縄張り争い?
遅くなりました。
リルは前方から吹き付ける風に少し目を細め、眼下に広がる景色を眺める。
さきほどまで広がっていた森を抜けると、湖が見えてくる。
湖面に光が反射して少しだけ眩しい。
「なかなかいい湖だな」
レオンも長い首を傾げ湖を見下ろす。
以前レゴンでみた泥沼とは違い、澄んだ綺麗な湖だった。
「魚もそれなりにいるから、あとで少し捕っていくか」
レオンの言葉にリルは頷く。南国諸島と異なりここから海は遠い。魚介類はめったに食べられないのだ。
「このあたりの土地は村の土地よりも、生き生きしている。作物がよく育つだろう」
リルは地図を広げてレオンの言葉を書き込んでいく。
竜の背中は多少追い風を受けるが、安定しているためものを書いたりすることも可能だ。
「とりあえず、東側からぐるっと回ってみてみよう」
レオンは体を傾けぐるりと旋回する。
このあたり一帯は大草原のようで、ずっと東へ向かっていくと小さな山が見えてくる。
山の上を旋回するようにぐるぐるとまわりながら、レオンは山全体に地中調査魔法を使い、地下資源を確認する。
「山の西側に微量だが、ミスリルがとれるようだ。およそ地下30メートルというところだな」
リルがメモを取り終わると、そのまま山を離れ南へと向かう。
たまにぽつりぽつりと小さな森があったがほとんどが草原だ。
ぐるりとまわって南西あたり過ぎたころに、ぴたりとレオンが空中で止まる。
「どうしたの?なにかあった?」
突然空中停止したレオンにリルが尋ねる。
レオンからの返事はない。
リルは不思議そうにレオンが向いている方向へと視線を動かす。
空中にぽつりと黒い点が見える。その黒い点はこちらに向かって近づいてきているらしく、だんだんと大きくなっていく。
やがてそれが何物がわかるとリルはギュッとレオンの背中にしがみつく。
状況によっては猛スピードで逃げることが必要となった場合に、振り落とされないためだ。
近づいてきたのは火竜だった。全身を覆う紅く煌めく鱗にエメラルドの角。全長はおよそ13メートルで、レオンよりもひとまわりは大きい。
火竜はレオンのすぐ近くまで近寄ってくると、そのまま空中で停止し、じろりと深い緑色の瞳を向けてくる。
レオンやタマと違う威圧的な瞳に真っ直ぐに見下ろされ、リルの体が震えた。
「ほう。なにやら混ざった気を感じて見に来てみれば、混血竜と人間の組み合わせとは。珍しいものを見た。
竜の谷になに用か?」
火竜は腹に響くような低い声で不機嫌そうに問いを発する。
「竜の谷はまだ先だろう。ここは人の国だ。領主に頼まれてこの辺りを調査していただけのこと。竜の谷に用はない」
レオンは母親以外で初めてみる成竜を警戒しながら、淡々と答える。
「ふん、人の国とはな。それは人が勝手に決めたことだ。我らが従う道理はない」
じろりと火竜はレオンを睨み付ける。
今すぐにここまで領地を広げるわけではないが、竜達と無用な領地争いなど起こしたくもない。
「あなたたちはどこまでが竜の谷のテリトリーだと思っているのです?教えてもらえれば、できるだけそこに立ち入らないようにします」
リルは勇気を振り絞って、火竜に尋ねる。
「すべての土地だと我が答えたらどうするのだ?我らと争いでも起こすのか?」
火竜がひたとリルを見据えて低い声で問い返してくる。
「・・・俺にそれを答える権限はないです。でも争うという選択はないと思います」
ペタリとリルは耳を垂らし、いじわるな物言いをしてくる竜を困ったように見上げる。
「答えられぬのであれば、この地をそうそうに立ち去れ」
火竜は口を大きく開け、威嚇するように鋭い牙を見せつける。
レオンは不愉快そうに火竜を睨み返す。
竜は矜持が高い生き物だ。このような仕打ちをされてレオンは黙っていられなかった。
