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第18話 始祖の翡翠

「存在します」

 アンセスの返答に、謁見の間は静まり返った。

 誰もすぐには口を開かなかった。

 皇帝はアンセスを見据える。

「詳しく聞かせてくれ」

「はい」

 アンセスは頷いた。

「私の世界では、マナの存在は常識です」

「誰もがその存在を知っています」

 外務庁長官が眉を動かした。

 アンセスは続ける。

「ただし、魔法を使えるかどうかは別です」

「資質にも個人差があります」

「全く使えない者もいます」

 皇帝は黙って聞いていた。

「魔法とは何だ」

「マナを利用する技術です」

 アンセスは少し考える。

「火を起こす」

「水を運ぶ」

「傷の治癒を助ける」

「用途は様々です」

 プロマが口を開く。

「つまり生活の一部ということか」

「そうなります」

 アンセスは頷いた。

「特別なものではありません」

「少なくとも私の世界では」

 短い沈黙が落ちる。

 やがて皇帝が聞いた。

「君も使えるのか」

「使えます」

 即答だった。

「ですが、この世界へ来てからは一度も使えていません」

「なぜだ」

「マナが存在しないからです」

 アンセスは静かに言う。

「少なくとも私は感じられません」

「空気にも」

「地面にも」

「どこにも存在しない」

「だから魔法は使えません」

 プロマが腕を組んだ。

「つまり証明する方法は無いと」

「私にはありません」

 その時だった。

「一つだけあります」

 コヒスだった。

 全員の視線が集まる。

 だが次の瞬間、トスリが鋭い視線を向ける。

 言葉は無い。

 それだけで十分だった。

 コヒスは一瞬口を閉じる。

 だが皇帝が先に言った。

「続けろ」

 コヒスは軽く頭を下げた。

「古記録に記述があります」

「建国以前から皇室へ伝わる宝物の一つです」

 トスリの表情が僅かに曇る。

「始祖の翡翠」

「その内部にはマナが封じられていると記されています」

 謁見の間が静まり返った。

 皇帝はティムへ視線を向ける。

「残っているのか」

「はい」

 ティムが答えた。

「現在も皇室保管庫に収められています」

「持って来てくれ」

 トスリが口を開いた。

「陛下」

 その声には明らかな躊躇いがあった。

「用途は不明です」

「ですが建国以来、歴代皇帝へ継承されてきました」

「失われてはならないとだけ伝えられています」

 皇帝は答えない。

 やがてティムが小さく頭を下げた。

「承知しました」

 護衛へ指示が出される。

 しばらくして、小さな箱が運ばれてきた。

 ティム自ら封印を確認し、鍵を開ける。

 蓋が開いた。

 中には翡翠の首飾りが収められていた。

 春先に芽吹いた若草のような淡い緑色だった。

 誰も声を上げない。

 皇帝は首飾りを見た。

 そして少しだけ目を細める。

「……それか」

 思い出すような口調だった。

「久しぶりに見たな」

 ティムが頷く。

「ご存じでしたか」

「子供の頃は父上がよく身に付けていた」

 皇帝は小さく笑った。

「正式な式典の時はいつもだったな」

 そう言いながら首飾りへ手を伸ばす。

 だが途中で動きが止まった。

「……」

 謁見の間が静まる。

 皇帝は首飾りを見つめたまま言った。

「こんな色だったか」

 ティムが顔を上げる。

「陛下?」

「もっと濃かった気がする」

 皇帝は首を傾げた。

「気のせいかもしれないが」

 ティムは少し考える。

「実は先代陛下も似たことを仰っていました」

 皇帝が見る。

「記録にも残っています」

「色味が薄くなっているのではないか、と」

 今度は皇帝が黙った。

 トスリの表情は硬い。

 コヒスも何も言わない。

 しばらくして皇帝が口を開く。

「二千年守り続けた結果」

 首飾りへ視線を落とす。

「何なのか誰も知らない」

 静かな声だった。

「それは少しおかしいな」

 誰も反論しなかった。

 皇帝はアンセスを見る。

「もし本当にマナが残っているなら」

「使えるのか」

 アンセスは首飾りを見る。

 胸の奥で何かが微かに反応した。

 懐かしい感覚だった。

「恐らく」

 アンセスは答える。

「ですが、何が起きるかは分かりません」

 その瞬間。

 護衛達の空気が変わった。

 何人かが無意識に剣の柄へ手を添える。

 皇帝はその様子を見て小さく頷いた。

「なるほど」

 そして立ち上がった。

「場所を変えよう」

 全員が顔を上げる。

「訓練場を使う」

 トスリが反射的に言った。

「陛下」

「危険かもしれません」

「だからだ」

 皇帝は短く答えた。

「ここで試す訳にはいかない」

 そして近くの護衛を見る。

「警備を増やせ」

「見学者は最低限だ」

「医務官も待機させろ」

「はっ」

 護衛が一礼する。

 謁見の間が慌ただしく動き始めた。

 アンセスは箱の中の翡翠を見つめる。

 今まで感じられなかったもの。

 だがあの中には確かに存在している。

 微かではあるが。

 間違いなくマナだった。


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