表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/19

第8話 違う常識

 最初は単語だった。

 物を指差し、名前を書く。聞き返す。書き直す。それを繰り返すうち、短い会話なら成立するようになっていた。

 ライネはよく話しかけた。

「食事」

「扉」

「空」

「紙」

 思いついた単語を見つける度、すぐ確かめたがる。

 後ろでレイヴンが笑った。

「お嬢様、完全に教師だな」

「その呼び方やめてください」

 ライネが少しだけ睨む。

 セヴィは必要な時だけ口を開いた。アンセスも少しずつ、この世界の音に慣れ始めていた。

 文字体系が近いからか、覚える速度は思ったより早かった。数日もすると片言ながら会話が成立し始め、紙束は減り、代わりに言葉が増えていく。

◇ ◇ ◇

 辺境調査局北州局の会議室。

 長机を囲むのはセヴィ、レイヴン、コヒス、ライネ。向かい側にはアンセスが座っている。

 全員が席に着くと、レイヴンが机へ筆談記録を置いた。

「確認済み事項を整理する」

「お前たちはコルプティス王国所属。敗戦後、境界標付近へ出現。ここまでは合ってるか」

 アンセスは頷く。

「はい」

「なら次だ」

 コヒスが口を開いた。

「お前たちの世界にも帝国はあるか」

「あります」

 即答だった。

 ライネが少し安心した顔をする。だが、アンセスは続けた。

「一つ。でも、他もある」

 レイヴンが聞く。

「他?」

「王国。沢山。共和国。都市国家」

 セヴィが眉を寄せた。

「帝国の中にあるのか」

 アンセスは首を振る。

「違う。別」

 部屋が静かになった。

 ライネが小さく呟く。

「帝国以外……」

 コヒスは紙へ短く残した。

『複数政治体系』

 ライネが顔を上げる。

「マナについて聞きたいです。前に術式と言っていました。魔法、という理解でいいですか」

 アンセスは頷く。

「はい。あります」

「誰でも使えるんですか」

 少し考える。

「理論では可能。でも学ぶ必要がある。知識が必要。貴族。学院」

 ライネが首を傾げる。

「平民は?」

「一部。才能。例外」

 コヒスが小さく呟く。

「知識階級か」

 アンセスは意味を完全には理解出来なかった。だが、少し嫌な響きだった。

 レイヴンが机を軽く叩く。

「最後だ」

 ライネが筒から帝国地図を取り出した。中央には帝国、四方には外縁地帯。人の認識が曖昧になっていく場所まで描かれている。

 地図が机へ広げられると、アンセスは覗き込んだ。

 そして止まった。

 視線が川を追い、山脈を越え、都市と街道を一つずつ確かめていく。

 もう一度見る。

 オリヴァーも身を寄せた。

「……無い」

 アンセスが地図を指でなぞる。

 北。南。西。東。

 どこにも無い。

「知らない」

 レイヴンが聞く。

「何が」

 アンセスは顔を上げた。

「全部」

 部屋が静まる。

 コヒスが地図を見て、それからアンセスを見る。

「地理体系一致無し」

 短く言った。

 レイヴンは腕を組む。

「じゃあ、お前たちの世界は」

 少し考える。

「どこにある」

 アンセスは答えなかった。

 答えられなかった。

 地図の上に、自分たちの世界は存在しなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