だが、しょんぼりとうなだれたリルに「帰ろう」と催促されると、レオンは渋々とその場を離れ、村の方向へと翼を動かす。
リルを危険な目にあわせるわけにはいかなかった。
「ごめんね、レオン」
ぽつりとリルが背中でつぶやく。
「リルが悪いわけではない。あの横柄な火竜が悪い」
竜の谷に住むほかの竜がどうかはわからないが、あの竜の横柄な態度は許せない。
リルを一旦村へ返したあと、先ほどの場所まで引き返そう。
レオンは村へと急ぎ戻りながら、沸々とこみ上げる怒りを無理やり押し殺した。
「なにか機嫌が悪い?」
リルを背から降ろしたレオンの険しい瞳をじっと見上げ千夏が尋ねる。
アルフォンスとセレナとそろって夕食を食べに屋敷まで千夏が戻った後、しばらくしてレオンとリルが戻ってきた。
不機嫌そうな態度もそうだが、レオンの気がひどく乱れていることに千夏は気が付く。
「実はね・・・」
リルが先ほどの出来事を千夏に説明する。
「ふーん。随分と意地悪な竜だね。あ、勝手に戦うのは禁止だからね」
くるりと振り返り、そのまま飛び立とうとするレオンを千夏は止める。
「このままあいつの言うとおりにするのかっ?」
「しないよ。全部なんて馬鹿げた話だよね。たぶん冗談で言ったとは思うけど。はぁー、やっぱりご近所さんには引っ越しの挨拶をしにいかないとだめなのか」
面倒くさそうに千夏は溜息をつく。
「明日、竜の谷へ挨拶に行こう。だから今日はダメだよ」
千夏はぽんぽんとレオンの足を叩く。レオンは渋々頷くと、夕食を食べに森のほうへと飛び去る。
普通引っ越しの挨拶ならば蕎麦かお菓子が定番なのだが、蕎麦は手元にない。
お菓子を竜が喜ぶだろうか?タマとレオンは喜んで食べてはいるが。
そもそも、どれだけ持っていけばいいのだろう。
千夏は食堂に戻りながら、土産をどうすべきか考え込む。
「明日、竜の谷に行くのか?もちろん俺もいくぞ!」
リルから話を聞いたアルフォンスが考え込んでいる千夏に少し興奮したように尋ねる。
「あ、うん。別に一緒に行くのは構わないよ。せっかくだからみんなで行こうか」
千夏は自分の席につくと、くるりとテーブルについた仲間たちを見回す。
「私は明日にはエッセルバッハに戻らなければいけないから不参加ね。できるだけ穏便に済ませてちょうだい」
セラはエドがグラスに注いだワインの味をテイスティングし、軽く頷いた後に答える。
千夏が普通に竜と交渉するとは思えない。何かしでかすのであれば、できるだけ波風が立たないことを祈るだけだ。
「相手次第じゃない?」
けろりと千夏はそう答えて、スプーンを握りスープをすくう。
レオンの母親の記憶の中にあった竜の谷では最も強い竜が全ての竜を束ねていた。おそらくハマールに移動するときに感じたあの大きな気の持ち主だろう。
下っ端の竜と話をするより、トップと話をつけたほうが早い。
結局、竜への土産はお酒にすることにした。
夕食後ライゼから酒を数樽をゆずってもらい、アイテムボックスに格納する。
タマがそれを少しうらやましそうに眺めていたので、千夏は「味見する?」とほかの樽からお酒をコップにそそぐ。
「おいしいでしゅ」
タマはコクコクとお酒を飲みながらうれしそうに笑う。
あまりにもうれしそうに笑うのでもう一杯だけ、ついであげることにする。
普段飲ませていないので、たまにはいいだろう。
部屋に戻ると千夏は万冬と朝倉宛に手紙を書く。
新しい国のこと。人手が足りないことなど。朝倉宛の手紙にはこの国で働く気はないか?と一言付け足した。
「きてくれるといいなぁ」
千夏は手紙の封を蝋燭の蝋をつかって閉じる。
この国への移住募集はすでにギルドをつかって大々的に出している。
