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第2話 読める文字

 意識が浮かび上がる。

 最初に見えたのは、寝台を覆う薄布だった。

 天井から吊られた円形の木枠。そこから白い布が垂れ、小さな天幕みたいに寝台を囲っている。

 アンセスは眉を寄せた。

 見覚えがある。

 カピトリアで広まった寝台様式だ。元は王都周辺の貴族文化だったらしいが、今では珍しくもない。

 木枠の形。布の織り方。留め具の細工。

 知っているものとは微妙に違っていた。

 反射的に身体を起こす。

 次の瞬間、脇腹に焼けるような痛みが走った。

「っ……!」

 息が詰まる。傷口が引き攣り、視界が揺れた。無意識に脇腹へ触れる。

 厚い包帯。

 そこでようやく思い出した。

 敗走。崖。飛び降り。矢。草原。知らない男。

 記憶が繋がる。

 アンセスは顔をしかめた。

 死後にしては、痛みが鮮明過ぎる。

「――っ!」

 右側から声が飛んだ。

 顔を向ける。

 知らない女がいた。

 白い衣服に簡素な装い。アンセスの視線は自然と細部を追う。

 裁ち方。縫い目。布の重ね方。

 カピトリアの衣装に近い。ただ、襟元の形と留め具だけが見慣れない。

 地方差か。

 それとも。

 女は慌てて立ち上がり、駆け寄ってきた。

「————」

 肩を支えられる。

 何か言っている。

 早口だ。

 分からない。

 ほとんど聞き取れない。

 それでも耳に引っかかる音があった。

 脇腹。

 矢。

 響きが少し近い。

 女は振り返り、扉の近くに立っていた兵士へ何か叫んだ。

 兵士が慌てて走っていく。

 アンセスは周囲を見回した。

 石壁。木枠の窓。棚と寝台。

 装飾は少ない。紋章もない。柱の面取りも粗い。

 砦とも貴族屋敷とも断定し難かった。

 軍施設か。

 それとも。

 考えていると扉が開く。

 入ってきた男を見て、アンセスは目を細めた。

 覚えている。

 草原の石柱の前で倒れる直前、最後に見た顔だった。

 男が口を開く。

「————」

 やはり分からない。

 それでもいくつか音が引っかかった。

 安全。

 医師。

 兵。

 響きが少し近い。

 アンセスは口を開いた。

「ここはどこだ。カピトリア領内なのか」

 男が止まる。

 今度は向こうが困惑していた。

 二人の沈黙が落ちた。

 しばらくして男が何か思いついた顔をする。

 外へ声をかけた。

 紙と筆記具が机へ並べられる。

 男は迷わず文字を書いた。

 紙が差し出される。

 アンセスは受け取り、視線を落とした。

 そして目を見開く。

『此れ、読み得るか』

 違う。

 完全には違う。

 文字の形。崩し方。一部の綴り。

 知っているものとは微妙に異なっていた。

 それでも読めた。

 古い碑文。地方古文書。今では使われなくなった旧書式。

 研究してきた文字体系に近い。

 アンセスは震える手で書く。

『……読める』

 男の目が大きくなる。

 アンセスも同じだった。

 言葉は通じない。

 文字は通じる。

 あり得ない。

 いや。

 あり得るのか。

 アンセス・レセルシュ。

 コルプティス王国伯爵。

 敗軍の指揮官。

 彼は理解した。

 ここは死後の世界じゃない。

 もっと不思議な場所だった。


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