第15話 違う当たり前
翌朝。
昨夜泊まった客室は静かだった。北州局の宿舎より広く、街道沿いの宿よりも落ち着いている。窓の外から聞こえる人の声も遠い。
ここが帝都。
そう思い出すまで少し時間が掛かった。
扉を叩く音がする。
「アンセス様」
オリヴァーだった。
部屋を出ると、向かい側の扉も開く。
オリヴァーも少し困った顔をしていた。
「眠れましたか」
「ええ」
アンセスは頷く。
二人とも昨夜は別々の客室へ案内されていた。
寝台も広い。
机もある。
湯まで用意されていた。
「私まで客室を用意されるとは思いませんでした」
「私もそう思いました」
昨夜は少し落ち着かなかった。
部屋が悪い訳ではない。
むしろ逆だった。
落ち着かなかった理由は、良過ぎたからかもしれない。
オリヴァーが軽く咳払いする。
「私は使用人達の方で朝食を頂きます」
アンセスは短く頷いた。
「分かりました」
オリヴァーは軽く頭を下げる。
「後ほど」
◇ ◇ ◇
食堂へ入ると、既に朝食の準備が終わっていた。
ホワイト。
ロジェリーナ。
ライネ。
三人は既に席についている。
そしてホワイトの横には紙束。
ロジェリーナが呆れた顔をした。
「食事の時くらい仕事を置いてください」
「見ているだけだ」
「それを仕事と言うんです」
ホワイトは少しだけ紙束を横へ寄せた。
ライネが溜息を吐く。
「父上、今日は休みですよ」
「内務庁は休まない」
「人は休みます」
即答だった。
アンセスは少しだけ目を瞬かせる。
もっと緊張した家を想像していた。
だが、朝の光景は普通だった。
「オリヴァーさんは?」
ロジェリーナが聞く。
「使用人達の方へ行きました」
アンセスが答える。
一瞬、三人が顔を見合わせた。
「別ですか?」
ライネが首を傾げた。
「そちらの方が落ち着くそうです」
アンセスが答えると、ライネは少し困った顔をした。
「一緒で良かったんですが」
ホワイトも頷く。
「客人だからな」
アンセスは少し考えた。
「……そういうものなんですか」
今度はホワイトが首を傾げる番だった。
「違うのか」
アンセスは答えなかった。
何が普通なのか、少し分からなくなった。
◇ ◇ ◇
朝食後。
一行は応接室へ移った。
本棚に囲まれた静かな部屋だった。
席へ着くと、ホワイトが口を開く。
「今日は少し話を聞きたい」
「陛下へお会い頂く前に、整理しておきたい事がある」
アンセスは頷いた。
「分かりました」
ホワイトは最初の質問をした。
「何故、戦争になった」
アンセスは少し考えた。
「コルプティス王国は腐敗していました」
部屋が静かになる。
「国王はいました」
「ですが実権は王家の親族が握っていました」
「税が増えました」
「貴族も商人も農民も苦しかったです」
ホワイトが聞く。
「だから改革を?」
「ええ」
アンセスは頷く。
「領内を立て直したかったんです」
「税を減らしました」
「徴兵も整理しました」
「ですが邪魔されました」
ライネが顔を上げる。
「王家の親族達に?」
「そうです」
アンセスは続けた。
「政敵にされました」
「最後は辺境戦争で失敗しました」
「包囲されました」
ホワイトが腕を組む。
「内乱に近いな」
「そうかもしれません」
アンセスは否定しなかった。
少し沈黙。
今度はライネが聞く。
「伯爵って、実際にはどんな立場なんですか」
「領地を治めます」
「税を集めます」
「兵を持ちます」
「裁判もします」
「街道も整えます」
ライネが少し驚く。
「権限が大きいんですね」
ホワイトが呟く。
「地方行政官と軍司令官を合わせて世襲化したようなものか」
「近いと思います」
アンセスは頷いた。
「権限は重いです」
ロジェリーナが静かに聞く。
「最後に一つだけ」
「何故、崖を飛んだんですか」
アンセスが黙る。
少しだけ間が空く。
「負けたからです」
「捕虜になる訳にはいきませんでした」
「部下を置いて降伏も出来ませんでした」
「だから飛びました」
ライネが少し迷う。
「死ぬつもりだったんですか」
アンセスは窓の方を見る。
「……たぶん、そうだったと思います」
部屋が静かになる。
ホワイトがゆっくり息を吐いた。
「思っていた以上に違うな」
アンセスが見る。
「何がですか」
「制度も」
「価値観も」
「責任の考え方も」
ホワイトは苦笑した。
「全部だ」
少し沈黙。
「明日、内務庁へ来てもらう」
アンセスが聞く。
「取り調べですか」
「違う」
ホワイトは首を振った。
「説明だ」
窓の外では、帝都の朝がすっかり動き始めていた。




