第13話 帝都
帝都が見えたのは、宿場町を発ってから五日後のことだった。
街道は日に日に賑やかになっていた。北州では珍しかった商隊も今では当たり前のように行き交い、荷車や旅人の姿が絶えない。小さな村だった集落は町へ変わり、その町の外れにはまた次の集落が見えていた。
アンセスは馬車の窓から外を眺める。
北州とは違う。
それだけははっきり分かった。
人がいる。
物が流れている。
街道そのものが生きているようだった。
昼過ぎ、馬車が緩やかな丘を登る。
やがて前方の景色が開けた。
アンセスは思わず目を細める。
地平線の向こうに巨大な城壁が続いていた。白い石壁は視界の端まで伸び、その内側には無数の建物が広がっている。高い塔、尖塔、大きな屋根、立ち上る煙。そのさらに奥、小高い丘の上にはひときわ大きな建築群が見えた。
「……あれが」
ライネが頷く。
「帝都です」
アンセスはしばらく言葉を失った。
大きい。
コルプティス王都と比べても遜色ない。少なくとも地方都市ではなかった。
レイヴンが笑う。
「驚いたか」
「少しな」
アンセスは正直に答えた。
「北州しか見ていなかった」
「だろうな」
レイヴンは肩を竦める。
「辺境だけ見て帝国を判断するな」
アンセスは何も返さなかった。
実際、その通りだった。
北州局の周囲は広大な草原だった。人も少ない。町も小さい。だからこの国そのものも似たような規模だと思っていた。
だが違う。
街道を埋める荷車。絶えず行き交う人々。北へ向かう商隊と南から来る旅人。これほどの流れを維持するには莫大な資源が必要になる。
本来なら術式が支える規模だった。
だが、この国にはマナがない。
それでも人は集まり、物は流れ、都市は成り立っている。
アンセスは窓の外から目を離せなかった。
◇ ◇ ◇
城門の前には長い列ができていた。
荷の確認。
通行証の確認。
衛兵達は慣れた様子で人々を通していく。
レイヴンが書類を見せると、門兵はすぐに敬礼した。
「お帰りなさいませ」
馬車はそのまま帝都へ入る。
石畳の道が続き、両側には店が並んでいた。食堂、仕立屋、書店、雑貨店。人々の話し声は絶えず、荷を抱えた職人達が行き交っている。巡回兵の姿も多く、交差点ごとに役人らしい人影も見えた。
賑やかだった。
だが不思議と混乱はない。
誰もが自分の役割を知っているように見える。
「帝都は初めてですか」
ライネが聞く。
「当然だ」
「そうでした」
ライネは少し笑った。
馬車は中心街を抜け、やがて静かな区画へ入る。
街路樹が増えた。
建物同士の間隔も広くなる。
高い石塀に囲まれた屋敷が並び始めていた。
その時だった。
「そういえば」
ライネが少し言いにくそうに口を開く。
「一つ、お伝えしていませんでした」
アンセスが視線を向ける。
「何だ」
「父と母が、お会いしたいそうです」
アンセスは首を傾げた。
「父母?」
「はい」
ライネが頷く。
「父は内務庁長官で、母は皇室事務局副局長です」
アンセスは数秒考える。
意味が分からない。
それが表情に出ていたらしい。
レイヴンが苦笑した。
「帝国でもかなり上の人間だ」
「上?」
「お前の国で言えば」
そこでコヒスが口を開く。
「公爵や侯爵に近い立場でしょう」
アンセスは思わず顔を上げた。
「そんな人物が?」
「お前達に興味を持つのは当然だ」
レイヴンが言う。
「王国だのマナだの、歴史書にしか出てこない話を持ってきたんだからな」
ライネが慌てて補足する。
「もちろん正式な取り調べではありません」
「ただ、お話を聞きたいそうで」
「陛下の許可も出ています」
「陛下?」
「皇帝陛下です」
アンセスは黙った。
帝都へ来たことは理解していた。
だが、気付けば自分は帝国中枢そのものへ向かっているらしい。
◇ ◇ ◇
馬車はさらに進む。
やがて大きな石門の前で止まった。
門の向こうには広い庭園が広がっている。季節の花が植えられ、石畳の小道が屋敷へ続いていた。その奥に建つ三階建ての白い建物は、これまで街道で見たどの屋敷よりも大きい。
使用人達が既に並んでいた。
ライネが小さく息を吐く。
「着きました」




