第4話 報告書
夜。
辺境調査局北州局の執務室。机の上には紙束が積み上がっていた。
筆談記録。簡易地図。装備品記録。保護対象状態報告。
それから数日が過ぎた。
数度の筆談と何度もの書き直し。互いに紙束だけを増やし続けた。言葉は最後まで通じなかった。
それでも、報告を書くには十分だった。
ランプの火が揺れる。
セヴィは新しい紙を引き、ペンを取った。
『北州異変案件第三六号』
『分類:異変案件・中央上申必要』
『報告者:辺境調査局北州局主任官 セヴィ』
『発生地点:帝国外縁地帯境界標付近』
ペンを走らせる。
『境界標付近にて身元不明武装集団十六名を保護』
『発見時、対象者全員重傷、武装状態』
『現時点確認生存者:十六名』
『対象集団は帝国共通語を理解せず』
『文字体系に部分互換性あり』
『対象側は帝国文字を読解可能』
『当方は対象側文字体系を完全解読出来ず』
セヴィは机の端へ積まれた紙束を見る。
短い単語。消された跡。何度も書き直された文字。
互いに翻訳し続けた数日分の記録だった。
そこから拾えた情報を整理する。
『対象代表者』
『アンセス・レセルシュ』
『身分:伯爵』
『所属:コルプティス王国』
『領地軍指揮官を自称』
さらに紙束をめくる。
改革。政敵。敗北。辺境。戦。包囲。崖。部下。捕虜不可。
散らばった単語を頭の中で繋ぎ、報告へ落とし込む。
『対象者は領地改革を試み、政治闘争に敗北』
『辺境戦争による状況打開を図るも失敗』
『包囲後、部下と共に崖より落下』
『捕虜化回避を目的とした自死行為の可能性高』
ペン先を止め、窓の外を見る。
境界標のある北側では夜風が草原を揺らしていた。
異変はあの線の上で起き続けている。
風が割れる。
獣が現れる。
夜中に声が聞こえる。
そして今度は、人が現れた。
セヴィは視線を戻し、最後の項目を書く。
『所見』
『本件は単独事案ではない』
『対象出現地点は既知異変帯と一致』
『境界標周辺異常との関連性極めて高し』
『対象者供述の真偽判断不能』
『ただし、帝国認識外文明圏との接触可能性を否定出来ず』
『至急中央判断を求む』
書き終えると紙を重ね、封蝋を押した。赤い蝋の上へ帝国紋章が浮かぶ。
その時、扉が開いた。
副官だった。
「出来たか」
セヴィは頷く。
「中央へ送る」
副官は封書を受け取り、少しだけ迷う。
「……本気か?」
セヴィは再び窓の外を見る。
境界標の向こうには外縁地帯が広がっていた。
帝国が何も知らない場所だった。
「俺たちだけじゃ判断出来ない」
副官は黙ったまま封書を見る。
外では、北から吹く風が鳴っていた。




