第17話 予定変更
事務官に呼ばれ、アンセスとライネは会議室へ戻った。
廊下を曲がったところで、アンセスはわずかに足を止める。扉の前に立つ護衛の制服が見慣れなかった。濃い紺色の礼装に金糸の飾緒を付け、腰には儀礼用らしい剣を佩いている。
ライネも気付いたらしい。
「……皇城の護衛?」
事務官は小さく頷いた。
「お待ちです」
扉が開く。
中にはホワイト、レイヴン、コヒスが揃っていた。だが空気はいつもと違う。誰も雑談をしておらず、机の上の書類も既に片付けられている。
「父上?」
ライネが首を傾げる。
ホワイトは立ち上がった。
「予定変更だ」
「これから皇城へ向かう」
ライネが目を瞬かせた。
「皇城へ?」
「今日ですか」
「ああ」
ホワイトは短く答える。
「陛下がお会いになる」
一瞬、部屋が静まった。
「今日?」
「正式な召見は数日後では――」
「今朝決まった」
レイヴンが肩を竦める。
「私も驚いた」
コヒスが静かに続けた。
「今朝、皇城で経過報告がありました」
「史官長、外務庁長官、皇室事務局局長、そして陛下が出席されています」
ライネが思わず聞き返す。
「全員ですか?」
「はい」
コヒスは頷いた。
「報告後、その場で召見が決まりました」
ホワイトは書類を手に取る。
「移動中に説明する」
◇ ◇ ◇
皇城へ向かう馬車の中で、ライネはまだ納得していないようだった。
「本当に珍しいんです」
「陛下が予定を変えること自体はありますけど、ここまで急なのは私も初めてです」
アンセスは窓の外へ視線を向けたまま聞いていた。
しばらくして小さく呟く。
「史官長に外務庁長官」
「皇室事務局局長か」
短い沈黙。
「……思った以上だな」
ライネは苦笑した。
「そうですね」
「私も少し緊張しています」
◇ ◇ ◇
皇城へ着くと、一行はそのまま中央棟へ案内された。
何度か扉を通り、長い廊下を進む。途中ですれ違う役人や護衛達は皆足を止めて道を譲った。静かな建物だったが、人の動きは絶えない。
やがて大きな扉の前で足が止まる。
護衛が一礼した。
「こちらです」
重い扉がゆっくり開かれた。
◇ ◇ ◇
中は広い謁見の間だった。
高い天井を支える石柱が左右に並び、赤い絨毯が玉座まで真っ直ぐ続いている。玉座の前には長い机が置かれ、その周囲には既に数人の人影があった。
最初に目に入ったのは老人だった。白髪の痩せた身体に似合わず背筋は真っ直ぐ伸びている。
「宮廷史館史官長、トスリ様です」
ライネが小さく声を落とした。
その隣には五十代半ばほどの男が座っていた。鋭い視線でこちらを観察している。
「外務庁長官、プロマ様です」
さらにもう一人。
落ち着いた雰囲気の男だった。
「皇室事務局局長、ティム様です」
アンセスは黙って頷く。
どの人物もただ者には見えなかった。
その時、奥の扉が開いた。
室内にいた全員が立ち上がる。
静寂が落ちた。
入ってきた男は思っていたより若かった。三十代前半ほどだろうか。礼装を纏っているが派手さはなく、自然な足取りで玉座へ向かう。
男は玉座へ腰を下ろした。
皇帝だった。
ホワイトが一礼する。
「お揃いです」
皇帝は短く頷いた。
「ご苦労」
それから視線を動かす。
アンセスのところで止まった。
数秒。
誰も口を開かない。
「君がアンセス・レセルシュか」
「はい」
アンセスは頭を下げた。
皇帝は小さく頷く。
「話は聞いている」
「報告書も読んだ」
一拍置く。
「王国という国も、伯爵という身分も、そしてマナという言葉も」
「どれも帝国には存在しないものだ」
皇帝の声は静かだった。
「君がどこから来たのか」
「それはまだ分からない」
謁見の間は静まり返っている。
「失われた文明の末裔か」
「未知の土地の人間か」
「あるいは――」
そこで言葉が切れた。
「別の世界の人間か」
誰も口を挟まない。
ただ皇帝の言葉を待っていた。
「だが」
皇帝はアンセスを見る。
「確認したいことがある」
一拍。
「君はマナを知っているな」
「はい」
アンセスは答えた。
皇帝は小さく頷く。
「では聞こう」
謁見の間が静まり返る。
「君がいた場所では」
「今もマナは存在するのか」




