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第6話 古い単語

 帝都へ届く報告書の大半は、読む価値がない。

 少なくとも、内務庁辺境調査局中央局異変調査室主任官レイヴンはそう思っていた。

 朝から机の上には紙束が積み上がっている。北州案件は特に多かった。

 その中から一枚を引き抜く。

『北州異変案件第三六号』

「またセヴィか」

 名前を見ただけで分かった。

 辺境調査局北州局主任官、セヴィ。

 優秀だが、生真面目過ぎる男だった。

 レイヴンは椅子へ深く座り直し、紙をめくる。

『境界標付近にて身元不明武装集団十六名を保護』

『対象集団は帝国共通語を理解せず』

『文字体系に部分互換性あり』

『所属:コルプティス王国』

『身分:伯爵』

 そこで読む速度が落ちた。

 王国。

 見たことのない単語だった。

 だが、意味だけは何となく分かる。

 さらに読む。

『帝国認識外文明圏との接触可能性を否定出来ず』

 レイヴンは紙から目を離した。

「……寝不足か?」

 隣席の文官が顔を上げる。

「誰です?」

「セヴィ。今度は王国を拾ったらしい」

「王国?」

「そのうち竜でも拾うぞ、あいつ」

 二人が少し笑う。

 外縁地帯の報告には時々こういうものが混ざる。

 風が割れた。

 知らない声がした。

 夜に影を見た。

 今回も、その類だと思った。

 文官がふと思い出した顔をする。

「そういえば」

「何だ」

「北州から追加伝令が来てました。対象者との追加筆談です」

 机の端から紙片を探し、差し出した。

 レイヴンは受け取る。

 短い記録だった。

『この世界には、マナが無いのか』

『マナ』

『意味』

『何?』

 そこで手が止まる。

 笑いが消えた。

「……何て?」

「ですから、マナです」

 レイヴンはもう一度見る。

 マナ。

 古い単語だった。

 いや。

 古過ぎた。

「これ、誰が見た」

「まだ主任だけです」

「他には」

「誰も」

 レイヴンは無言で立ち上がった。

 書架へ向かう。

 鍵を開ける。

 古い規定集を取り出す。

 指でページをめくる。

 ほとんど使われない規則。

 存在すら忘れられている規則。

 やがて手が止まった。

『指定古語及び封印語句確認時は、即時上級審査へ移送』

 指定語句一覧。

 その一つ。

『マナ』

 レイヴンは本を閉じた。

「……面倒なことになった」

◇ ◇ ◇

 呼ばれた人数は少なかった。

 内務庁長官。

 史官長。

 皇室事務局局長。

 そして皇帝。

 会議室も広くない。

 長机の中央には第三六号報告書と筆談記録が置かれていた。

 最初に口を開いたのは内務庁長官だった。

「確認したい。本当にマナと言ったのか」

「筆談記録は一致しています」

 皇室事務局局長が紙束を置く。

「対象者側から複数回確認されています」

「古語の偶然一致では?」

「文字互換も確認されています」

 部屋が静かになった。

 史官長が報告書を閉じる。

「境界標。文字互換。王国。マナ」

 短く区切る。

「偶然が重なり過ぎています」

 皇帝は黙ったまま報告書を見ていた。

 若い皇帝だった。

 だが、その視線は動かない。

「伝承か」

 史官長が頷く。

「建国以前の記録です」

「神話ではないのか」

 内務庁長官が言う。

 史官長は小さく首を振った。

「神話であれば、封印語句指定は残りません」

 皇室事務局局長が別の紙束を机へ置く。

 古い。

 紙そのものが変色していた。

『第一避難計画』

『境界監視継続』

『外界残存人口』

 内務庁長官が顔をしかめる。

「まだ保管していたのか」

「保管義務があります」

 皇帝が初めて顔を上げた。

「簡潔に言え」

 史官長が息を吸う。

「帝国建国以前。世界は一つだったという記録があります」

「記録、か」

「はい」

「当時の記録には、現在存在しない概念が残されています」

 少し間を置く。

「マナです」

 部屋が静まり返った。

「伝承では世界規模の災害が起き、その後、一部生存者が移住したとされています」

「移住先は」

「不明です」

「残された側は」

「不明です」

 皇帝が机を指で叩く。

 一度。

 二度。

 三度。

「北州異変は半年続いている」

「はい」

「そして今、人が現れた」

 誰も答えなかった。

 皇帝は報告書を閉じる。

「結論は一つだ」

 全員が視線を向ける。

「調べる」

 短く言った。

「北州へ人を送れ」

 内務庁長官が聞く。

「調査団ですか」

 皇帝は少しだけ黙った。

 それから答える。

「確認だ」


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