妖精の住む谷
馬車コースターもどきから無事地表へと降り立つと、千夏はべたりと地面に座り込んだ。
正直もう二度と乗りたくはなかった。
「すごい風だな」
アルフォンスは吹き荒れる風を見上げる。
「ところで妖精の谷はどこなの?」
いたってここは普通の山間だった。大小の岩と枯れた木々の枝が見えるだけだ。
キョロキョロとセレナが妖精を探す。
「あっちに妖精が集まってるでしゅ」
人に姿をかえてグルグル巻きだったロープから抜け出したタマが枯れた木々のほうを指さす。
千夏もタマが指した方を振り返る。
そこには数多くの妖精が集まって、こちらをじっと伺っていた。
『シルフィン?』
先頭に立っている幼女がこちらを見て尋ねる。
(ああ、フィー!久しぶりやな!元気にしとったか?)
朗らかなシルフィンの声が聞こえてくる。
『ほんまシルフィン?帰ってくるのが遅すぎや!』
幼女はこちらに走ってくると、セレナが腰にさしている剣をぱしぱしと叩く。
(堪忍や。すっかり迷子になってしもうたんや。とりあえず、谷に入れてくれ。こいつらはおいらの仲間や。気のええ連中や。)
泣きながら剣を叩く幼女に向かって、シルフィンは優しく諭すように話す。
幼女はちらりと千夏達を一瞥してから、『しゃあないな。こっち来い』と涙をぬぐって仲間たちのほうへと戻っていく。
「あっちに付いて来いって」
千夏が妖精の声が聞こえない仲間たちに声をかける。
アルフォンスはさっそくタマを抱えて、ぼやっと見える妖精を見ようと必死に目を凝らす。
木々の間を妖精たちは抜けていくが突然姿が見えなくなる。
どうやらどこか空間がねじ曲がって妖精の谷へと続いている道らしい。
千夏を先頭に全員が木々の間を縫って歩いていく。
と、突然足場がなくなり体が落下していく。
「うきゃぁぁ!」
暗い縦長のトンネルを滑り落ちていく感覚に千夏は悲鳴を上げる。
どのくらい落ちたのだろうか、気が付くと落ち葉が貯まる場所に着地していた。
はっと上を向くと、次々と仲間たちが千夏の上を目がけて落ちてくる。
千夏はジタバタと転がりなんとか突撃を回避する。
「全員無事か?」
薄暗い穴の中でアルフォンスが尋ねる。
「たぶん……あっちに出口があるみたい。出てみよう」
リルは頭に乗っかった落ち葉を落としながら、光が指すほうを見る。
光の出口を潜り抜けるとそこは緑豊かな森の中だった。
さっきまでいたところは巨大な木の空洞の中だった。
「久しぶりに緑を見た気がする」
千夏は澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
(ああ、懐かしい。変わっとらんな。)
来る途中の干上がった大地を見て不安に思っていたが、シルフィンはほっとしたように囁く。
『お帰りなさい。シルフィン』
ふっと明るい光があたりを照らしたあと、目の前に14歳くらいの少女が立っていた。
彼女の周りにはたくさんの妖精が集まっていた。
だがどれも幼児ばかりで、彼女と同じくらいの年の者はいない。
(アンジーか。元気やったか?)
『元気とはいいがたい状況ね。まぁとりあえず、妖精の谷へようこそ。私がこの谷の代表です』
彼女は千夏達に向かって優雅に一礼をする。
「どうも。お招きありがとうございます」
千夏はぺこりと挨拶をする。タマも千夏をまねて同じく会釈をする。
レオンは頷いただけだが、他のメンバーは何が起きているのか全然わからない。
てんでバラバラの方向を見ている。
「申し訳ないのですが、大半の私の仲間はあなたが見えないし、声も聞こえていません」
『そのようですね。いろいろそれだと面倒ですね。せめてこの谷の中では普通に会話できるようにしましょう。「コンタクト!」』
彼女が舞うように飛び上がると緑の多重魔法陣が千夏達一行を包んでいく。
ぱあんと弾けるような軽い音が鳴り、魔法陣が消滅する。
「あああああああああああああああ!」
アルフォンスは目の前の妖精たちを指さして叫ぶ。
「うるさいですよ」
スパンとエドがアルフォンスの後頭部を殴る。
確かにうるさい。アルフォンスだけは、見えないようにしておくべきだったかもしれない。
そう千夏は思った。
『なにもないですが、どうぞ』
風の妖精王アンジーは、小さな木の椀を全員に勧めた。
ここは先ほど到着した出口から少し歩いた泉の近くだった。
大きな切り株がテーブルとなっており、小さな切り株に全員腰をかけて円状にぐるりと並んでいた。
アンジーが全員配った木の椀の中には花の蜜で作ったお茶が入っている。
甘ずっぱいがなかなかおいしい。
『シルフィンもそのような姿だと話づらいわ』
テーブルの中央に置かれた妖精剣をアンジーがついっと撫でると、剣の中から小さな男の子が出てくる。
銀髪にくりくりとした大きな瞳で、顔にはそばかすがいっぱいついている。
なかなか活発そうな子供の姿だった。
『なんや久しぶりに外に出たわ』
くるりと彼は空中で一回転すると、テーブルの上で胡坐をかく。
「シルフィンなの?」
セレナは小さく驚き、小さな男の子を見て尋ねる。
『そうや。かわいいやろ?』
彼は目を細めてニコニコ笑う。
確かに可愛らしい子供だった。
『相変わらず変わっていないのね』
アンジーはぷっとシルフィンの姿をみて吹きだし笑い出す。
