最終話 伝説の勇者
「ふう……」
満足げに息を吐いて、ミイナはベッドに寝転んだ。
「やっぱ温泉は最高だよね」
弾力と滑らかさを取り戻した肌を見つめ、ミイナは満足げに呟く。それに濡れた髪を布で拭きながらレイが同意した。
「そうだね」
魔王を倒した後動けなくなった勇者の子孫達は、ボスの組織の構成員達の手によって温泉の国ユゲンに運ばれ、温泉に浸かってゆっくりと体を癒していた。その甲斐あってか今では、多少体の重さは残るものの、普通に動けるまでに回復していた。
「美味しいもの食べてぇ、こうして宿でのんびりするのはいいよねぇ」
饅頭を両手に持って、シータが笑う。
「本当に、平和になったんだな」
「ああ、そうだな」
魔物が全ていなくなったわけではない。それでも、魔王を倒したことで、魔物達の力は弱くなった。そして魔王に滅ぼされる心配がなくなったことでやる気を取り戻した人々は、一致団結して残っている魔物に立ち向かっている。
「でも結局、ガインの呪いは解けなかったね」
解呪が出来る者は、とうとう見つからなかった。ガインの腰には今もなお短剣が下げられていた。
「まあいい。この短剣にも慣れた」
ガインが苦笑する。慣れた、というのは多少の強がりもあるようだが、ガインはこの呪われた短剣と共に生きることを覚悟したようだ。
「ガインとレイはぁ、薬師か回復魔法が使える神官をお嫁さんにするといいよぅ」
シータの提案に、ボスが同意する。
「それがいい。小娘、誰か紹介してやれ」
「うん、いいよ。ガインはどんな子がいい?」
そうだな、と顎に手を当てて考え、ガインは自分の希望を伝える。
「物静かで家事が得意な子がいいな」
「ミイナと正反対の子だってぇ」
「……シータ、喧嘩売ってる?」
ミイナが起き上がって杖を手にした時、ノックの音がして宿屋の女将が現れた。
「勇者様方、お食事のご用意が出来ました」
女将はにこやかに告げると、頭を下げて去っていく。
「待ってましたぁ!」
手に持っていた饅頭を口に放り込み、シータが嬉々として立ち上がり食堂に向かう。ミイナ達も立ち上がり、シータの後に続いた。
「『勇者』って呼ばれるのは慣れないな」
食堂に向かいながら、ガインが小さく唸るように言う。
勇者の子孫達の活躍は、多少の脚色と共に、既に世界中に伝わっていた。それにより、魔王を倒したミイナ達は『勇者の子孫』ではなく『勇者』と呼ばれるようになったのだ。
「あはは、そうだね」
食堂で美味しいご飯を食べ、勇者の子孫達は食後の運動も兼ねて外に散歩に行く。
そこらにある店をひやかしながら歩く勇者の子孫達。
「あ、可愛い」
ミイナが髪飾りを専門に売っている店の前で立ち止まり、隣に立つボスを見上げる。
「買って」
ミイナのおねだりに、ボスが顔を顰めた。
「何故オレが、小娘に髪飾りを買わなければならないんだ」
「いいじゃない。買ってよ」
舌打ちをし、ボスが訊く。
「どれが欲しいんだ?」
「やった!」
ミイナは店の中へ入り、髪飾りを手に取って見比べ始めた。
「こっちもいいし、でもこっちも捨てがたいよね……」
そうしてミイナが迷っている間に、レイも店の中に入って何気なく店内を見回す。そして、店の奥にある棚にふと視線を向け、首を傾げてじっとそれを見た後、驚きの声を上げた。
「あれ……!」
「ん?」
「どうかしたのか?」
訝しげなガインとボスに、レイは棚の中の本を指さして言う。
「あれ、あそこに並んでいるの、魔王攻略日記だ!」
ガインとボス、シータが驚く。レイの言葉に、髪飾りを選んでいたミイナも振り向いて目を瞬かせた。
「……え?」
すぐさまボスが店主に言う。
「そこにある日記を渡してくれ」
「日記? あの本のことですか? あれは売り物じゃあないんですが」
「いいから渡せ」
戸惑いつつも、勇者様の命令なので、店主は日記を棚から出してボスに渡した。受け取ったボスが、それを更にレイに渡す。レイは表紙を見て頷いた。
「間違いない。魔王攻略日記の下巻だ」
ミイナが思わず、手に持っていた髪飾りを落とす。
「ええ!?」
ボスが店主に訊いた。
「これをどこで手に入れた?」
どこでって……、と困った表情をして店主は答える。
「これは大昔から、うちにあったものですよ。なんでも、とんでもない優男がうちのご先祖様に手を出して逃げる際に落として行ったとか……。でもまあ一応落し物ではあるのでね、優男の関係者が取りに来るかもしれないと、こうして保管し続けて今に至るのですが……」
