一人頷くとそのまま竜の谷の最奥地へと向かい翼をはためかす。


 ガーシャはこの竜の谷で最古の竜で、そして最強の竜だ。巨大な気をたどってオーエルは竜の谷にある最奥地にある森の上空を旋回する。ガーシャの気を見つけると、木々をつぶさないように、人の姿に変化し空中でくるりと回って見事にガーシャの前に着地する。


「ガーシャ様!タロスの子供が見つかりました」

 桃の実を両手に握り、もぐもぐと桃にかぶりついていた黒髪の青年が「んあ?」と間抜けな声を出す。

「タロスの子供が見つかったのですよ!タロスとフィーアに教えてやりたいのですが、今どこにいるのかわかりません。ガーシャ様ならお分かりになるのではないですか?」

 もう一度オーエルはガーシャに説明をする。


「それって、俺がここに現れたときに闇に引っ張られちまった卵のことだよな?」

「そうです」

「そりゃ、よかった。連絡とればいいんだな。ちょっと待ってろ」

 両手に持った桃を無理やり口の中に突っ込んで咀嚼した後、ガーシャと呼ばれた青年は闇魔法シャドゥサーチを発動する。


 《シャドーサーチ》は影からその影を作っている物の情報を読み取る魔法だ。術者の熟練度によって、検索できる影の範囲が異なる。最古の竜、ガーシャのシャドウサーチ範囲はこの大陸すべてをカバーできる。

 頭の中に入ってくる様々な影からの情報からタロスの気を絞り込む。


「見っけ!《シャドゥバインド》」

 数百キロ離れた場所にいたタロスの影を操り、ガーシャはそのままタロスを影で拘束する。

 術を食らったタロスにしたらたまったものではない。空中を飛んでいたら、影から無数の手がにゅっと突き出てきて、自分を地面へと引きずり下ろしたのだから。こんな無茶なことをする者の心当たりは一匹しかいない。


 ガーシャが拘束魔法を解除すると、タロスの影がくるりと方向を変え猛スピードで飛び始める。タロスが向かっているのは竜の谷の方向だ。どうやらちゃんと伝わったらしい。何があったかまではわからんだろうが。


「連絡とったから、明日には戻ってくるはずだ」

 ガーシャはぽりぽりと頭をかき、その場にしゃがみこんでからオーエルを見上げる。

「そうですか、ありがとうございます」

 オーエルはガーシャに頭を下げる。しかし、あの異変からガーシャはすっかり変わってしまった。前は威厳ある竜だったが、いまでは柄が悪い子供のようだ。


 竜は人に変化すると自分の年相応の姿をとる。最古の竜であるガーシャが老人となるのは当たり前の姿だったのだが、なぜか今は青年の姿だ。膨大な魔力や気力はそのままで、数千年の時をさかのぼったかのようにしかみえない。


 今から約三か月ほど前、突然竜の谷全体に闇魔法が暴走した。その頃からガーシャ様の姿が若返ったのだ。それらの謎について、ガーシャ様から一度自分()達に説明があった、でも、オーエルにはガーシャ様が何を言っているのか、はっきりいってチンプンカンプンだった。


「んだから、ガーシャっていう竜は死んだんだよ。ガーシャって竜がでかい闇魔法を使ってた最中に、俺の精神がこいつの体に上書きされたみてぇだ。その影響で魔法が暴走したってわけだ。

 転職案内所でちゃんと人間に丸つけたのにな。くそっ。電車脱線だけじゃなくて、こっちでも不手際かよ!まぁ竜になっちまったのは想定外だが、今更じたばたしてもしょうがねぇ。

 ところでここまでの話までついてこれてるか?あーあ、その顔じゃわかってねぇな、お前ら。竜って頭が固いんだよな。

 まぁいいや、最後までとりあえず説明してやるよ。体が若返ったのは俺が若いからだろう。ちなみに、ガーシャの精神は消えちまったが、記憶だけは俺に引き継がれってから。

 俺は高橋那留(なる)だ。趣味はツーリングと喧嘩。売られた喧嘩は買うぜ。だが弱いもの苛めは大嫌いだ。よくその辺覚えておけよ!」


 ガーシャ、いや那留は人の姿でヤンキー座りをしたまま、居並ぶ竜達に向かって最初が肝心とガンを飛ばす。もちろん喧嘩を挑んでくる竜はいなかった。

 結局どの竜も那留の話がわからなかったようで、那留のことをガーシャとそのまま呼び続けた。


「そんで、タロスの子供はいままでどこにいたんだ?」

 ヤンキー座りのまま、那留はオーエルに尋ねる。オーエルは今日見聞きしたことをすべて那留に語った。


「ふーん、サトウチナツね。あきらかに日本人じゃん。挨拶にくるって?んじゃ、楽しみに待ってか」

 那留は腰をあげると、竜の谷の入り口のほうへと歩き出した。

竜の第二次成長期が始まる期間を変更しました。

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