第16話 内務庁
翌朝。
朝食を終えると、一行は屋敷を出た。
玄関前には二台の馬車が停まっている。
ロジェリーナはいつものように片方へ向かった。
ライネも自然にその後ろへ続く。
数歩進んだところで足が止まった。
「あ」
振り返る。
ホワイトがもう一台の馬車の前でこちらを見ていた。
ロジェリーナが小さく笑う。
「今日は違いますよ」
「……そうでした」
ライネは苦笑した。
三人はもう一台の馬車へ乗り込む。
ロジェリーナの馬車は先に動き出し、通りの角で別の方向へ曲がっていった。
◇ ◇ ◇
帝都中心部へ近付くにつれ、街並みが変わっていく。
商店は減り、人の流れも少し違っていた。
荷物を運ぶ商人より、書類箱や筒を抱えた者の方が目立つ。
建物も大きい。
似たような石造建築が並び、通りそのものが一つの街区になっているようだった。
やがて馬車が止まる。
ホワイトが先に降りた。
アンセスも続く。
目の前には巨大な建物があった。
横へ長く広がる石造建築。
何度も増築されたらしく、奥には別棟まで見える。
華美ではない。
だが規模だけなら王宮にも劣らなかった。
「内務庁です」
ライネが言った。
入口の脇には銘板が並んでいる。
人事局。
財政局。
学政局。
工造局。
辺境調査局中央局。
同じ建物の中に複数の局が入っているらしかった。
ホワイトは慣れた様子で中へ入っていく。
建物の中は静かだった。
人は多い。
だが騒がしくはない。
書類を抱えて歩く者。
部屋へ出入りする者。
廊下の端で短く打ち合わせをしている者。
誰もが忙しそうだった。
「長官」
「おはようございます」
何人もの役人がホワイトへ声を掛ける。
だが足は止めない。
ホワイトも短く応じるだけだった。
その時、一人の事務官が近付いてきた。
「長官、皆様お揃いです」
「分かった」
ホワイトは時計を見る。
「少し時間が掛かる」
「終わったら呼ぼう」
「分かりました」
ライネが答える。
ホワイトは事務官と共に奥の廊下へ消えていった。
その背中を見送りながら、ライネが小さく息を吐く。
「さて」
「少し時間が出来ましたね」
◇ ◇ ◇
二人は廊下を歩いた。
内務庁は思った以上に広かった。
曲がり角を一つ越えるたびに景色が変わる。
会議室や資料室の扉が並び、その先にもまた廊下が続いていた。
途中、廊下の脇で二人の職員が話をしていた。
だがライネの姿が見えた途端、会話が止まる。
「おはようございます」
ライネが声を掛けた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
二人も返事をする。
そのまま通り過ぎる。
しばらくすると背後から再び話し声が聞こえ始めた。
アンセスが横を見る。
「遠慮されているな」
「レイヴンさんのせいです」
ライネが即答した。
「昔から会うたびに『お嬢様』って呼ぶんです」
「事実ではないのか」
「やめてください」
また即答だった。
「どうしてアンセス様までそうなんですか」
ライネは本気で嫌そうだった。
アンセスは思わず口元を緩める。
北州へ来てから何度も見た反応だった。
「レイヴンが気に入る理由は分かる気がする」
「え?」
ライネが振り返る。
「おかげで普通に名前を覚えてもらえません」
ライネは諦めたようにため息を吐いた。
途中で階段を見つける。
「上へ行きましょう」
二人は階段を上がった。
やがて大きな窓が並ぶ回廊へ出る。
視界が一気に開けた。
「ここです」
ライネが窓際へ歩く。
「好きなんです」
アンセスも外を見る。
下には官庁街が広がっていた。
同じような石造建築が並び、その間を人や馬車が行き交っている。
「あれが外務庁です」
ライネが一つの建物を指差した。
内務庁と同じくらい大きな建物だった。
「大きいな」
「そうですね」
ライネも建物を見る。
「立場も高いです」
「辺境民族関係を扱う役所ですね」
「ただ、実際の仕事は各州が処理することも多いので」
少し首を傾げる。
「帝国で一番暇な役所だって言う人もいます」
「それであの規模か」
「私も理由は知りません」
ライネは苦笑した。
「聞いても『昔からある』としか返ってこなくて」
今度は別の方向を指差す。
「あちらが帝都役所です」
外務庁よりさらに大きな建物だった。
「帝都の役所か」
「はい」
ライネが頷く。
「帝都を管理している行政機関です」
「北州にもあるのか」
「あります」
「北州役所です」
「南州も東州も西州も同じですね」
「市にも役所があります」
「内務庁はその全部を統括しています」
アンセスは窓の外を見渡した。
建物は似ている。
だが役割は全て違うらしかった。
さらに遠くを指差す。
「あちらが皇城です」
高い城壁が街並みの向こうに見えていた。
「母上はあちらですね」
「皇室事務局か」
「はい」
ライネは少し笑った。
「本来なら私もあちらです」
「だから朝か」
アンセスが言う。
ライネが少しだけ顔をしかめた。
「忘れてください」
アンセスは少しだけ口元を緩めた。
「今日はわざわざ来ていただいた」
「ありがとうございます」
ライネは少し驚いた顔をした。
それから笑う。
「気にしないでください」
「私も案内したかったので」
風が窓から吹き込む。
アンセスはもう一度官庁街を見渡した。
内務庁。
外務庁。
帝都役所。
皇城。
それぞれが別の場所で別の仕事をしている。
王国とは違う。
領主の名を覚えれば済む国ではなかった。
役所があり。
部署があり。
無数の役人が働いている。
国そのものが一つの仕組みみたいだった。
しばらく二人で景色を眺める。
ライネが手すりへ寄り掛かった。
「北州へ行ったの、まだ半月も経ってないんですよ」
アンセスは少し考える。
確かにそのくらいだった。
だがもっと前のことにも思える。
「でも」
ライネが遠くを見る。
「半年くらい前みたいな気がします」
少し笑った。
「変ですよね」
アンセスは答えなかった。
その感覚は少し分かる気がした。
崖から落ちた日も。
目を覚ました日も。
まだ遠い過去ではない。
それでも別の人生の出来事みたいだった。
その時だった。
廊下の向こうから足音が近付いてくる。
一人の事務官が二人を見つけた。
「ライネさん」
「長官がお呼びです」
ライネが姿勢を正す。
「終わったみたいですね」
二人は窓際を離れ、事務官の後を追った。