自分の家を建てるまでの間に移住者が住める宿を、何軒かエッセルバッハのほうで持ってきてくる手筈は整っている。
千夏としては面倒なのであまり国を大きくするつもりはない。少なくとも集まった人達が食べるのに困らないだけの田畑があればいい。
日本人すべてがここにくるとは限らないので、多少村をの拡張すれば済むはずだ。
その新しい土地を開拓するにあたり、いちいち竜が出てきてクレームをつけられたら、いろいろと面倒だ。
近所に住む同士仲良くできればいいと思っている。
千夏は再びレオンの母親の記憶を探る。
竜の谷にはだいたい2,30匹程度の竜がおり、その大半は人に無関心な竜ばかりだ。
血気盛んな竜たちはつぎつぎと里を飛び出していっている。その筆頭が混血竜にあたる。
喧嘩になるというより、相手にされない可能性のほうが高い。
興味を持たせるためにお土産の酒を用意したのだが、さて食いつくかどうかだ。
次の日の朝。
エッセルバッハに戻るセラを見送った後、村長とニルソンにしばらくの間出かけてくることを伝える。
挨拶が済むとそのまま村長の家の前で待機していたレオンの背中に千夏は乗り込む。
昨日、レオンが竜と遭遇した場所まで連れて行ってもらって、その場所をマーキングしてくるのだ。
初めてのるレオンの背中は広く、多少風を顔に受けるがなかなか快適だった。
およそ3時間くらいで、目的地に到着する。千夏は転移で一旦村に戻って全員を再びその場所に連れてくる。
ここから竜の谷までは馬車を使う。
レオンは竜の姿のまま、馬車の上空をゆっくりとついてくる。
人に戻らなかったのは、昨日遭遇した火竜の気配を感じたからだ。
火竜は悠然と姿を現す。
「懲りずにまた来たのか」
ぐるるると低く唸りながら火竜はじろりとレオンを睨む。
「どうもどうも。領主の佐藤千夏です」
千夏は馬車から降りると、上空に浮かぶ火竜に向かって挨拶する。
火竜はゆっくりと馬車の前に降りてくる。
「昨日あなたは「竜の谷になにか用か」と聞いたのよね?用はあるわ。引っ越しの挨拶に行くつもりよ。ついでに竜の谷まで案内してもらえると助かるけど」
千夏はのんびりと火竜に向かって話しかける。
「案内だと?断る。さっさと帰れ」
威嚇するように翼を広げ、火竜は低く唸る。
「それなら勝手にいくからいいわ」
千夏は御者台に乗り込むと、エドに先に進むようにお願いする。
「進むのは構いませんが、襲ってこないですか?」
「竜はプライドが高いの。何もしていない無抵抗の弱い人間を勝手に襲うことができないそうよ。そんなことをしたら愚か者と竜の世界で蔑まれるんだって。レオンのお母さんの記憶から読み取ったんだけどね」
エドの質問に千夏はちらりと火竜を見ながら答える。
痛いところをつかれたらしく、火竜はギロリと千夏を睨みながら低く唸る。
「あのさ、私たちがなにかするのか不安なら一緒について行って監視すればいいじゃない。人になれるのでしょう?まだ馬車のスペースは空いているわよ。
せっかく言葉が通じるのだもの。話せば私たちがどういう人間か少しはわかるだろうし、なんであなたがそんなに竜の谷に私たちを入れたくないのか説明すればいいんだよ。頭を使わずに暴力で訴えようとするならほかの魔物とたいして変わらないよ?」
千夏は面倒くさそうに、火竜に向かって話しかける。
火竜はもう一度だけ低く唸ったあと、人の姿に変化する。
そこには鮮やかな燃えるような髪のレオンより少しだけ年上に見える青年が立っていた。
眉間には深いしわが刻まれている。きっと本意ではないのだろう。
しゃべり方が年寄くさかったのけど、意外と若い竜だったのね。
千夏は御者台から降りると、彼の前で馬車の扉を開いた。
評価ありがとうございます。
体調不良の関係で更新が遅れています。
すみません。




