第12話 宿場の夜
宿は街道沿いに建っていた。
二階建ての石造りで、特別立派というわけではない。だが床も壁もよく手入れされており、旅人向けの宿にしては落ち着いた雰囲気があった。
一行は荷物を置くと、そのまま一階の食堂へ向かった。
広間には既に多くの客が集まっている。商人らしい一団、旅人、地方役人らしい男達。皆それぞれ食事をしながら話し込んでいた。
料理が運ばれてくる。
肉の煮込みとパン、温かい湯。豪華ではないが悪くない。
「北州局より良いですね」
ライネが言った。
「そりゃ客商売だからな」
レイヴンは答える。
アンセスは周囲へ視線を向けた。
聞こえてくる会話の意味も、以前よりずっと分かる。
南州の麦。
帝都の相場。
祭典。
商隊。
そんな言葉が次々に耳へ入った。
その時だった。
近くの席から立ち上がった男がこちらへ近づいてくる。
三十代半ばほどの商人だった。
「失礼」
男はレイヴンを見る。
「もしかして辺境調査局の方では?」
「そうだが」
「やっぱり」
商人は少し安堵したような顔になった。
「北州局でお見かけしたことがあります。商隊の件で」
「ああ」
レイヴンも思い出したらしい。
「商隊襲撃の件か」
「覚えていてくれましたか」
「報告書を書いたからな」
商人は苦笑した。
「異変の件はどうなんです。まだ続いてるんですか」
「調査中だ」
「それしか言えん」
「そうでしょうな」
商人は頷く。
「ただ、商隊の者達は皆気にしております。北州は大事な商いの場ですので」
少し雑談した後、商人は席へ戻っていった。
アンセスはその背中を見送る。
「知り合いか」
「仕事相手だ」
レイヴンはスープを口に運ぶ。
「商隊とはよく顔を合わせる」
「思ったより有名なんだな」
アンセスが言う。
レイヴンは少し笑った。
「俺じゃない」
「異変の方だ」
ライネも頷く。
「帝都でも話題になっていますから」
「商隊が動けば噂も動く」
そこでコヒスが口を開いた。
「記録を見ても同じです」
「昔から流言は街道を通って広がる」
「人より早く動くこともあります」
アンセスは少し感心したように見る。
コヒスはそれ以上続けず、静かに食事へ戻った。
食事は穏やかに進んだ。
異変の話も出たが、そればかりではない。帝都の祭典や街道の混雑、途中で通る町の話などをしているうちに時間は過ぎていく。
やがて食事が終わり、一同は席を立った。
「明日も早い」
レイヴンが言う。
「今日はさっさと休め」
宿場町の夜はまだ賑やかだった。
広場には灯りが残り、遅い夕食を取る旅人達の姿も見える。荷車を片付ける者もいれば、酒場へ向かう者もいた。
アンセスが部屋へ戻ると、オリヴァーは明日の準備をしていた。鞍や荷物を確認し、一つずつ整理している。
「戻られましたか」
「ああ」
アンセスは窓際へ歩く。
窓の外には宿場町の灯りが広がっていた。
「商人に顔を覚えられていたな」
アンセスが言う。
オリヴァーは少し笑った。
「意外でしたか」
「少しな」
「もっと閉じた仕事だと思っていた」
「私もです」
オリヴァーは頷く。
「ですが商隊も役人も旅人も、皆あの異変に関わっていますからな」
「そうだな」
アンセスは短く答えた。
窓の外から人々の話し声が聞こえる。遠くでは馬のいななきも混じっていた。北州局の周囲とは違う。ここには人がいて、町があり、その間を絶えず何かが行き来している。
「帝都もあんなものだと思いますか」
オリヴァーが聞く。
「どうだろうな」
アンセスは広場の灯りを見る。
「もっと大きいんだろう」
「違いありません」
オリヴァーは笑った。
アンセスは窓を閉める。
帝都までは、あと数日だった。




