双子
アルフォンスとセレナが倒れたために、一行はここで休憩することになった。
2人とも体には異常がなく、連続で技を繰り出しことによる精神疲労とスタミナ切れだったので、とりあえず寝かしておくことにしたのだ。
少し早いがエドが昼食の準備にかかる。
千夏は馬車の中で、読みかけの本を取り出し読書を始める。
読書に没頭していた千夏は、腕を数度引かれてはっとする。
千夏の腕を引いていたのは人の姿にもどったタマだった。
「ちー、ごはん」
タマはそれだけいうと馬車を降り、とてとてとエドのほうに走っていく。
タマの言葉に軽い違和感を覚えながら千夏は、昼食の準備ができているテーブルへと向かう。
千夏はコムギ用の食器を取り出し、おかずをつめこみ、テーブルの下に置く。
「コムギー?どこコムギ」
コムギの姿が見えないので、千夏は声をあげながら近辺を探す。
先程の戦闘に参加させなかったので、むくれてどこかに隠れているのだろうか。
「コムギならいるぞ」
レオンがコムギを探している千夏に寄ってくる。
ほらとレオンが指し示した方向には、お皿に顔うずめて犬食いしているタマがいた。
そこへタイミングよく、竜のタマがコカトリスを咥えて降りてきた。
ちょこちょこと2、3歩あるきエドの前に倒したコカトリスをどさっと置く。
「あれ、タマが2匹?」
千夏は不思議そうにじっと2匹を眺めたあと、やっと気が付く。
本物のタマは竜のほうで、犬食いしているほうはコムギの気だった。
「擬態がうまくいったの?」
「ああ。その分大量に気を奪われたけどな」
確かにレオンの気は大きく目減りしていた。
戦闘に参加できないコムギは、憂さ晴らしに拘束しているレオンの気を吸いまくったのだ。
もともと擬態まであと少しというところをずっと繰り返していた。
成竜の気を大量に吸ったことで、さらに体が活性化され擬態に成功したようだ。
タマもすぐにコムギに気がつき人の姿に戻り、コムギに駆け寄っていく。
「コムギ!」
「ター!」
コムギもタマに気が付きご飯を中断して、駆け寄ってきたタマに抱き付く。
抱き合う二匹はまさに瓜二つだった。
「すごいでしゅ。擬態できたのでしゅね」
「あい!」
コムギのほうはほめて!ほめて!とタマを期待に満ちた目で見ている。
タマもうれしそうにコムギの頭を撫でる。
コムギはタマに褒められたあと、食事に戻りガツガツとまた犬食いを始める。
そんなコムギをみて「またマナー教育が必要ですね」とエドが嘆息する。
事情を知らないキールとエリザにはタマが分裂したようにしか見えない。
「竜ってなんでもありなんだな」
キールは「まいったぜ」と額に手を当てる。
「そっくりだから2人並ぶと、俺にはどっちがどっちかわからないよ」
「腕輪を2個付けているのがタマ。なにもつけてないのほうががコムギ。そう区別するしかないでしょう」
困惑するリルにエドが見分け方を伝授する。
コムギの擬態はまだ完全ではないようで、気が付くと元の姿に戻っていた。
それでもタマは弟の成長がうれしかったようで、「ご褒美でしゅよ」といって貝殻の首飾りをコムギにかける。
実はコカトリスを追いかけて海岸線まで出たタマは、そこでいくつか光る貝殻を見つけた。
それを拾うのに夢中になってしまったので帰ってくるのが遅かったのだ。
食事が終わり食後のお茶を楽しんでいたころになって、ようやくアルフォンスとセレナが起きだしてくる。
「おなかすいたの」
セレナはぐぅぐぅ鳴る自分のおなかを押さえる。
2人の食事がすむと、キールとエリザが別れの挨拶をする。
「世話になったな」
キールは渡したときからまったく減っていない荷物を受け取る。
「この先はあまりこの国の人間も立ち入らない地域だ。魔物も多い、気をつけろ。ま、あんたらだったら大丈夫だろうけどよ」
「ありがとう。そっちも気をつけてくれ」
アルフォンスは右手を差し出すと少し照れくさそうにキールはその手を握る。
「セレナ、あなたはきっといい剣士になる」
エリザは自分より小さいセレナを見おろし、セレナに握手を求める。
「私も鍛錬するわ。あなたに負けないように」
自分の手よりセレナのかなり小さい手を握り、歴戦の女剣士はにっこりと微笑む。
「次は負けないの」
セレナもぐっとエリザを見上げ力強く頷く。
別れ際に千夏は二人に水膜の魔法をかける。
「あなたたちの旅が実りがあるものであるように、祈っているわ」
エルザは一度振り返り、手をふるとキースと共に来た道を戻っていく。
2人の姿が小さくなるまで、見送り千夏達一行は旅を再開した。
そこからの旅は順調といえば順調だった。
順調といえるのは水膜の魔法があったからだ。南に向かえば向かうほど気温がぐんぐんと上がっていく。
水膜の魔法も30分には一回かけなおさないとすぐに干からびてしまう。
まれに出現する魔物も無生物のストーンゴーレムばかりだった。
夜は全員同じ天幕で寝た。千夏のマジックアイテムがないと暑くて眠れなかったからだ。
馬も暑さで倒れないように、レオンが氷の壁を作りその横で馬は寝る。
大量に詰め込んできたエドのアイテムボックスの凍らせた海水が半分ほどなくなった時点で、ようやく山脈地帯に突入する。
山々には緑が一切なく、岩山だった。このまま長期間放置し続ければ巨大な砂山になるだろう。
(こないな環境で世界樹は問題あらへんのか?)
