第7話 確認する者たち
中央からの返答は予想より早かった。
異変案件第三六号上申から七日後。
北州局監視塔が南側街道の砂煙を見つけた。
セヴィは局舎前へ出る。
草原の向こうから十数騎が近づいていた。先頭数騎は軽装だったが、その後ろには帝都式装備の騎兵が続いている。槍旗こそ掲げていないものの、馬具も鎧も地方駐屯兵とは違った。
「本当に来たか」
隣で副官が呟く。
騎列が局舎前で止まる。数えると十三騎。調査だけにしては多かった。
先頭の男が馬を降りる。
一瞬だけ目が合った。
それから笑う。
「久しぶりだな」
セヴィも少しだけ口元を緩めた。
「……中央が来るとは思ってましたが、お前とは思いませんでした」
「俺も思ってない」
男――レイヴンは肩を竦める。
「お前が王国を拾うまではな」
副官が怪訝そうな顔をした。
レイヴンが気付く。
「学院時代の後輩だ。学生会も一緒だった」
「正確には、俺が入る頃には卒業してましたけどね」
「面倒な仕事だけ残してな」
「覚えてましたか」
二人が少し笑う。
後ろの騎手たちも降り始めた。
一人は痩せた中年男だった。灰色混じりの髪を後ろへ流し、静かに周囲を見回している。高価な服装ではない。だが姿勢に無駄がなく、視線が動く度に周囲まで観察されている気がした。
その後ろには書類筒を抱えた随員が二人。さらに護衛が二人付く。
地方勤務が長い人間ほど分かる。
こういう人間は偉い。
「副史官長、コヒス」
男が短く名乗った。
次に女が馬を降りる。
二十代後半ほど。紙束を抱え、辺りを見回していた。その後ろには皇室事務局付き護衛が二人控えている。
レイヴンが横を見る。
「ほら、お嬢様も」
女が眉を寄せた。
「皇室事務局事務官、ライネです」
「その呼び方やめてください」
「お前の親父が俺の上司なんだ。今更だろ」
ライネは小さく溜息を吐く。
セヴィは軽く頭を下げた。
「辺境調査局北州局主任官、セヴィです」
レイヴンが局舎を見回す。
「相変わらず何もない場所だな」
「家畜盗難と境界揉めが主業務です」
「今回は担当外だろ、これ」
セヴィは返さなかった。
レイヴンも笑みを消す。
「……報告は読んだ」
「はい」
「笑えなかった」
軽口はそこで終わった。
◇ ◇ ◇
最初に確認したのは装備だった。
保管庫へ移り、机へ装備を並べる。砕けた胸甲。折れた槍。裂けた旗。
ライネが横で記録を書き続ける。
「帝国規格一致なし。北州諸部族とも一致なし」
コヒスが旗布を持ち上げた。残った刺繍を長く見る。
「紋章資料にも該当なし」
レイヴンは鎧を裏返した。
留め具。革紐。縫製。
一つずつ確認する。
「偽造なら、手間が掛かり過ぎるな」
セヴィは黙っていた。
数日前、自分も同じ結論へ辿り着いている。
次は筆談記録だった。
積み上がった紙束には消された跡が並び、文字は乱れ、同じ単語が何度も書き直されていた。
ライネが一枚を抜く。
『マナ』
レイヴンの視線が止まる。
「本人は?」
「歩けます」
レイヴンは紙束を閉じた。
「……話を聞く」
◇ ◇ ◇
アンセスは扉の音で振り返った。
知らない顔が増えていた。
セヴィ以外は初めて見る人間だった。
だが見れば分かる。
兵士じゃない。
服も態度も、草原で会った連中とは違っていた。
判断する側の人間。
そう理解した。
レイヴンは机へ紙を置く。
『マナ』
『何を指す』
アンセスの目が止まった。
紙を取る。
『世界を満たす力』
『術式に必要』
ライネの筆が止まる。
コヒスが紙を見る。
何も言わない。
レイヴンが続けて書く。
『マナ無き世界』
『どう成る』
アンセスは少しだけ眉を寄せた。
簡単過ぎる問いだった。
書く。
『術式成らず』
『文明崩る』
少し止まる。
最後に書き足した。
『何故』
レイヴンが書く。
『知らぬ』
部屋が静かになった。
コヒスが紙を受け取り、長く読む。それから目を閉じた。
「……記録と一致しています」
ライネの筆が止まる。
レイヴンは息を吐いた。
「確認完了だ」
セヴィは紙を見る。
アンセスを見る。
そして理解した。
異変案件第三六号。
それはもう、北州局だけで扱う案件じゃなかった。