勇者の子孫達は顔を見合わせた。
ボスが店主に告げる。
「オレ達が、その優男の関係者だ。だからこれは貰っていく」
「え? 勇者様方が?」
半信半疑な店主に「そうだ」と頷き、ボスは店主に金を渡す。
「小娘の髪飾りの代金だ」
髪飾りの代金にしては少々高い額を店主に握らせ、ボスはレイに目配せして店の外に出る。レイが頷いてボスの後に続き、その後をガインとシータ、それから「ちょっと待って」と慌てて並んでいた髪飾りの一つを握りしめてミイナが続いた。
「こんなところで見つかるなんて……」
店の外に出て、レイは攻略日記をパラパラと捲る。
「なんて書いてあるの?」
「えーと……」
数ページ捲ったところで、レイは指を止めた。そして眉を寄せる。
「最後の欠片は……、世界の南西にある離れ小島の……小屋の地下……」
ミイナ達は驚愕した。
「え? 嘘!」
南西の離れ小島と言えば、ゴリラカニが居たあの島のことではないか。ではセイン国の王が閉じ込められていたあの地下に、最後の聖なる欠片はあったというのか。
「他には何か書かれていないのか?」
「えーと……、女性とか食べ物とか日常話ばかり……かな? ん? これは……」
再びページを捲っていたレイが動きを止める。じっと古代文字を見て、難しい表情をしながらゆっくりとそれを読み始めた。
「力に溺れた愚かなる者達は、魔物を生み、魔王を生む。愛に狂った者は、いつか愛に気づくのだろうか――」
勇者の子孫達は眉を寄せ、顔を見合わせる。
「……なにこれ」
「たしか遺跡でも似たような文章があったような……」
うーん、と暫く唸り、勇者の子孫達はあっさりと考えることを放棄した。
「もういいや。魔王は倒したし」
「そうだな」
「今は体を癒すことを優先しよう」
「分からないことをいつまでも考えても仕方がないだろう」
「お腹空いたぁ」
どうせ大した内容ではないだろうと結論付けて、ミイナは買ったばかりの髪飾りをボスに差し出す。
「……なんだ、小娘」
「ここの、頭の後ろのところに着けて」
「……何故オレがそんなことをしなければならない?」
「だって鏡が無いんだもの」
だから上手く着けれない、というミイナに舌打ちをして、ボスは髪飾りを引っ手繰るとミイナの髪を束ね始めた。
「痛い! もっと優しく!」
「うるさい我慢しろ!」
言い合う二人の様子に苦笑しながら、レイが日記を閉じる。と、そこでレイは「あ……」と気づいた。
「これ、名前が書いてある」
「名前?」
ガインとシータがレイの手元を覗き込んだ。
「……ナパーン・ユードリー」
レイの呟くような声に、ガインとシータがポカンと口を開ける。
「ナパーン?」
「それってぇ、魔王が言ってた人じゃないぃ?」
ではナパーンというのは――。
「ねえ、似合う?」
ピョンっと飛び跳ねて目の前に現れたミイナに、レイとガインとシータは驚く。ミイナはその場で一回転してみせた。髪につけられた飾りがシャラシャラと音を立てる。
「ねえ、似合う?」
もう一度訊いてきたミイナに、レイは気持ちを落ち着かせながら微笑んで答えた。
「可愛いよ、ミイナ」
ミイナは満足げに頷き、ボスの腕を叩いた。
「えへへ、可愛いって!」
「お世辞だ、小娘」
「そんなことないもん!」
ふくれっ面になったミイナに鼻を鳴らし、ボスはさっさと歩いていく。
「あ、ちょっと待ってよ」
ミイナが小走りでボスに追いつきその隣を歩く。
シータが呟いた。
「乙女だねぇ」
「乙女だな」
ガインが頷き、複雑な表情をしているレイの肩を叩く。
「もう一度温泉に行こうかな……」
溜息を吐きながら言うレイに、ガインが頷く。
「では俺も行こう」
「あ、おいらも行くぅ」
そしてシータは、前を歩くボスに大声で訊いた。
「ボスもぉ、一緒に温泉に行くぅ?」
ボスが立ち止まって振り向き頷く。
ミイナがシータに負けない大声で訊いてきた。
「ねえ、魔物ごっこやるー?」
レイとガインが苦笑する。
「魔物はもう暫くいいよ」
「そうだな」
シータが大声で返事する。
「しないってぇ」
「ええー? 楽しいのに!」
文句を言いながら再び歩き出すミイナ。その隣をボスが歩き、後ろからレイとガインとシータが付いて行く。
世界を平和に導いた新しい勇者達は、温泉へと向かった。