不安そうにシルフィンは照り付ける太陽を睨む。
かすかな記憶では妖精の谷の近くの山々はきれいな緑で覆われていた。
一番高い山を越えたところに妖精の谷がある。
どれが一番高い山なのかわからないので、竜2匹が空を飛んでこの山脈地帯を一回りする。
途中風の妖精を見つけたレオンが妖精の谷の場所について妖精に尋ねる。
『水と土の混血竜が風の妖精の谷になんのようや』
「仲間に風の妖精がいる。彼の里帰りだ」
強風が吹き荒れる中、レオンは必死にバランスをとる。実際に空を飛ぶのはあの洞窟から出てまだ2回目だ。まだあまり上手に飛ぶことができない。
風の妖精は強風の中を弧を描くようにくるくると回る。
『まぁええわ。妖精の谷はこっちや』
目当ての風を掴むと妖精は強風にのって、西のほうに飛び去って行った。
レオンはそれを確認したあと、人間たちの元へと戻る。
タマもすでに戻っており、同じように風の妖精を捕まえて聞いていたらしい。
「あの山を越えた先でしゅ」
タマが指す山を見てエドは「馬車ではいけませんね」と顔を顰める。
徒歩で山を越えるとなるとかなりの時間がかかる。
千夏もげんなりとして目の前にそびえる山を見る。
登山は昔から苦手だった。
「私たちを乗せて山を越えられないですか?」
エドはレオンとタマに向かって尋ねる。
「馬は運べないぞ」
「馬は転移でマハイに置いてきます」
「上空はかなりの強風だ。できるだけ低速で飛ぶとしても結構揺れるぞ」
少し渋い顔でレオンが答えるが、アルフォンスが「問題ない!」と叫ぶ。
「空を飛べるなんてめったにない機会だ。ぜひそうしよう」
アルフォンスは子供のようにきらきらと目を輝かせている。
こうなったら誰も止められないのを知っている。
長時間の岩山の登山か、揺れる空を行くか。
どっちも正直嫌だなぁと千夏は思った。
とりあえずエドがマハイに馬を預けに転移で飛ぶ。
残ったメンバーでどうやって空を移動するかを検討する。
「竜の体にロープを固定して、全員命綱をつけていくのはどうか?」
「嫌ぁよ。風強いんでしょ?しょっちゅうバンジージャンプ状態になるじゃない」
アルフォンスの意見をすぐさま千夏が却下する。
「バンジージャンプってなんなの?」
セレナの質問に千夏は自分の故郷での遊びで、高いつり橋から命綱をつけて飛び降りることだと説明する。本当はゴムを使うのだが、この世界にはゴムがないので割愛する。
「楽しいの?」
千夏の説明にセレナが小首を傾げる。
「私は好きじゃないからわからない」
「じゃあ、馬車をロープで固定してタマとレオンに運んでもらうのは?」
リルは少し考えてから、近くに置いてある馬車をみる。
生身で竜に乗りよりはましな気がする。
アルフォンスの馬車は貴族の馬車だけあって頑丈なつくりになっている。
多少の衝撃で壊れはしないだろう。
エドが戻ってくると早速何本ものロープで馬車と竜の体を固定する。
「少しでも危険を感じたら山に一回降りてください」
エドがレオンとタマに念押しする。
全員が馬車に乗ると馬車の扉を何重にもロープで縛り上げ開かないように封鎖する。
最後に気休めだがリルが全員に防御上昇の支援をかける。
『ではお願いします』
エドが遠話で話しかける。レオンの分はアルフォンスの遠話の腕輪を渡してあった。
2匹が同時に空に向かって飛び上がる。
同時といっても多少差がでるので、馬車は斜めになる。
座席に体を固定しているので、全員転がりはしないが一斉に悲鳴を上げる。
慌てて竜達が角度や飛行速度を合わせる。
ようやく水平に戻った馬車の中で千夏はゼイゼイと喘ぐ。
バンジーではないけど、ジェットコースターに乗っている気分だった。
強風にあおられガタガタと馬車が小刻みに前後に揺れる。
千夏以外は楽しそうに外を眺めている。
千夏も次第にバスかなにかに乗っていると自分に思い込ませ、多少の揺れに動じなくなる。
一時間くらいそのまま時間が過ぎる。
『これから下降する。揺れるぞ』
レオンから遠話で連絡が入ると、全員自分の席に両手でしがみつく。
馬車がぐいっとまた横に倒れる。
今度は千夏側の席が下になっているので、席に必死にしがみつく必要はなかった。
正面に座っているアルフォンスは楽しげに「ウォォォォォォォォォォォォォォ!」と声を上げる。
そしてとうとう千夏達は妖精の谷の入口へとたどり着いたのだった。