笑いが収まると、アンジーはテーブルに胡坐をかいているシルフィンに尋ねる。
『とりあえず、シルフィンがどう過ごしていたかを教えて』
『どうしたもこうしたも、300年前に魔王を倒した後おいらの持ち主がそんときの怪我で死んでなぁ。他の勇者たちがおいらをそいつの墓標替わりにおったてて、そのまま帰りおたんや。そっから100年くらいはそのまんまやったなぁ。大量に血が流れた土地やったさかい、妖精も近寄らん。気まぐれな商人がおいらを見つけて持ち帰えるまではずっと墓守やったわ』
うーんと腕を組んでシルフィンは語り始めた。
『持ち帰った商人からいろんな人の間を渡り歩いた。なんせ鞘から抜けん剣やしな。持ち主がコロコロ変わる。途中ふて寝しておったから、記憶が飛んでるんやけど最後に拾ったんは、このセレナや。やっと声が伝わる人におうたわ』
『大変だったのね。ずっと帰ってこないから心配していたのよ』
アンジーはほっとしたように微笑んだ。
『それよりも、こっちはどうなってんや?森は今まで通りやけど、外は荒地や。よくこの森がもっとるな』
シルフィンはテーブルの上を這ってアンジーの前まで近寄ってくる。
『それなんだけど、実は困っているの。火の妖精王にこの島で火山が噴火することを事前に教えてもらっていたから、外界と切り離してなんとか現状を保っていられた。でも、決まった時間を魔法でずっとループさせてるだけだから、死んだも同然な森なのよ。生き物が育たないの』
『時間をループやて?結構大きな魔法つこうたんやな。そんで、気がそんなに小さいんかい』
シルフィンの指摘にアンジーはあいまいに微笑む。
確かに、アンジーの気はシルフィンとあまり変わらない。
タマと比べても10分の1ほどだ。
『せめて湖ができるほどの大雨がきてくれればね・・・たまにぽつぽつ降るだけで、雨が全然こないの』
彼女は深い溜息をつく。
「それならチナツに頼んだらどうだ?」
ふいにレオンが二人の会話に割り込む。
『なんや、チナツ雨でも降らせられるんか?』
シルフィンは今度は千夏の前まで這って近寄ってくる。
期待に満ちた目で千夏をじっと見つめる。
「出来るよ。単なる雨じゃなくて豪雨なら」
千夏はやれやれとつぶやいた。
一度妖精の谷から抜け、再び厳しい暑さが照り付ける大地へと一行は戻る。
レオンは妖精の谷の近くに土魔法で一瞬で巨大な穴を掘り起こす。
深さ30メートル、長さが3キロにも及ぶ巨大な穴だ。
だが、湖として使うにはまだまだ小さい。
(頑張りやー!)
剣に再び戻ったシルフィンがレオンに発破をかける。
結局レオンは魔力切れ直前まで、巨大な湖を掘り起こした。
隣の火山地帯まで掘り進めたものだから、全長およそ40キロ四方に及ぶ巨大な穴だ。
「すごいな。しかし、これに全部水がたまるのか?」
アルフォンスは疲れて椅子に座り込んだレオンに質問する。
「ああ。これでも足りないくらいだ。明日また魔力が戻ったらもっと掘るか」
生真面目な性格であるレオンは、自分が言い出したことを最後まで貫くつもりでいた。
「次は私の番だね」
千夏はすっと空に向かって手を伸ばす。
「森羅万象、響け雷鳴、轟け豪雨。『水雷天上』」
千夏がそう言い放つと、空が徐々に暗くなっていく。どこからかかき集められたのか雨雲がどんどんと湧いて出てきて、完全に太陽が隠れる。空一面が雨雲で覆われる。
ぽつりと雨が降り出したかと思うと、バケツをひっくり返したような大雨が降り始める。雨の勢いは止まらない。さらに体にたたきつけるような激しい雨が降り始め、一行は張っていた天幕の中に避難する。
ゴロゴロゴロゴロ。
雷雲も低く唸り、光を辺り一面に発し始める。
ドカーン!
雷が各地へ落ち始める。
とても天幕では安心できない。急いで妖精の谷へと避難を始める。
魔力が抜けて少しぐったりとしている千夏をエドが背負っている。
「すごい雨だな。いや、嵐か!」
アルフォンスは目もあけれない豪雨の中で叫ぶ。
だが雷鳴の音でアルフォンスの叫び声も聞こえない。
全員またもや落ち葉の中に落下する。
『お疲れ様でした。すごい豪雨です』
アンジーがうれしそうに、落ち葉の中に転がっている千夏達一行を出迎える。
「水の特級魔法「水雷天上」。7日間ほどあれが続く」
レオンは母親の記憶で読み取った魔法の説明をする。自分では使えない魔法だったので千夏が再現してくれたことが嬉しいようだ。
「7日も?」
リルは驚いたようにレオンを見上げる。
そう。7日間もだ。千夏は少しだるい体を起こした。
正直凄まじい災害以外なんでもない。
軽い気持ちで雨を降らせるというような生半可な魔法ではないのだ。
使いどころにかなり難がある。
範囲もかなり広い。おそらくレゴンの南半分は雨雲に覆われ、雷が落ちまくっていることだろう。
キール達がいる北側には雨雲がかからないように、できるだけ南側で発生させた。
たぶん二度と使うことはないだろう。
次の日魔力が回復したレオンは豪雨の中を嬉々として飛び立っていく。
いくつか山や平野に穴をあけて地下水脈を作る予定だそうだ。
もともと枯れた水路に痩せ衰えた大地にレオンは不満がずっと募っていたいたらしい。
水と土の竜らしいと千夏は苦笑した。
切りがわるいですが、一旦きります。




